第15話 朝食と買い物

 朝食のベーコンを口にしたセティは、しばらく時が止まった状態になっていた。


「……ん……んんっ……!!?」

「ど、どうした?」

「美味しいです……っ、柔らかくて、サクサクしたところもあって。お肉ってこんな味なんですね……っ」

「そうだな、まあそれは燻製だから香りがついてるけど」

「燻製……ですか?」


 保存が効くように木のチップを使って燻すのだ、と解説する。エルバトスでは南方の港から運ばれてくる塩がいつでも手に入るし、東には岩塩が採れる場所もあるので、ベーコン作りに必要な塩の入手には困らない。


 それらの塩よりも上質とされるのが、迷宮産の塩である。岩塩の形で採れるものだが、塩は瘴気の影響を受けないため、そのまま持ち帰って利用できる。


 大迷宮二層で採れた塩を使ったベーコン。肉は市場で買えるものを使っているが、迷宮の食材を使ったらどうなるか――そういった興味もあって迷宮に潜っているのだ。

 

「この卵もとろっとしていて、ふわふわで美味しいです。デザートみたいです」


 今日作ったオムレツは、ナイフを入れると半熟の中身がとろっと出てくる。チーズも加えてあるので骨の回復にも良い――と考えて。


「……今さら気づいてすまないが、左手が良くなったみたいだな。昨日までは動かせない様子だったが」

「あっ……そ、そうなんです。あの、昨日作っていただいたデザートを食べて、その……しばらく寝ちゃったみたいで、その後に気づいたんですが。腕が全然痛くなくて、動かせるようになっていたんです」


 セティが服の袖をまくって左手を見せてくれる。包帯を外してみても、骨折していたとは思えないほど腫れもなく、綺麗な状態になっていた。


「あの果物に、そんな効果が……」

「たぶんそうだと思います。食べたあと身体が熱くなって、燃えるみたいで……でも気分は悪くなくて、ふわふわして……」

「ふわふわ……そ、そうか。まあ、傷が治ったのは何よりだ。目の方はどうだ?」

「痛みなどはありませんが、見えにくいです……でもこれは、僕が弱かったからなので」

「そんなことはない、セティは強いよ。自分を卑下することはない」

「いえ、ファレル様の方がずっとお強いです。僕から見たら天の上の方です」


 褒めてほしいわけではなかったのだが、あまりに真っ直ぐに言われて思わず照れる。


 こちらが元気づけるどころか、セティからもらう言葉が何に対しても前向きにさせてくれる――冒険に対する姿勢が変わっている。


「……少し身体を慣らしたら、依頼を受けてみるか?」

「は、はいっ……僕はファレル様の同行者として……」

「パーティを組んで、正式な仲間として冒険に出るんだぞ」

「っ……」


 そういうつもりで話をしていても、何度も言わないと伝わらない――それくらいセティは、自尊心を傷つけられてきてしまった。


 だが、ここからでも変えていける。彼にはそれだけの資質がある。


 そのために必要なことは、やはり何と言っても、良質な食材を摂ることだ。そのためには、俺も多少厳しくしなければならない。


「……野菜も一応食べるんだぞ。まあ、スープだけでもいいが」

「……ちゃんと食べられますよ?」


 そう言いつつ付け合せの野菜をよけていたセティに無理強いするのは胸が痛み、彼には当面は好きなものを好きなだけという方針に切り替えた。


「んん~……ダメです、このベーコンは……こんなに美味しいなんて反則です」

「まだこのベーコンは『道半ば』だと思ってるんだが?」

「そ、そんな……このベーコンが……!?」


 純粋すぎる反応に思わず笑ってしまう。そういう顔が見られるなら、ますます食材探しにも熱が入りそうだ。


 それに昨晩の木の実のように、食べることで回復を促進したのかは分からないが、治癒効果のある食材が発見できる可能性もある。


「このスープも、一晩経つと味が馴染んで美味しいです。やっぱり懐かしい感じがします」

「パンに浸して食べるってのもアリだぞ」


 セティがそんな方法が――という顔をしている。彼には俺が、誘惑してくる悪魔のようにでも見えているのだろうか。


「んっ……んんっ……!」


 キツネ色に焼いたパンをスープに浸し、パクッと口に入れたセティは、またもや感激して震えている――本当に、見ていて飽きない。


   ◆◇◆


 朝食を終え、ギルドに行く前に、セティに装備のことについて聞いてみた。


「これは鎧……でいいんだよな? 金属の部分はある程度使えると思うが、革の部分が駄目になっている。俺が直すこともできるが、今のところは別の防具を買った方がいいな」

「っ……す、すみません。僕も、この装備はそのまま使えないと思っていたんですけど、買っていただくなんて……」

「まあ気にしなくていい、行きつけの武具店があるからな。この剣も破損してるから直してもらうことにして、修理が終わるまでに使うものを買おう。ショートソードかレイピアがいいか?」

「はい、これくらいの長さの剣と、拳につける武器が使えます」


 おそらくパーティの前衛で、攻撃を回避しながら立ち回るというのがセティの戦い方だ。


 そうすると防具は軽いものが良く、武器も速さを活かせるものが良い。


「まずはどっちを使ってみたい? 拳の武器も持っていくには苦にならないし、両方あってもいいと思うが」

「その、どちらも試してみたいです……というのは……」

「もちろんいいぞ。さあ、出かけるか」


 家の戸締まりをして外に出る。庭の菜園には朝のうちに水をやったので、陽の光を浴びて葉がきらめいている。


「行ってきます」


 門を潜る前に、セティは律儀に家に向かって頭を下げる。俺もつられて頭を下げると、彼は楽しそうに笑っていた。



 ――エルバトス外郭西区 九番街 『冒険者の支度場』―


 馴染みの武具屋にやってきて中に入ると、ちょうど先客が来ているところだった。


「……失礼」

「ああ、どうも」


 短いやり取りだったが、今の女性冒険者は上級パーティに属していて、たまに見かけることがある。実直そうな、武人らしい空気を持つ人物だ。


「ありがとうございました―、いらっしゃいませー……あ、ファレルさんじゃん。親父呼んでこようか?」


 武具店の娘のタニアは、俺を見るなり陽気に声をかけてくれる。


 父親の店を手伝ううちに装備の見立ての感覚を磨き、今では彼女に装備を選定してもらうために訪れる者もいるほどだという。さっきの冒険者もおそらくそうだろう。


「今日は俺じゃなくて、彼……セティの装備を見立ててもらいたくてな」

「え……ファレルさん、この子とパーティ組むことにしたの? それとも指南役とか?」


 彼女には基本的に一人でやっていくというような話をしていたので、驚かれるのは無理もない。


「縁あって俺の家に住むことになった。冒険者の資質があるから、それを活かしてもらいたくてな」

「……ファレルさん、養子をもらったってこと?」


 セティが奴隷から解放されてうちに来たということは、『黎明の宝剣』がエルバトスに滞在しているうちは秘密にしておくべきだ。しかし養子というのは違うし、言葉を濁すしかない――タニアには申し訳ないが。


「ファレル様は、僕の恩人なんです。僕は、ファレル様がいなかったらここには……」

「っ……セ、セティ。それは……」

「へえー……何だか分かんないけど、ファレルさんが悪いことするわけないし、困ってたセティ君を助けたとか、そういうことでしょ」


 おおむね当たっているし、核心には触れていないので、タニアのそういう察しの良さには感謝するところか。


「遅れ馳せまして、私はタニア。このお店で働いてて、店主はうちの父さん。これからも会うことになると思うからよろしくね」

「よろしくお願いします、タニアさん」

「セティに合う片手剣と、防具を見立ててもらえるか。予算はこれくらいで」

「うん、この予算なら不自由なく選べるよ。ファレルさんはどうする?」

「ある程度時間が経ったら一旦外に出るかもしれないが、すぐに戻る。最初は立ち会わせてもらうよ」

「はーい。じゃあセティ君、こっちの棚に剣があるから握ってみて」


 タニアに紹介されて、セティは幾つかの剣を握る――中でも鋼鉄製のショートソードが気に入ったようだ。


「これがいいと思います」

「それと、拳につける武器も選んでみてくれ」

「どっちも使えるんだ、セティ君」

「は、はいっ……では、これを着けてみたいです」


 実際にどちらの武器が合っているかは、後で手合わせをして確かめてみることにする。


「じゃあこの小手がいいかな。すご、これで殴ったら大変なことになりそう」

「まあ、武器ってそういうもんだけどな」

「あはは……次は防具だね。セティ君は動きやすい防具がいいよね」

「は、はい。これを試してみたいです」


 タニアはセティの意見を親身に聞いてくれている。まるで仲のいい姉弟のようだ――なんてことを考えつつ、俺は店内の武器を見ていた。

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