第16話 街の喧騒

 セティが防具をどれにするか決めて、店の奥に入っていく。尻尾のことを考慮しなければいけないが、まず試しに着けてみてどうなるかだ。


「おお、ファレルさん。あんたがここにいるってことは、今娘と一緒にいるのはあんたの仲間か?」


 髭面の筋肉質な男が奥から出てくる。彼がタニアの父親で、武具職人のスレイだ。


 彼は身体中傷だらけなのだが、それは若い頃冒険者をしていたときに、魔獣との戦いで死にかけたことがあったかららしい。家族を持ってからはすっぱりと辞めてしまったそうだが。


「ああ、できれば今日にでも彼と一緒に依頼を受けてみるつもりだ」

「そいつはいいことだ、あんたみたいな強ぇ奴でも一人じゃ危ねえからな」


 スレイは笑って、ふと神妙な顔をする――見ているのは、俺が背負っている剣だ。


「ちょっと見せてもらっていいか? どうやら荒事があったみてえだな」

「ああ、深層で少し魔物とやり合った。竜牙兵ってやつか」

「おいおい、並の剣じゃ一発で刃毀はこぼれする奴じゃねえか。まったく、中級冒険者のやることじゃない」


 武器の扱いに関してはスレイは厳格だ――背負っていた剣を渡すと、アゴに手を当てて刃を確かめ、そして長く息をつく。


「フゥ……まあこれくらいならちょっと調整するだけで済む。それとも、これは修理しておくからあんたに預けてもらってる『あれ』を使うか?」

「いや、この剣で問題ない。『あれ』は当面、ここで預かっていてもらいたい。修理に使える素材が見つかるまでは」

「……そうか。俺はやっぱり壊れちゃいねえと思うが、あんたがそう言うならそうなんだな。それでファレルさん、あんたの相棒ってのはどんな奴なんだい」

「まあ……俺みたいなおっさんと一緒にいるのは変なくらい、かなり若いが。素質はあるし、かなり強い……剣士というか、近接系というか」


 俺もまだセティの戦い方全てを見せてもらっているわけではないので、実際に見るとまた見方が変わるかもしれない。


「あんたが組むと決めたんなら、それはあんたがやってる無茶に付き合えるくらいの奴なんだろうな。そういう仲間が見つかって良かった。歳なんざ関係ねえよ、うちの娘だってまだ二十前だが立派にやっている」

「それを言ってあげていれば、頑固親父とは言われないんだろうな」


 スレイは苦笑いをして、俺の剣を持っていく。調整程度で済むという話なので、あと少し時間を潰してくれば、セティの防具選びも終わっているだろう。


   ◆◇◆


 『冒険者の支度街』――そう呼ばれている場所でなら、出くわすこともあるかもしれないとは思ったが。


「おいおい、俺はここに置いてあるってちゃんと聞いてきたんだぜ? 嘘は駄目だろ」

「そ、そう言われましても……あの剣は、私どもの家の宝で……ぐぅっ……!」

「ああ、白けちまうなぁ。いい武器を売るのがお前らの仕事だろうが。こんな大層な看板出してんじゃねえよ……!」

「やめてください、それは私達の店の大事な……っ」


 ここまで来るとただのチンピラだ――ガディという男が剣に手をかけ、武器屋の看板を壊そうとしている。


「――その辺にしておけよ」

「おぉっ……!?」


 振りかぶろうとしたガディの膝裏を蹴り、バランスを崩させる。普通なら転倒するところを、ガディは筋力任せで耐え、こちらに振り返りざまに拳を繰り出してくる。


「てめぇっ……!」


 パン、と乾いた音が響く。繰り出された拳を払い、がら空きになった首に向けて、布にくるんだ拳を突き出す。


「ぐっ……お、おいおい……その動きはなんだよ、曲芸野郎……」

「店にも事情ってものがある。あまり無理を言うのは良くないんじゃないか?」

「……チッ」


 ガディが引き、肩を竦める。人も集まってきているし、ここでやり合う意味はないと感じたのだろう。


「ちょっと、何してるのよ……時間に遅れるとジュノスに切られるわよ」

「なあロザリナ、俺とこいつ、どっちが強く見える?」

「何言ってんの……あっ……またあんたなの?」


 ロザリナは俺を見るなり眉をひそめる。そしてその目が、布をかけたほうの俺の拳に向いた。


「ふーん……何かの技を使ってオルガディンをめたんだ?」

「ん? ああいや、これはただの食事用のフォークだが」


 布を外すと、そこから出てきたのは言葉通りにフォーク――それを見て、ガディの顔が真っ赤に染まっていく。


「こ、殺す……舐めやがってこいつ……っ!」

「はいはい、時間がないって言ってるでしょ」

「黙ってろロザリナ、俺はこいつを……っ、ほがっ……!」


 変な声を出してガディがその場に倒れる――ロザリナが嘆息する。どうやら、魔法を使って眠らせたようだ。


「度胸がある人は嫌いじゃないけど。あまり挑発しないほうがいいよ? 迷宮で遭った時のことを考えたらね」

「覚えておくよ。あんたは俺に仕掛けてはこないんだな」

「……中級のくせに調子に乗ってる? 分かった、私も今度見かけたらガディの方に乗ることにする。そっちの方が楽しそう」


 脅しのようなことを言って、ロザリナは魔法でガディの身体を浮かせ、立ち去っていく。


 ――そして、周囲から歓声が上がった。


「うぉぉ、何だかわかんねえがあの兄さんすげえぞ! 特級を黙らせちまった!」

「エルバトスの冒険者を舐めんなよ!」

「俺たちのファレルがやってくれたぞ! 今日は昼から飲まずにいられねえ!」


 後のことを考えると、あまり騒いで欲しくはないのだが――と思っていると。


「ありがとうございます、うちの看板を守っていただいて……」

「ああいや、気にしないでくれ。それより済まないな、あんなやり方しかできなくて」

「いいえ、あなたがいなかったら酷いことになっていました……また後日、ぜひお礼をさせてください」


 ガディが今のようなことを他の店でもやらない保証がない以上は、根本的な解決になっていないが――ひとまず分かったのは、特級パーティのメンバーと言っても俺から見ると途方もない強者ではないということ。


 あれなら騎士団にいる俺の教え子の方がよほど腕が立つ――と、そんなことを考えつつ、元の賑わいを取り戻した街を歩き、時間を潰した。


   ◆◇◆


 スレイの店に戻ってくると、ちょうどセティたちが店の奥から出てくるところだった。


「お待たせ、ファレルさん。どう? ハードレザーアーマーにしてみたんだけど」

「……いかがでしょうか?」


 セティが俺の前に出てきてくるりと回り、装備を見せてくれる。


「おお、かなり似合ってるな。髪は冒険に行くときは結んでおくのか?」

「角に合わせた兜は置いてないから特注で作るか、あとは帽子とかバンダナとかもあるよ」


 髪を後ろで結び、バンダナをつける――凛々しいというか、何というか。


「あ、セティ君によく似合ってる。可愛い」

「えっ……か、可愛い、ですか?」

「うん、後ろから見たら女の子にしか見えないっていうか……あっ、ごめんなさい、私また余計なことを……」

「似合ってるのは何よりじゃないか。頭防具は悩むとこだよな、胞子避けのゴーグルとかもあるけど。今日はバンダナにしておくか?」

「はい、これがいいです。ありがとうございます、ファレル様」


 ショートソードと戦闘用の小手、防具一式と――包帯と、コルセット。これはたぶん、まだ怪我が治ったばかりということで補助するものが必要なのだろう。


「セティ君、上の鎧を外すときはファレルさんに頼んでね。包帯とコルセットも本当は人につけてもらった方がいいんだけど……」

「いえ、自分でつけられますので大丈夫です。ファレル様にお手数はかけません」

「まあ困ったらいつでも言ってくれればいい。包帯も自分で巻けるんだな……でも、ほとんど怪我は治ってないか?」

「っ……す、すみません、まだ少し気になるところがあって。でも大丈夫です、身体は元気ですから」


 やせ我慢しているかは見れば分かるので、別にそういうわけでもないようだ。気分的な問題というのもあるだろう。


「ちょっとお勉強させていただきまして、お会計はこちらになります」

「ファレルさん、剣の調整も終わったぞ。二人とも気をつけてな」

「はいっ……ありがとうございました、スレイさん、タニアさん」

「おう、また来いよ」


 二人に見送られて店を後にする。次はギルドだ――セティの足取りも弾んでいる。


「……? ファレル様、なんだか見られてませんか?」


 さっき騒ぎがあったので、俺が注目されている――というわけではない。見られているのはセティのほうだ。


「お、おい……ファレルと一緒にいるのって一体誰だ?」

「あいつが誰かと組むなんて、どういう風の吹き回しだ……?」

「……あれって……い、いや男か……装備が男用だしな」


 特に悪いことを言われているわけではないと思うが――と思っていると、徐々にセティの歩くスピードが速くなっていく。


「お、おい、方向は合ってるが、そんなに急がなくても……」

「す、すみません、ちょっと走りたい気分なので……っ!」


 ほぼ逃げているような速さになったセティを追いかける。見られているので恥ずかしいということなら、そこは慮ってやるしかなさそうだ。

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