第14話 食後のデザート

 粥は穀物の歯ごたえをどこまで残すか、そして塩加減が重要である。


 身体に吸収されやすくする材料の組み合わせというものがあり、それを守っていれば凝ったことをする必要はない。


 鍋を火から外し、そのままダイニングに持って行って木の鍋敷きの上に置き、器に盛り付ける。


「熱いから気をつけてな」

「熱いのは平気です、竜人なので」


 そういうものなのかと思って見ている――そんなに目を輝かせなくてもと思うが、こちらも自然に口角が上がってしまう。


「……美味しい。今まで食べたことのあるお粥とは全然違います、すごく濃くて」

「濃い……それは味が?」

「はい、味も、具材……というんでしょうか。それもすごく沢山で」


 まだ育ち盛りの年頃だろうに、十分な食事も与えられていなかったのか――俺にとってはただの粥が、セティにとってはご馳走だという。


「……ファレル様?」

「あ、ああいや……味は大丈夫ってことだよな」

「はい、美味しいです。こういうお味の方が、僕は好きです……っ」

「そうか……実は粥っていうのも、食事として出すなら色々な形があるもんなんだ。今は療養食として作ってるから、もし大丈夫そうなら普通の料理も作っていく。粥だけじゃなくパンも焼けるし、肉や魚を使った料理とかもある」

「わぁ……っ、そんな、僕にはもったいないです……!」


 身体を作るために必要なものが全く摂れていないということはないので、豆などを摂ってはいたのだろうが、肉と魚と言っただけでこんなに感激されるとは。


「今日の昼に行った市場にも色々売ってたが、好きなものを選んでくれればそれを使って作れるぞ」

「凄い……ファレル様はあんなにお強いのに、お料理まで得意なんですね」

「冒険者をやってるついでに、美味いものがないか探すようになってな。迷宮で手に入った材料は自分で料理するしかなかったりするから、それでやるようになった。でも、人に食べてもらうのは別の話だからな……正直を言って緊張してたよ」


 俺の話をセティは目をじっと見て聞いてくる――照れるものがあるが、そうされるとこちらも目は逸らせない。


「ファレル様が緊張を……それは、なぜですか?」

「それは、不味いものを作ってしまったら残念だからな」

「……僕が今まで生きてきた中で、一番美味しいです。ミルクを飲んだ時もそう思っていたんです」


 甘くして温めただけのミルクで、そこまで喜んでくれていた。そして、その後に作ったものも――これほど嬉しいことはない。


「セティは甘いものが好きなのか? さっきのミルクとか」

「その……お菓子とか、果物とか、そういうものを甘いと言うのは知っていたんですけど、あのミルクも『甘い』ものなんですか?」

「そうだな、あれには糖蜜が入ってる。菓子にも使うが……」


 そう考えたところで、ふと思いつく。


「……食後のデザートっていうのも初めてか?」

「は、はい。パーティの人たちが食べているのは見ていましたけど……」


 『黎明の宝剣』の行いについてはもはやそういう連中だろうな、と諦めの境地に達している。だからこそ、その記憶を良い思い出で覆ってやりたい。


「よし、じゃあ今から作るか」

「作る……い、いえ、こんなに美味しいものを作ってもらったのに、そんな……っ」

「何を言ってるんだ、まだまだこれからだぞ」


 セティは目を瞬いている――今晩はデザートが最後のメニューになるが、明日からもバランスの取れた食事をしてもらって、成長期の食事不足を補ってもらうつもりだ。


「……ファレル様、このご恩はいつか……い、いえ、できるだけ早めに必ず……っ」

「よし、それならちょっと手伝ってもらおうか」

「い、いいんですか? 僕みたいな者が、大切なお料理場に入っても……」

「もちろん。まあ俺もやってることだが、食材を触るときには手は洗った方がいいっていうくらいだ。そこまで気にしなくてもいいが、念のためにな」

「はいっ……!」


 とても良い返事だ――昔、聖騎士団にいたときの教え子たちのことを思い出す。ちょっと前に手紙が来ていたので、そろそろ返事を送らないといけない。


「セティの分も前掛けも用意したほうがいいか。とりあえず、俺のやつを使うといい」

「はい……凄いです、ファレル様の使い込んだものを貸していただけるなんて」

「ははは……おっさんの年季が染み付いてるだろ」

「……ファレル様は、そんなに『おっさん』というふうには見えないです」

「っ……そ、そうか。いや、まあ歳はおっさんだからな。よし、菓子作りを始めるぞ」


 少し強引だと分かっていたが、話を切り替えて台所に向かう。セティは不思議そうにしていたが、切り替えて俺の後についてきた。


   ◆◇◆


 『天衝樹に類する木の実』を果実としてデザートに使えないかというのを思いついて、とりあえず包丁を入れてみる。皮を剥き、種を切らないようにして果肉を外す――かすかに桃色を帯びた白で、甘く芳醇な匂いがする。


「……この実は……」

「ん……もしかして、食べたことがある?」

「い、いえ。物心付く前のことは覚えていないんですが、時々あるんです。ご先祖様が食べていたんじゃないかな、っていうものに出会うことが」

「さっきのスープにも、この果実と一緒についていた葉が風味付けに入ってるんだが。それはどうだった?」

「は、はい、どこか懐かしいような、そんな味がするなと思いました。それまでは飲み物以外何も喉を通らなかったのに、あのスープは違ったんです」


 そういうことだったのか、と得心がいく。やはり高地の民の料理を参考にしたのは間違いではなかった。


「それならこの果実もセティの一族に縁があるのかもしれないな」

「わ、分からないですけど……美味しそうだな、って思います。すみません、はしたないことを言って」

「そんなことはない、美味そうなら美味そうと言うのが一番いい……一口味見してみるか」


 毒が効きにくい体質の俺が、まず試しに小さく切った果実を食べてみる――少し硬く、甘みはあっさりしていて、酸味の方が結構強い。


 大丈夫そうだということで、セティにも食べてもらう。あーんとするのは恥ずかしそうだったが、パクッと口の中に入れる。


「ん……美味しいです、でもちょっと固いかもしれないです」

「そうすると、生食よりは熱を入れた方がよさそうだな。よし、パイを作ろう」

「パイ……ですか?」


 少し前に果物のパイを焼き、知り合いに差し入れをしたことがある。エドガーは『意外な味だね』と言い、メネアさんは『またオーダーしてもいい?』と言ってくれた。


 甘いもの好きのメネアさんはそれほどに喜んでくれたが、セティはどうだろうか。


 果実が一個しかないので小さなパイにはなるが、失敗しないように注意して完成させたい。


   ◆◇◆


 いつの間にか部屋の明かりが消えて、俺は居間で長椅子に座ったまま眠っていた。


 確か焼き上がったパイを、セティと二人で食べて――そのしばらく後からが曖昧だ。


(……夢……?)


 頭がぼんやりとしている。よほど深酒をしなければ酔わない俺が、こんなになっているということは――これは夢らしい。


「……ん……」


 気づくと、俺の膝の上に誰かが乗ってきている。


 大きめの、ぶかぶかの服を着た女性。大胆に前が開いていて、肌が露わになっている。


 俺にそういう願望があるのか、夢に脈絡などないのか――分からない。


「んんっ……」


 女性は俺の肩に手を置いている。温かい――そう感じても、身体は動かない。


「……は……です……」


 何か言っているが、よく聞こえない。


 女性は俺の手を取ると、自分の胸の方に持っていく――夢の中でも多少は思い通りになり、手が止まる。


 彼女は俺の手に頬擦りをする。暗くてその顔が見えないが、月のものか、窓から明かりが差し込んで――。


   ◆◇◆


「――さま、ファレル様」

「ん……」


 気がつくと、自室のベッドの上だった。


 すぐそこにいるのは――セティ。片目を眼帯で覆った彼が、俺を見て微笑んでいる。


「おはようございます」

「ああ、おはよう……って、朝食の準備をするって言ってたのに、寝坊しちまった……っ」

「僕は大丈夫です、ごゆっくりなさってください。下でお待ちしていますね」


 セティはそう言うが、起きないわけにもいかない。彼が部屋を出ていったあと、間を置かずにベッドから出る。


 夢の話はセティに聞かせるようなことではないし、変な夢を見ないように精神修養が必要だ。


「……ん?」


 服が一枚外に出してあり、畳んで置いてある。


 これを着てくれ、ということだろうか。まあ自分で用意できるといえばそうだが、セティの厚意ならば聞いておくことにする。


 朝食の準備はセティも手伝ってくれたが、なぜかずっとぎこちなかった――まだうちに来て慣れていないということなら、時間が解決してくれると思うことにした。


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