第5話 救出行

 『古き竜の巣』を出るまでには魔物との戦闘は無かったが、『曙光の洞』に向かうまでは安心はできない。グラが迎えに来られる状況かという問題もある。


 谷を渡る岩の道を抜けたところで、行きに会った人が待っていた。


 こちらを見ても言葉が出てこないようだ――無理もない、重傷の人間を背負っているのだから。


「竜の亡霊じゃなく、魔術師の亡霊がいた。どうやら見張り番だったみたいだ」

「っ……それを、どうやって……スケルトンは、壊してもすぐに戻ってしまう。僧侶を連れてこなければ何度でも……」

「戻れないほど粉々にした。中からは何も持ち帰っていない、彼以外は」


 それでも咎められるのかもしれないと覚悟はしていた。おそらく『黎明の宝剣』は竜の巣から何かを持ち帰り、あのローブを着た骸骨に襲われ、責任を戦闘奴隷になすりつけて逃げたのだ。


 特級と認定されるような功績を上げるために、彼らがこれまで何をしてきたのか――今はそんなことを考えている場合じゃないが、遣る瀬ないものがある。


「先を急いでる。中層街での治療は期待できない、門はもう閉じてるだろうからな」

「……一人で外まで出るのは難しい」

「降りてきたときと同じ方法を使う。一層から五層まで繋がってる場所があるんだ」


 彼女は何も言わない――その代わりに、俺に両手を向けると、何か魔法を使ってくれる。


「……瘴気の緩和と、体力の回復。私にはこれくらいしかできない」

「ありがとう、助かるよ。俺はファレルと言う。もしまた会えたら、何か礼をさせてもらってもいいか」

「気にしなくていい。私はカルア……道中、安らかでありますように」


 胸に手を当てて祈る仕草――安らかであれというのは、迷宮に暮らす人々が信仰の対象に捧げる祈りだ。


 それでも魔物はすぐに血の匂いを嗅ぎつけてくる。行きにはこちらを狙ってこなかったシャドウウルフが、『曙光の洞』に入ったところで何匹も集まってくる――襲ってくるならば、戦うしかない。


「ガルル……」

「ワォォーンッ!」


 俺のことを覚えているらしく、シャドウウルフが念押しのように仲間を呼ぶ。七、八――この数でかかってこられれば、無傷とはいかない。


「……やるしかないか。ここで隠れててくれ」


 反応がない――辛うじて息をしているだけという状態の彼を岩陰に寝かせ、俺は行く手を塞ぐシャドウウルフと対峙する。


「ガルルァァァッ!!」

「――はぁぁぁっ!」


 薙ぎ払いでシャドウウルフを吹き飛ばす――それでもひるまずに飛びかかってきた二匹に腕を噛まれるが、そのまま地面に叩きつける。


「おらぁっ!」

「「ギャフッ……!」」


 牙で皮膚を裂かれ、出血する。それでも構わずに、俺は剣を構えて群れの残りを睨んだ。


「――グァォォォォッ!!」

「おおおおっ……!」


 飛びかかってきたシャドウウルフを斬り上げで打ち上げ、二体に噛みつかれながらも力任せに投げ飛ばす。後ろに控えていた一体に突進して吹き飛ばすと、死角を突こうと回り込んできた最後の一匹を振り返りざまに切り払う。


 魔物を退け、再び進む。仲間たちを倒されたシャドウウルフは、周辺の全ての個体が俺を仕留めるために狙ってきていた。


「それで全部か? 面倒だから一度に連れてこいよ……!」


 吐き捨てるように言う――それがどう見えているのか分からないが、シャドウウルフは唸り声を上げながらも、仕掛けてはこなくなった。


 戦う必要がないならそれでいい。しかしいくらも進まないうちに、俺はシャドウウルフたちの真意を悟った。


 ――道が、糸のようなもので塞がれている。


「っ……!」


 反応が一瞬遅れた――腕に何かがかすめていく。攻撃された方向を振り返ると、岩の影から魔物が姿を現す。


 毒を持つ獣――それは俺が通り過ぎるまで気配を消し、確実に仕留められると見て攻撃してきた。


「くっ……」


 身体に痺れを感じ、俺は背負っていた奴隷を降ろす。


「……捨て、て……ボク、は……」


 意識が戻ったのか――いや、まだうわ言を言っているだけだ。


 紫の体毛を持ち、顔の部分まで毛で覆われたようなその魔獣は、こちらに悠然と近づいてくる。毒液を放って痺れさせ、抵抗力を奪って仕留めるという生態なのだろう。


「ガァァァァッ!!」


 毛で隠れていた巨大な口が開く。


 確実に捕食できる――敵がそう確信したからこそ、絶対的な隙ができる。


「――おぉぉらぁぁぁぁッ!」


 背負った剣に手を掛け、繰り出すのは単純にして最大の振り下ろし。


 敵が毒を持っているのは分かっているが、それが俺に効くとは限らない。


「グホォォァァッ……!!」


 口の中が硬いという生物は滅多にいない。紫の魔獣はひとたまりもなく吹き飛ぶ――そして岩壁に激突し、ズルズルと滑り落ちて動かなくなる。


「はぁっ、はぁっ……」


 身体を動かすことで毒が身体に回ると、さすがに目眩がする――だが、この程度の毒で死ぬ身体なら、一人で迷宮に潜ることなどできていない。


「……捨てては行かない。俺はここまで来たついでに、お前を拾っていくだけだ」

「…………」


 答えはない。道を塞いだ糸を油と火を使って焼き切り、俺はもう一度彼を背負って歩いていく。


 やがて、一層から降りてきた場所に着く。笛を吹いてもしばらくは何も起きなかった――だが、そのうちに翼の音が聞こえて、胞子の霧を抜けてグラが降りてくる。


「グルル……」

「一人増えてるが、運べるか?」

「グルッ」


 本当に賢いやつだ――持ち合わせている餌はもう無いが、グラはロープにつけた鈎を握ってくれた。


「よし、行ってくれ……!」


 グラが羽ばたき、浮上を始める。空中でスカイワームの姿を見たが、幸いにもこちらに襲いかかっては来なかった――危険な空域を抜け、いくらも時間をかけずに『祈りの崖』までたどり着く。


「もう少しだ……街にさえ着けば、しっかりした治療を受けられる」


 奴隷の身体は最初は熱を持っていたが、今は冷たくなり始めている――傷の化膿はある程度薬で押さえたが、もはや熱を出して黴菌に抵抗する力がないのだ。


 第一層に入ったはずの『黎明の宝剣』の姿は見えない。俺が上がってくるまですら滞在しなかったのか――だが、彼らがここにいた理由も薄々想像はついていた。


 彼らは残してきた奴隷の生死を確かめに来た。助けるという考えはなく、死んでいるのならば彼らはそれで良かったのだ――『古き竜の巣』から何かを持ち帰ることで、目的は果たしているのだから。


「……なんであいつらに従わなきゃならないんだ。お前ほど強い奴が」


 答えがないと分かっていても、口にせずにはいられない。


 迷宮に一人残され、勇敢に戦い続けた彼が、奴隷だという理由で蔑ろにされていいとは思えなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る