第4話 古き竜の巣

 岩山の中を刳り抜いたような『古き竜の巣』に入る――すでに、奥から音が聞こえてきている。


「――っ! ――ぁぁっ!」


 れた喉から無理矢理に出しているような声。


 何か硬いものを砕くような音。地面に伝わってくるような震動――そして、苦鳴。


「うっ……うぅぅっ……あぁぁぁ……!!」


 誰かがこの奥にいる。まだ、生きて戦っている。


 二日以上一人で戦い続けている。分かっていたはずだ、ギルドで話を聞かされたときには。


「――ぐぅっ……あぁっ……あぁぁぁっ!」


 辺りに散らばっているのは無数の骨、そして血の痕跡。


 それを辿った先。かつて竜が営巣していただろう広い部屋に、剣を携えて立っている、ぼろぼろの外套をまとった後ろ姿が見える。


 彼が戦っている相手は、スケルトン――それも、竜の骨から生まれる『竜牙兵』。深層に到達する熟練の戦士でも一対一では苦戦するほどの強さを持っている。


 それを召喚しているのは、部屋の最奥に立っているローブを着た骸骨。その手にある杖を掲げるたびに、地面に散らばった骨が組み合わさり、新たな竜牙兵が生まれる。


「オォォォッ……!」

「くっ……!」


 竜牙兵が錆びた斧を振り下ろす――襲われている彼はそれを回避し、片手で剣を振るって反撃を繰り出すが、竜牙兵の盾が削れるだけだ。


「――あぁぁっ!」


 声と共に竜牙兵の盾が砕け、吹き飛ぶ――声を介して衝撃波を生み出す魔法。長い間戦い続けて、残った魔力を絞り出している。


 瞬間、ローブを着た骸骨が何かを唱える。火球を放つ攻撃魔法が、辺りの空気を巻き込みながら放たれる。


「――避けろっ!」

「あぁぁぁっ……!」


 叫んでも声は届かない。火球を衝撃波で相殺した直後、彼の姿が横にブレた。


「あぐっっ……!!」


 部屋の隅から竜牙兵が矢を放つ――もはや、彼にはそれが見えていない。


 左手は動かせる状態ではなく、右手だけで戦い続けていた。その右手も矢を受けてだらりと垂れ下がり、血が流れ落ちる。


 それでも倒れない。彼の首に着けられた輪が光っている――奴隷を従属させるために使うもの。一つでも拘束力を持つそれが、周囲に幾つも引き千切られて落ちていた。おそらく両腕、そして両足にも着けられていたのだ。


「クカカカカカッ……!」


 骸骨が笑う。不死の魔物が何を考えているかなど分からないが、奴らは執拗に生者を狙う。


 新たに竜牙兵が二体立ち上がってくる。深層でこのレベルの不死者の軍勢に出会ったら、逃げる以外の選択はない。


 だが、彼は逃げることを許されなかった。


 俺がいる後ろを振り返ることもなく、武器を持てなくなった手で、それでもまだ戦おうとしている――戦わせられている。


「「オォォォッ……!」」


 竜牙兵が武器を振りかざす――抵抗できない相手に対する大振りの一撃。


 だが俺が来ても構わずにいるその油断が、足元を掬う。


「――フッ!」


 拾った太い骨に魔力を込め、投擲する。


 竜牙兵の腕に命中し、打ち砕き、回転して戻ってきた骨がもう一体の頭蓋に突き刺さる。


 一瞬、時が止まったようだった――奴らに驚くなんて感情があるわけもないが、突然の乱入に不意を突かれたとでもいうように。


「ク……カ、カカカッ……!」


 ローブを着た骸骨が、離れた位置にいる弓持ちの竜牙兵に指令を送る――それと同時に、俺が投擲した骨が二体を同時に打ち砕く。


「よく耐えた。死ぬんじゃないぞ」

「……っ」


 まだ立つことができている彼の横を通り、俺は部屋の奥に進んでいく。


「――カカカカッ……!!」


 ローブの骸骨が詠唱を始め、地面に展開された魔法陣から、悪魔のようなものが召喚されようとする。竜牙兵より強力な悪魔の召喚、それが奥の手なのだろう。


 背負った剣の柄を握る。ただ振り抜くだけなら間合いは外れている。だが、間合いの外から敵を斬る技を俺は持っている。


「――うぉぉぉぉっ!」


 全霊を込め、魔力を充溢させた剣を抜き放ち、振り下ろす。


「グ……ガ……ッ」


 召喚されかけたモノごと、ローブを着た骸骨は頭から両断され、吹き飛んで粉々の破片となる。


 一人でなければ、戦うことはできたはずだ。竜牙兵を無限に復活させられる状況に陥らなければ、彼が勝てない相手ではなかった。


 ――そして、殺気が消えたはずの部屋で、俺は反射的に振り返る。


「――がぁぁっ!」


 飛びかかってきたのは彼だった。取り残された戦闘奴隷――その牙が、俺の首筋に突き立てられる。


「っ……ぐ……」


 極限の状況で、正気を失っている――そう言ってしまうのはたやすい。


 しかし、誰でもこんな状況に置かれれば、怒りもすれば嘆きもする。


 噛みつかれたままで、俺は彼の首についた首輪を掴む。


「苦しかったよな……」


 答えの代わりに、噛みつかれた首に痛みが走る。食いちぎられかねないが、その時はその時だろう。


 その前に、すでに切れかけていた首輪を引きちぎる。こんなものが、彼を死地に縛る鎖になった。


「……っ」


 彼の身体から力が抜ける。今ので残された力が尽きたのか、首輪から解放されたことによるものか。


 いずれにせよ、死なせるわけにはいかない。持ってきた薬や包帯の類をすべて使い、延命する――そして、一刻も早く街に戻らなければ。


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