第2話 特級パーティ

 大迷宮の入り口近くには鳥竜の管理所があり、ここで預けることになる。鳥竜を迷宮内に連れていくことはできるが、負傷の危険があるうえに、瘴気で言うことを聞かなくなる場合があるのだ。


「ファレルさん、数時間前に迷宮から出たばかりじゃなかったですか?」


 鳥竜の世話をしているラッドという青年が尋ねてくる。事情を話すかどうか考えたが、吹聴して回るようなことでもないだろう。


「急ぎの依頼でな。俺の場合、単独ソロだから小回りが効くんだ」

「それって頼りにされているって言うんですよ。いいなあ、あのイレーヌさんが頼ってくれるなんて」

「仕事は仕事と徹底するのが、長く冒険者をやる秘訣だ」

「おお……! 僕も後輩ができたらそれ絶対言います!」


 やめておけと言いたくなるところだが、そうこうしてはいられない。俺はかぎ付きロープなどの荷物を確認すると、大迷宮の入り口に向かって歩き出した。


 すると、すぐ横を緋色の鳥竜に乗った一団が通っていく――周囲の冒険者たちは立ち止まってそれを見ていた。


「あれが『黎明の宝剣』か。鳥竜をあんな頭数連れていって大丈夫なのかね」

「瘴気避けのマスクの性能がいいらしい。あいつらに俺たちの常識は通じないよ」


 どうやら『黎明の宝剣』が同行者を一人置き去りにしたことは知られていないようだ。ギルドのみがその事実を把握していて、対応を決めかねていたのだろう。


 もし『黎明の宝剣』が置き去りにした相手を救出に向かうなら、俺は薬品店の依頼をこなすだけだ――そう考えかけたが、その想像はすぐに悪い意味で裏切られた。


 緋色の鳥竜は迷宮に入らず、ただ出入りする人間を遠巻きに見ているだけだ。周辺にいるギルド員がそれに気づき、『黎明の宝剣』に近づいていく。


「あの、お伺いしてもよろしいですか。これから迷宮に入られるんですか?」

「俺たちは確認に来ただけだ」

「確認……というと?」

「別に何をしてようと私たちの自由でしょ?」

「は、はい。ですが皆様は特級パーティですし、ギルドとしてもこの度のご来訪において、ぜひご活躍を……」

「指図をするな。お前たちは自分の仕事をしていろ」

「っ……も、申し訳ありません。失礼しました」


 リーダーの男に威圧されて、ギルド員が離れていく。それを見ていた俺に、男がふと視線を向けてきた。


「リーダー、知り合い? なんか視線が不愉快だからやっちゃおうよ」

「いや。あの装備を見るに、ただの雑魚だろう……構う必要はない」

「結構ガタイは良さそうだし、背負ってる剣も年季が入ってるようだ。まあ俺の相手じゃないけどな、ガハハッ」

「あんなボロボロのマントだし、ただの貧乏人でしょう」


 勝手なことを言ってくれている――男が三人、女が三人という編成だが、やはり特級だけあってそれぞれ実力者のようだ。


「……何を見ている? 俺の気分を害する前に失せろ」

「いや。夕方から迷宮に入るのは誰でも怖いからな。あんた達はそこにいろよ」

「っ……貴様……」


 彼らが何をしているかは分かっている――残してきたメンバーが出てきていないかを確かめに来たのだろう。


 何か言わずにいられなかったのは、俺もまだ血の気が多いということなのかもしれない。平穏に生きたい人間にはあるまじきことだ。


「何あいつ……今から一人で迷宮に入るつもり?」

「それは勇気ではなく蛮勇というものです」

「いや、俺は買うぜ? あのおっさん、ジュノスに噛みつくとはなかなかの根性だ」

「この迷宮に慣れているつもりだろう。雑魚に使う時間はない、行くぞ」


 ジュノスというのが『黎明の宝剣』のリーダーらしい。中級の俺に対して怒るのも無為と見たのか、パーティを連れて去っていく。


 彼らは大迷宮の一層に入っていくが、仲間を助けるつもりがあるのか――それは分からないが、俺はやるべきことをやるだけだ。


   ◆◇◆


 ――ヴェルデ大迷宮 一層西部 『祈りの崖』――


 大迷宮の一層は、迷宮といっても外部と環境があまり変わらず、瘴気も薄い。


 多くの冒険者は一層中央にある『岩柱の坂』を降りて二層に向かうが、そういった順路をまったく無視する方法が幾つもある。


 ひとつは、下の階に転移できるような仕掛けを利用する。転移の魔法陣や、わざと罠にかかるなどの方法でできることだが、これは転移先で強敵に遭遇したり、一気に瘴気が濃い場所に移動してしまうなどのリスクがある。


 もう一つは、簡単に超えられない地形を踏破する。例えばこの『祈りの崖』は、飛び降りて運良く迷宮の植物に受け止められるなどして、生き残ることに賭ける者がいたとされる場所だ――今は自殺行為とされていて、誰も挑む者はいないが。


「……おっ、今日もいるな」


 この崖を降りると、深層である第五層まで一気にたどり着ける。それは、五層に行けるような魔物がここまで上がって来られるということでもある。


 魔物は人間と違って瘴気を好むので、理由がなければ上に移動することはない。だが『グライドアーム』という魔獣は例外で、今も宙空を飛んでいるのが見える。


 このグライドアームの力を借りて、祈りの崖から深層まで安全に滑空していく。それが現状俺が知る中で、最も速い移動方法である。


 魔物の力を借りずに降りていくと容赦なく飛行生物の攻撃を受けるのだが、グライドアームにぶら下がって運んでもらうと攻撃の対象にならなくなるのである。


 こちらに近づいてくることがないグライドアームをどうやって呼ぶか。彼らは音に敏感なので、笛を吹けばいい――餌付けをした個体が俺を覚えていて、すぐに飛んできてくれる。


「ガルッ」


 グライドアームは翼竜の一種で、体長は大人と同じくらいだ。前足で掴む力が強く、ロープにつけた鈎を握ってもらうと絶対に離さないでいてくれる。


 身体に比して翼は大きくないが、その飛行能力を支えているのは腹部にある玉のような部分である。この玉の力だけでずっと浮遊していられるので、その利便性から乱獲の対象になったこともある――人間に対する警戒心の強さはそれが理由だ。


「今日も元気そうで何よりだ。下まで連れていってくれるか?」


 『マルーンキング』の肉を取り出し、グライドアーム――普段はグラと呼んでいる――の口に入れる。俺が食べたいくらいのご馳走だが、これからひと仕事してもらうのだから相応の対価は必要だ。


「ガルル、ガルッ」

「おお、満足か。そいつは良かった……顔は舐めないでくれ、脂が……」


 魔物使いでもないのにこんなことをしていると、他の冒険者に見られた時に『襲われている』と勘違いされかねない。物好きがやってきてしまう可能性もなくはないので、鈎付きロープをグラに握ってもらい、ただちに飛び立たせる。


 ゴォォ、と風を切って滑空していく。グラは時折羽ばたいて軌道を変え、飛行生物にぶつからないように避けていく――異様に発達した牙を持つ『スカイワーム』は三層の生物で、グラの力を借りないとこちらを見るなり突進してくる厄介な奴だ。


「ん……グラ、どうした? そっちはいつもと方向が違わないか?」

「ガルルッ」


 翼竜の言葉が分かるわけではないので、悪気があるわけではないということしか分からないが――深度計を見てみるとちょうど三層くらいのところで、グラがある方角に向かって飛び始めた。


 迷宮の植物は際限なく大きくなるものがある。どれくらいの高さがある木なのか、迷宮の樹木の枝が張り出していて、降りられそうな足場を形成していた。


「これって……何かの巣か? グラたちの仲間のものじゃないよな」

「ガルルッ」


 枝を使って作られた、巨大な鳥の巣のようなもの。迷宮の樹木で営巣する生物がいるということか――その鳥の巣の中に、光るものがある。


「見たことがない葉だ……実もついてる。鳥がどこかから集めてきたのか?」

「グルル、ガルッ」


 これの存在を俺に伝えたかったということなら、持って帰ってみるか。どうやら営巣のために集めた植物にそれが混ざっていただけのようだが。


 この巣の主のことも気にはなるが、戻ってきて戦闘になることも避けたい。謎の葉と実を採取してもずっと光ったままだ――生命力というのか、そういうものを感じさせる。


 ふたたびグラの足にぶら下がり、瘴気が濃くなってきたのでマスクをつける。ここから目的の深層まで、いくらも時間はかからずに着きそうだ。

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