元聖騎士団、今は中級冒険者。迷宮で捨てられた奴隷にご飯を食べさせたら懐かれました
とーわ
第1話 迷宮と冒険者
『この世の果て』エルバトス。大陸中の冒険者が集まるその都市には多くのギルドがあり、魔物退治から秘宝探索、護衛任務といった無数の依頼が持ち込まれる。
なぜこの世の果てと呼ばれているかというと、エルバトスの近隣には『ヴェルデ大迷宮』があるからだ。この迷宮は広大にして深く、無数の魔物が生息していて、誰の踏破も許してはいない。
その奥に何があるのか――なんてことには、平穏に生きるためには興味を持つ必要はない。
俺はいつものように、迷宮の浅い層での狩りの仕事を終えて、ギルド『天駆ける翼馬亭』に戻ってきた。
「お帰りなさい、ファレルさん」
カウンターの中で、受付嬢のイレーヌが出迎えてくれる。
ファレル・ブラック、それが俺の名前だ。冒険者を始めて七年目、年齢はおそらく三十半ば――生年が定かじゃないので、だいたいそれくらいだ。
「怪我などは……してないみたいですね。良かった」
「ああ、問題ない。これが『バンパイアバット』の討伐の証だ」
バンパイアバットは迷宮の一層から生息しているが、まだ経験の浅い冒険者にとっては危険な魔物で、よく中級冒険者向けに退治の依頼が出されている。
革袋から『蝙蝠の牙』を出して、討伐証明として提出する。魔物討伐で日銭を得るには、こういった証明品が小さく、軽いものであると楽でいい。
「あっさり出してくれますけど、いつもいつもすっごく討伐数が多いですよ? ありがとうございます」
「『魔物の渦』からいくらでも出てくるからなぁ……出てくるからには倒さないと」
イレーヌは少し呆れたような顔をしている――無理もない、報酬は五匹倒すだけで出るのに、その十倍は倒してきてしまった。
「ファレルさんが掃討の仕事を受けてくれるのは、私たちとしても助かりますが……やっぱり昇級試験を受けた方が、実入りはずっと良くなりますよ?」
「今くらいが俺には丁度いいんだ。勧めてくれるのは有り難いが」
「そんなこと言って……今日もまた、何かお仕事のついでに持って帰ってきてるじゃないですか」
蝙蝠の牙とは別枠にしている『魔法の
「迷宮の魔力が含まれた食べ物って、みんな進んでは食べないんですけど。ファレルさんは本当にお好きですね」
「魔力っていうか、瘴気を気にしてるんだろ。ちゃんと処理すれば問題ない、ほら、こんなふうに」
このザックは魔法がかけられており、見た目よりも容積がずっと大きい。中に手を突っ込んで取り出したのは、迷宮二層の秘境で見つけた『マルーンキング』の尻尾肉だ。切り取った尻尾をすぐに『祝福の紙』で包めば、瘴気が移ることはなく安全な食材となる。
「ああっ……魔物だって分かってるのに、そうやって美味しそうな感じにして持って帰ってきて。いつもいつも、私を誘ってるんですか?」
「食べたいっていうならいつでもご馳走したいが、俺も皆に恨まれたくはないからな」
ギルドの男連中から熱烈な信望を受けるイレーヌを家に招いたとなれば、夜道に気をつけなくてはならなくなる。
「それだと、恨まれないなら良いって言ってるような……」
「え、何だって?」
「いいえ、何でも。蝙蝠の牙が五十個で、銀貨十五枚になりますね」
バンパイアバット一匹あたり銅貨三枚。マルーンキングの尻尾は美味だと知られているにもかかわらず、毒があるとも言われて値がつかない。本体にも素材として価値はあるが、持って帰るにはデカすぎる――尻尾は切ってもまた生えてくるので、現状では倒してしまわないほうが得だ。
迷宮は一層ごとが広く、俺が二層で見つけた秘境に他の冒険者が辿り着く可能性は低い。一つ一つのパーティが個別に地図を作っていて、財産といえる価値がある。
「あ、そうだ……ファレルさん、外から上位パーティの『黎明の宝剣』が来てるって話は聞いてます?」
「噂程度には。みんな苦戦してる深層に挑むって話だな」
「それなんですけど、ちょっと気になる話が出ていて……あのパーティが三日前に大迷宮に潜って、戻ってきたときには人数が一人減っていたんです」
迷宮内で冒険者が死ぬのは、言ってしまうと珍しいことじゃない。
死亡者が出ると救助隊が依頼を受けて亡骸を回収し、教会で蘇生を受ける。蘇生代金は高いが、払えなかったとしても無利子で借金として課せられる――大迷宮の探索からリタイアする原因の最たるものは、この借金で首が回らなくなってしまった場合だ。
「……気になる話って、救助要請が出てないとか?」
「ご明察です。『黎明の宝剣』の人たちは、もう一人のメンバーが生きていると考えているみたいなんです」
特定のギルドに出入りしているパーティに、他のギルドが干渉するというのは滅多にない。
それでもイレーヌがこの話をしているのは――この事態について、俺の意見を聞きたいということか。
「『黎明の宝剣』は初日で迷宮に入り、その日のうちに離脱しています」
「つまり、残された奴は二日以上迷宮の中に一人でいる可能性があるわけか」
「はい、すごく危険です。もし命を落としたとして、救助が遅れてしまうと蘇生ができなくなる可能性もありますし」
そのパーティのリーダーは何を考えているのか。メンバーを一人だけ取り残すというのは、有罪にもなりうる行為だ。
それでもそんな行動に出た理由は、一つしか考えられない。
「……戦闘奴隷か」
「はい……そういうことです。戦闘奴隷であれば、残していってもお咎めは受けません」
全員で行動すれば生存確率が上がるところを、その奴隷に任せたということは、奴隷の実力は相当なものだとは考えられる。
それならば、まだ生きている可能性はある。イレーヌもそう思っているのだろう。
「深層で活動できる時間は限られています。瘴気を防ぐマスクの効力切れまで、もう時間が……」
「……これは全然関係ない話なんだが。しがない中級冒険者の手に余るような、深層行きの仕事があったりはしないか? それも
「っ……ファレルさん……」
イレーヌが目を潤ませている――そして俺の手を取ろうとするが、他の冒険者の目があると気づくと、手を引っ込めた。
「ま、まあ……俺としても、行きがけの駄賃は貰いたいというか。セコいおっさんで悪いな」
「深層に一人で行けるなんてファレルさんくらいなので。それも、いつもの薬屋さんの依頼なので報酬も抑え目ですし」
深層の依頼とはいえ、魔物との戦闘が必須でなければ報酬の下限は低くなる。俺も世話になっている薬屋なので、あの店主の姐さんから報酬をもらうというのは、薬を買うために払った金がぐるぐる回っているようなものだが。
「というより、ファレルさんを指名してるみたいなものですよね。メネアさんとは、時々一緒にお酒を飲んでたりという目撃情報も……」
「い、いやそれは……偶然居合わせて同席しただけだから。付き合いってやつだから」
イレーヌが疑わしそうな目で見ている――そんなにプレッシャーをかけられても、こんな枯れたおっさんに浮いた話も何もないのだが。
「……はっ。す、すみません、ファレルさんがお仕事を受けてくれたのに、疑うようなことを……」
「急いだ方が良さそうだし、準備ができたら大迷宮に行く。メネアさんの依頼なら、契約も簡易でいいだろう」
「そうですね、ファレルさんなら。では、前金をお支払いしておきますね」
中級冒険者が迷宮四層までを対象にした依頼で得られる報酬は、高くても金貨五枚くらい。それが五層以降になると深層依頼の扱いとなり、前金で金貨二枚、成功報酬が白金貨一枚くらいが最低ラインとなる。普通、深層依頼は上級冒険者にしか依頼されないのだが、俺は仕事のツテを持っている。
新しい食材に出会いたい。それが大迷宮に潜る最も重要な理由だが、装備の修理代金、調理設備の拡張に使う金、迷宮で見つかる食材以外の仕入れなど、金を稼ぐことも同じように重要だ。
「ファレル、帰ってきたばかりなんだろ? そんなに急がないで飲みにでも行こうぜ」
「ああすまん、ちょっと急ぎの仕事が入ってな」
ギルドには食堂が併設されていて、そこにいる冒険者たちはほぼ顔見知りだ。このグレッグという男は俺と同年代くらいで、一緒に迷宮に入ったこともある。
「また今度、一緒に依頼受けてくださいよー。ファレルさんがいると勉強になるので」
「まったく、お前さんが一人で大迷宮に向かうたびに心配になる。いくら慣れていても事故は起こりうるものなのだぞ」
「ちゃんと無事で帰ってくるよ。また機会があったらワンポイントで誘ってくれ」
俺が深層に行くための安定した経路を知っているとかは関係なく、心配してもらうのは有り難いことだ。
「さて……無事でいるといいが」
『黎明の宝剣』については俺も噂くらいは聞いている。各地のギルドで最高難度の依頼を受け、遂行したという華々しい経歴がある――そんなパーティが、同行者を見捨てるなんて行動に出たとは思いたくはないが。
全ては自分の目で確かめてからだ。町外れに出て移動用の
食糧の持ち込みは最低限、依頼遂行の想定時間は半日。それが、深層に向かう場合の俺にとっての平常運転だ。
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