第6話 輸送艦コニロン

 ― 第1橋頭保:3番バース ―


 海洋生物たちが発する生臭い匂いに、所狭しと停泊する多数の船が揮発させた燃料の香りを漂よわせる。ここ第1橋頭保:3番ブースは、敵国に所在する唯一の橋頭保であり、敵地で作戦活動を行う味方部隊の補給線である。


 軍人は一般的に戦争に勝つ条件は、自軍の戦力や技術力等の表面的な面であると主張するが、カネフォラ級輸送艦「コニロン」の艦長:アダム3佐はそうは考えていなかった。目に見える力の対決は政治家や青少年がおこなうもので、真に戦局を左右するのは目に見えない力、つまり兵站力なのである。それを担う輸送艦に乗船することは水兵に憧れの大型戦艦に乗船するのと同じことなのだ。


アダムは船の頭とも言える艦橋から、船の身体である甲板上の兵士たちを見ながら、ひとりの水兵に問いかけた。

「ルイド、物資の積み込みは終わったか?」

「あと5分ですべての収容が完了します。」

副艦長のルイド2尉は、私よりも歳が12も下だというのに誰よりもまじめな顔つきでそう答えた。ルイドはそう答えると、持っていたバインダーを渡しに来た。ルイド特性の積み込みリストは相変わらず見やすく、そして正確であった。それは軍の上層部がよこしてくる分かりづらく曖昧なものとは段違いだった。


「遺体入りの棺401つ、鹵獲した戦闘車両3台、食料と飲料水が21日分に、、、」

私はリストアップされたものを順番に読み上げながら、ルイドと確認していくと最後の項目に「重要郵便物3997通」と殴り書きされた項目に目が行った。

「重要郵便物?しかもかなりの数だな。」

「最近、軍司令部は陸軍兵1人1人に遺書を書かせ始めたらしく、死んだ戦友たちの最後の大切な言葉を我々はこれから運ぶことになります。」


 遺体入りの棺の数と遺書の数の差に、わが軍の損耗率を肌身で感じてしまった。

「そこで艦長一つ意見具申があるのですが、遺書は食料と同じ3区画に積み込む手はずですが、これらを艦橋で大切に保管してはくれないでしょうか?」

「もちろんだ、遺書には敬意を払うように。」

ルイドは狭い艦内で腕が邪魔にならないようにする海軍式の敬礼で同意を表した。



「艦長、お時間です。」


ラッパを持ったサム3等水兵が尋ねると、海軍司令から直々に頂いた記念腕時計に目をやると、私は黙ってうなずいた。

サムは鋭く子気味よい合図をラッパで吹くと、「出航よーい!!」と艦内マイクで呼びかけた。甲板の水兵たちは船と港をつないでいたロープをほどき機敏に動き始めた。

「ラッパ上手くなったなサム。この調子で頑張れよ。」

「ありがとうございます!艦長。」

サムは嬉々として艦橋から持ち場へ戻っていくと、入れ替わりでルイドが入室してきた。


「報告します艦長、現在の湾は小型艦船が数隻いるのみで、気象・風速ともに予報通りです。」

「分かった。予報とやらのお告げでは到着予定日の2週間後に無事につきそうか?」

「ええ、今のところでは。」

ルイドは苦笑いをするとマイクで指示をだした。


「甲板員整列、総員帽振れ!」


 甲板員はきれいに整列をすると、橋頭保で見送る兵士たちに自分の帽子を頭上で回した。これは海軍伝統の儀式で、出航時の別れや味方艦への感謝を伝えるときに行う儀式であった。


私はこの儀式が好きであった。

灰色の艦上で白い制服を着た水兵達が整列し帽子を振る姿、それを蒼い空と海が包み込んでいる。


これまでに何度も出航を繰り返してきたはずなのに、この光景だけは見飽きることがなかった。


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