第4話 鋭いナイフのような眼

 夕飯を食べ終わった後、僕らはフロアの割り当てマップをみんなで共有し、フラッシュバンとはがきサイズの鏡をもらった。

「いいかオリバー、お前はフラッシュバンを持っておけ、このピンを引き抜くと爆音と閃光で数秒間は身動きが取れなくなるからくれぐれも用がないときは抜くなよ。」

エリック3尉は何回かオリバーにくぎを刺して言った。というのも、この前オリバーは敵から鹵獲した新型の手りゅう弾を舐めるように触っていたらピンを抜いてしまったのだ。その時は、ブラッド1尉がオリバー含む僕らを草陰に蹴飛ばして、エリック3尉が手りゅう弾を明後日の方向に投げたことで運よく皆助かった。

「イエッサー!」

オリバーは元気よく返事し敬礼したが、エリック3尉はどことなく不安気だった。

 しかしそんな我が隊らしいコントのようなやり取りを見て、僕は作戦前の緊張を忘れることができた。


 それから僕らは作戦通り車両部隊の兵員輸送トラックに乗り込んだ。大型のトラックの荷台が幌で覆われており、その中に簡素な椅子が取り付けられているものだった。無論座る場所にクッションなどはなく、座った瞬間からすでに尾てい骨が痛かった。数十台のトラックが時間差で発進しだし、僕らの乗ったトラックも8台目に発車した。道中はオリバーがくれたガムを噛みながら、幌が張られていない後ろ側からの景色を眺めた。見えるものは後ろを走るトラックと土埃、そして木だけであった。


 体感で2時間ぐらいが過ぎるとようやくトラックは近くの木に隠れて停車し、ドライバーと一緒に偽装ネットをかけてカモフラージュした。そこから30分ぐらい歩くと草木が生い茂る丘の先に大きな要塞が見えてきた。要塞からはかなり離れているのに、遠近感を無視するほどの大きさがあり、オリバーと僕は少し気圧された。


「まもなく時間だな。」

ブラッド1尉が腕時計を見ながら空爆時刻をエリック3尉に確認した。

エリック3尉はうなずくと、2人は草むらから少し身を乗り出した。周りを見渡すとすでにほかの隊の連中も草むらに身を潜めていた。辺りは暗くなっているのに、かすかな呼吸音と草のかすれる音、そして兵士たちが持つサブマシンガンが暗闇の中で不自然に黒光りしていた。


 他の隊の大きな軍用無線機を背負った無線兵が、草むらから要塞を眺める2人に小声で告げた。

「お二人とも、あと10秒で空爆です。隠れてください。」

「君もこっちへ来るといい。おい43小隊、お前らはいつからそんな臆病になったんだ?5秒以内に出てこい。」

ブラッド1尉が言い放つと僕とオリバーと伍長はすぐに集合した。

「4、3、2、1。弾着、、、今!」


エリック3尉のカウントダウンの直後、空から灰色の煙を引きながら火の玉が6つほどゆっくり降ってきて、それが12、24、48と細かく分かれて、要塞の直上で閃光を放った。深夜であるにもかかわらず、辺りは昼のような明るさに一瞬なった。僕は姿がバレないように自然と身を隠しそうになったが、手首をブラッド1尉にがっしりと掴まれた。


 次の瞬間、轟音と爆風が数キロ離れている僕らのいる丘の上まで広がってきた。ギリギリ鼓膜が破れるか破れないかぐらいのその音は、まるでジェットエンジンの真横にいるみたいだった。目を細め、爆風から顔を守りながら、要塞の崩れ行く様を見ているしかなかった。するとブラッド1尉は、悪巧みを考え付いたいたずら少年のように笑みを浮かべながら一言つぶやいた。


「きたねぇ花火だぜ。」


僕はその時のブラッド1尉の顔を忘れることはないだろう。


 丘を下り、所々で火事が起きている要塞を目指し各歩兵隊は進軍しだした。近づくにつれて焦げ臭い匂いや敵兵のうめき声が五感を刺激してきた。当初は要塞正面から侵入する予定だったが予想以上に爆撃が散ったため、多くの隊は外壁が崩れた部分から侵入していった。

「よし、あそこから侵入するぞ。爆撃されているからと言って気を抜くな。敵兵がいたら直ぐ殺れ。」

“イエッサー”ブラッド1尉の掛け声に僕らはそう答えた。


 サブマシンガンの安全装置を解除し、3連バーストに切り替え、引き金に近い部分に人差し指を当てて、僕らはいつでも発砲できるようにした。要塞はドーナツ状になっており、僕らはその円周上にいる。ここから内部へ侵入して担当の12フロアを順に制圧していかなければならない。頭の中で僕は再度やらなければならないことを確認しながら、走って皆について行った。


 崩れ開けた外壁から廊下に入ると照明は不規則に点滅していたが、かろうじて辺りを照らしていた。滑り込むように最初の部屋の扉横に背を付けると、ブラッド1尉がハンドサインで“待て”と合図した。

 かすかに扉の向こうから人の声が聞こえてくる。オリバーが腰からフラッシュバンを出すと、エリックが頷き指でカウントダウンをした。3秒のカウントダウン後、エリックがドアの錠部分を思い切り蹴るとドアが思い切り開き、視界の隅に驚いた顔の敵兵が複数見えた。オリバーがフラッシュバンを投げ込むとすぐに扉から目をそらし、轟音とともに光が発した。

「伍長、制圧射撃。」

1尉の合図の後、伍長が壁際から部屋の入口前へ飛び出し、サブマシンガンを発砲した。サブマシンガン特有の軽い発砲音の合間から窓ガラスの割れる音、血しぶきが飛ぶ音、コンクリの壁に跳弾する音などが耳になだれ込んできた。3秒間の射撃が終わると伍長を先頭に、1尉、エリック、僕そして後ろを警戒しながらオリバーが続いて部屋に侵入し、室内のありとあらゆる方向に銃を向けながらクリアリングしていった。


「オールクリア」

1尉がそういうと、皆同時に軽い溜息をついた。エリックは腰のポーチからサイリウムを出し味方が攻撃してこないように、制圧済みの印としてダクトテープで張り付けた。軍に入るまで、推しのコンサートで応援のために振っていたサイリウムがまさかこんなところで使われているとは思いもしなかった。


「次行くぞ。」1尉はマップで次の部屋を確認した後、そう促した。

 それからフラッシュバンを投げ入れる役、ドアを蹴破る役、制圧射撃をする役をローテーションした。


投げて、隠れて、撃って、クリアリング。

曲がり角や見にくい所があれば鏡を使って死角を確認。


1尉の7回目の「次行くぞ。」を聞くと、さすがに少しの疲労感を感じ出した。

今度はオリバーが先頭の番だった。オリバーも同様、7回も同じ作業を繰り返して退屈そうな顔をしていた。

「今日の戦闘はヌルゲーだな。」前に進みながらオリバーはそういうと僕はそうだな、と返した。


 そんなやり取りをしながらオリバーは曲がり角を普通に進んでしまった。

「馬鹿!もどれ!」


1尉が叫んだがもう遅かった。


 サブマシンガンよりも早い発射レートの弾丸が、僕の前を進んでいたオリバーをどんどんオリバーではなくしていった。

何が起きたか気づいた頃には目の前にはズタズタになった戦闘服と肌色の袋のようなものとピンクの内臓が散らばっていた。

 僕は無意識にオリバーへ近寄ろうとしたが、後ろにいた伍長にヘッドロックをされ壁に押さえつけられた。エリックがスモークと手りゅう弾を投げようやく辺りは静かになった。


 敵も馬鹿じゃない。要塞内を攻撃してくる者がいれば、どこかで待ち伏せ反撃それを反撃してくる者も当然いる。この曲がり角の先には、机やロッカーなどの事務用具でつくられた陣地にマシンガンを設置した即席防衛陣地が築かれてた。


 僕は再びオリバーに近寄った。だがアイツの顔がどこなのか、何を抱きしめてやればいいのか、悔しいことに何も分からなかった。


僕は気づいた。

「1尉、こいつはオリバーじゃありません。」

「いや、こいつはオリバーだ。タンジ―。」

「嘘つかないでください!!オリバーじゃないですよ。」

1尉は表情を一つも変えずもう一度、こいつはオリバーだと言った。そしてこう続けた。

「おいエリック、一旦退くぞ。」

「だがまだ5つも目標が残っていますよ、1尉。」

「いずれにせよ無理だ。フラッシュバンも無くなったし、事実上2人戦死だ。」

「分かりました。伍長、タンジーを頼む。俺はオリバーを何とかする。」

「イエッサー」

伍長は言葉を上手く発せない僕を、オリバーがきっといるはずの場所から引き離そうとしだした。


 必死で抵抗したが伍長の屈強な腕はびくともせず、噛みついたり殴ったりするうちに、刹那、何かが僕の懐に間合いを詰めてきて、みぞおちを殴った。


意識が遠のいていく中、ブラッド1尉が目の前に立って僕を見つめていた。


 ーあの殺気立った鋭いナイフのような眼でー

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