第3話 セロニア奇襲作戦

 1週間前までは焼けた肉のにおいと血液から発する鉄臭さで充満していた寂しいバンカーだったが、今となっては四六時中戦車や車輛大隊達のエンジン音や後方兵士たちの喧騒であふれる、小さな町になった。

後方の奴らには最初、登校初日の転校生の様にチヤホヤされて、そこからすぐに皆とは打ち解けた。今ではテレビゲームや映画を見ながら親友の様にやっている。唯一不満があるとすれば、父さんと母さんに1度電話をしたかったが、軍事無線以外の通信手段はやはり遮断されており、そこだけは後方の奴らにも用意はできなかったらしい。

 

 朝食を取り終えた後、歩兵隊と戦車隊に招集がかかった。バンカーの指定された区画内に行くと、中にはプロジェクターとホワイトボード、さらには1個師団の兵士が座れるぐらいのパイプ椅子と簡易テーブルが一糸乱れず並べられていた。

 歩兵隊ごとに番号で席の指定がされており、僕は「特43」の席へ座った。数分後にはオリバー達が座ってきた。


 定刻ぴったりになると、この前哨基地の作戦司令官と作戦を考えたであろういかにも頭がよさそうなインテリ作戦兵、それに戦車隊・正規歩兵隊・特殊歩兵隊の各リーダー3人が入ってきた。その3人はやはり歴戦の兵士なだけあって、彼らの周りの空間はゆがんでいるように見えた。無論その中の1人にはブラッド1尉がいた。


 作戦司令の年齢は結構いっていたが、胸にはブラッド1尉を優に超える表彰バッチや階級章が所狭しと着けられていた。その上には金色のプレートに「ロバート」と刻印されていた。今の状態でも十分なネクタイを更に締めなおして貫禄が感じられる面立ちをゆっくりと皆の前へ向けて招集目的を告げ始めた。

「諸君、まずはこのバンカーまでの道のりご苦労だった。私はこの基地の司令を務めることとなったロバートだ。今回集まってもらったのは第43特殊歩兵隊の勇敢な兵士らが勝ち得たこのバンカーを起点とした、敵要塞への奇襲攻撃についての作戦共有である。」

敵要塞への攻撃、とフロア内は少しざわついていたが、僕らの隊はロバート司令が説明でただ“敵から奪ったバンカー“と言えばいい所を、わざわざ僕らの活躍を言い足してくれている事に少々浮かれ気味だった。


「諸君、静かに。今回の作戦はこれまでの犠牲が多くつくお粗末なものではなく、奇襲攻撃であるという点が重要である。」

今度は司令の“犠牲の多いお粗末なもの”という表現に横に控えている3人のリーダーたちが少しだけ反応した。

「まぁ、何はともあれ詳しい作戦をトーマス3尉説明してくれたまえ。」

ロバート司令はそういうと横のインテリ兵と場所を変わった。

それにしても、あのインテリ兵が自分よりも階級が上だなんて。


「作戦課のトーマス3尉です。これより敵要塞奇襲作戦の詳細を説明いたします。4日後の深夜、敵要塞にまず味方ステルス機が夜間爆撃を実行。増援を呼ばないようにするための敵の通信機器及びバンカー内部にダメージを与えます。

 その後車両隊に乗車した特殊・正規歩兵隊は要塞正面から侵入し、各小隊で全122フロア、1小隊ごとに約10フロアを制圧してもらいます。フロア数は多く聞こえますが、実際には夜間爆撃で敵にかなりのダメージを与えられているので、実際は殲滅戦になる想定です。

 要塞制圧後、味方の信号弾を合図に戦車隊が進軍し、このバンカーをさらに後方の隊に明け渡し、基地を移す予定となります。何かご質問はありますでしょうか?」


トーマスはやはりインテリらしい早口の説明を終わると、周囲を見渡した。個人的には、前のバンカー制圧に比べればかなり合理的でこっちの人権をまだ重視してくれていそうな作戦だった。

「特になければ作戦共有は以上となります。ちなみにこの敵要塞奇襲作戦は『セロニア奇襲作戦』と称します。戦略マップや担当フロアの振り分けなどは、各小隊のリーダーの皆様に追って通達いたしますので、把握をお願いします。」

トーマスは敬礼をするとロバート司令と退室した。



 作戦決行当日の夕方、僕らはセロニア奇襲作戦前に野戦食堂で腹ごしらえをしていた。

「作戦前なのに、なんだか今日の飯はいつもと変わらないですね、トム伍長。」

「タンジ―良いこと教えてやろう。作戦前の飯は、その作戦の難易度や重要度が分かるんだ。今回は補給線がしっかりしてる前哨基地のわりに飯が普通ってことは、この作戦の難易度はそこまで高くないってことだ。

 逆に難易度が高くて、最後の飯になっちまうかもしれない場合は、お情けでいつもより良い飯が出てくるってことだ。」

なるほど、僕と隣で聞いていたオリバーは目を丸くして感心していると、トム伍長は誇らしげにウィンナーに齧り付いた。


僕はさらに質問をした。

「では伍長、どうして今回の作戦名は『セロニア奇襲作戦』っていうんですか?セロニアなんて有名人知りませんし、地名にもそんな場所ありませんよ。」

それは知らん、と伍長は自信満々に言い放った。横でマッシュポテトをつついていたエリック3尉が突然話し出した。

「セロニア奇襲作戦ってのはな、俺やブラッド1尉がまだ学生の頃に流行ったSF映画で出てくる奇襲作戦のことさ。恐らくあのトーマスって奴はそれから持ってきたんだろうな。」

「まだだいぶ若いのにな。あいつとは気が合いそうだ。」

ぼそっとブラッド1尉がニヤけながら言った。


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