第2話 灰色のバンカー
『拝啓、お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。―』
「おいタンジー、お前変なペンの持ち方してるな。ちゃんと学校には行ってたのか?」
「いじらないでくださいよ、トム伍長。小学校の時に腕を骨折して変な癖がついてしまったんですよ。」
被っているヘルメットを小突きながら、同じ隊のトム伍長がせっかくのしんみりした雰囲気をぶち壊してきた。
ここは故郷から遠く離れた敵国のバンカー。
もっと正確に言えば、さっきまで敵のものだったバンカーの中。
僕は陸軍の新米志願兵として前線で日々敵を倒して軍の進行を引っ張ってきた。新米の志願兵がなぜこんな歴戦を潜り抜けているのかについては、僕に並外れたた戦いの才があるわけではなく、ここにいるトム伍長、同い年だが階級が2個上のオリバー1等陸曹、それに衛生兵のエリック3尉と頼もしくてクールなブラッド1尉が仲間だからだ。
先ほどまで食糧庫を物色していたオリバーが興味をもったのかこっちへやって来た。「タンジ―、やっと遺書を書く気になったのか。書き終わったら是非見せてくれよ。」
ニタニタしたタンジ―はリンゴを伍長と僕に放り投げ、手をひらひらさせながらまた棚を物色しに行った。
「しかしタンジ―、さっきはからかったが、遺書ってのは自分が死んじまった後、親が血相抱えながら読むもんだから、嘘ついてもいいから、悲しませないような文にしなきゃだぞ。」
「分かりました、伍長。」
「ちなみに俺は遺書に日々何人殺してやったかをカウントしてるぜ」とケラケラ笑いながら伍長は別の部屋へ行った。
そうは言ってもなぁ、、ため息をついて再び紙とペンを見つめたが、頭の中から文字は浮かんでこない。
「遺書なんか書いてるのか。」
低く威圧感のある声とナイフのような鋭い視線がもう誰もいないと思っていた部屋の隅から発せられた。
『怖い』本能的な脳の危険信号とともに、とっさに後ろを振り向くとブラッド1尉が腕を組んで僕を観察していた。
1尉はたまにその兵士としての強さの差を本能的に敵味方関係なく感知させてくる。この隊に入隊してからもう1年ちょっとが経つが、いまだに心臓に悪くて慣れない。
「すまん、伍長と入れ替わりで入って来てたんだが、邪魔したか?」
「いえ!とんでもないです。むしろ自分がブラッド1尉に気づかずにすみません。」
僕は急いでペンを机に投げ捨てて素早く起立敬礼をした。ブラッド1尉は上官ができる軽い敬礼を返し、書きかけの遺書をのぞき込んできた。
「みんなにとやかく言われて、何を書こうか悩んでるってところか?」
かすかに香る硝煙とタバコのにおいを漂わせながら、ギラギラとした目は字を追っていた。
「はい、遺書なんて書いたことがないので、、ブラッド1尉も遺書は書いてるんですか?」
「ああ、14年前の新兵時代に書いたが、家族はこの前の空襲でみんな死んじまったから。もう捨てたな。」
1尉は、苦笑いしながら胸ポケットから紙たばこを出して吸い始めた。
「空襲って、2年前の、あのグレイ群大空襲ですか?」
「ああ。お前はグリーン郡の出身だったな。グリーン郡に爆撃が始まる前には迎撃部隊が空へ上がったが、それまでのグレイ郡・エボニー郡・アンバー郡は焼け野原になっちまったな。」
僕は1尉の悲しい過去を聞いてしまったことに少し罪悪感を覚え俯いていたら、僕のヘルメットを外して頭をワシワシと撫でてきた。
「だが、この前の戦いであいつらの爆撃拠点は潰してやったし、お前が気に病むことじゃない。お前は人が良すぎるんだ。戦争が終わったら両親の傍に居てやるんだぞ。」
僕は1尉のこういうところが好きだ。はい、と敬礼をすると1尉は「10分後に作戦会議だ。」と言って“進め”のハンドサインをして出ていった。
「よーし、みんな集まったな。」いつものブラッド1尉の掛け声でバンカー内の作戦室でブリーフィングが始まった。
本来であれば、上官が作戦の説明中等の発言時には傾注しながら下士官は休めで直立不動を維持しなければならない。僕たちの隊も最初の戦いでは軍の細かな規律に従ってブリーフィング時の所作を取っていたが、戦争が長引き、日々の戦いで疲弊していくうちに各々は最低限の礼儀を欠かない限りは、楽な姿勢で聞くようになっていた。
僕はオリバーと弾薬箱に腰掛けながら聞いていた。
「エリック、作戦を。」
衛生兵らしく包帯を巻く作業をしていたエリック3尉は、兵士にしては恰幅のいい体を俊敏に動かしてポケットから地図とコンパスを出して説明を始めた。
「我々、泣く子も黙る第43特殊歩兵小隊は、誰もが攻略不可能と言った敵の重要防衛陣地であるバンカーすべてを占領した。無線でこの情報を司令部に伝えたときはさすがにあいつらも驚いてたぜ。
さて、これからの動きとしては、我々の占領したバンカーを敵地攻勢の前哨基地とすることを作戦司令部が決定した。
それに伴い、後方で待機していた戦車部隊をはじめ、他歩兵大隊や補給部隊、さらには砲兵部隊が集結するそうだ。」
「そいつぁ、すげえ。」オリバーが我慢できずに口を開いたが、すかさずトム伍長がたしなめ、現実を突き詰めた。
「オリバー、確かにすごいことだな。
だがなお前はもう少し考えてから喋るようにしろ。この戦線には敵国の広大な土地にバンカーや駐屯地、さらには塹壕が張り巡らされていて、俺たちのような特殊歩兵小隊や車両隊が散り散りに配備された。高価で大切な戦車隊や正規歩兵隊は後方に下がらせてだ。そして、実質鉄砲玉の俺たちが敵国の防衛陣地を破ったらようやく後方の奴らを引っ張ってきて、進行する。なんとも都合が良い話じゃないか?」
「トムの言うとおりだ。作戦司令部は確かにここを攻め落とした俺たちをすごく称賛していたが、ただ“それだけ”だ。こっちは十分とは程遠い装備とたった5人でこれだけの戦果を挙げたのにだ。」トム伍長の言葉に同調して、苦笑いをしながらエリック3尉は不満を言った。
「ここはお前らのストレス発散会じゃない。作戦に文句をつけたいなら偉い将官になってからにしろ。」
会話の脱線をブラッド1尉が修正し、ブリーフィングの再開をエリック3尉に促した。
「えーっと、とにかく今日はこの快適なバンカー内で野営して、明日の17:50に後方部隊が到着するので、それまでに各員けがの療養や物資の探索、車両の邪魔になりそうなものをどかしておくように。以上、解散。」
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