命を紡ぐ遺書
下崎涼人
第1話 寒い季節の朝
鼻にツンとくるような寒い季節の朝。
家の通りの石畳を規則正しく鳴らしてくる足音で私の目は覚まされた。
こんな時間帯にいったい誰が、と布団の中で考えを巡らせている内に、次第にその音はどんどん近くなっていった。
秒針音のような足音達は、この家の付近で鳴りやんで、呼び鈴を押した。
「アスターさん、アスター・ヴァレンさん。お話ししたいことがございます。」
やはり外は相当寒いのか、野太くはっきりと2階の寝室まで聞こえてきた男の声はどこか少し震えていた。
野太い声に起こされ驚いた妻は、ボサボサの髪を私の顔面にぶつけながら飛び起きた。
「こんな時間に誰よ、あなた代わりに出てくださいな。」
「ああ、そのつもりだよ。君が今出たらご近所中で騒ぎ立てられるよ。」
軽い冗談のつもりだったが、寝起きの妻にとっては面白くなかったようで、髪型も相まってものすごい形相で私を睨みつけた。
玄関先の男に「今向かう」と伝えた私は痛む腰を引きずってようやく立ち上がると、息子がつけてくれた手すりを使って階段を降り始めた。
新婚の妻と戦前に買ったこの家も随分ガタが来ており、歩みを進めるたびにどこかしらで嫌な音がする。おぼつかない足取りで階段を1段ずつ踏みしめるたびに、寝ぼけた脳が目を覚ましていく。
いつもの郵便局員にしては声が野太すぎるし、そもそも時間だってあまりにも非常識だ、脳が無意識にいろいろな可能性を吐き出していく中で、一つの答えにたどり着いた。
それと同時に気づけば私は階段を降りきっており、いつもは震えない手はゆっくりとドアノブへ向かった。
「おはようございます、ヴァレンさん。陸軍グリーン区伝令部のモッドです。ご子息のタンジ―・ヴァレン1等陸曹のご活躍をお渡しに参りました。」
キャスパーと名乗る兵士は悲壮感あふれた顔で重々しく私に敬礼をして、もう一人の若い軍人が抱えているオフィサーバックのほうへ視線を移した。
若い兵士はおぼつかない手使いで、たくさんの国旗をあしらった封筒の中から1通をモッドへ手渡した。
「まさか、そんな、、、そうだ、息子はまだ3等兵です。きっとほかのヴァレンっていう人の子だ。」
「いえ、残念ながらご子息は命をわが国家の為にささげ、2階級特進がされました。」
キャスパーは放心状態である私をいいことに、封筒をそっと握らせ再び敬礼し、通りの向こうへ歩き出した。もう一人の若い兵士は打ちひしがれている私を心配そうにしながら重々しい敬礼をしてモッドを追いかけていった。
その時の私は握らされた封筒をもって、立ち尽くすしかなかった。追いかける若い兵士とモッドの足音は次第に揃い、彼らは軍靴で秒針を刻みながら過ぎ去っていった。
冷たい風がようやく我に返らせて、急いで妻のローズを呼んだ。ローズはただ事で無いと感じたのかすぐに階段を下りてきて、リビングで封筒が目に入ると立ちす
くんでしまった。
我々は時間の流れに置いて行かれてしまったのだろうか。
家にいつもの新聞配達の少年が新聞を玄関ポストに差し込んだ頃、かろうじてお互い動けるようになった。
私たちはすぐにソファーに座り、封筒にそっとナイフを当てた。
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