バレンタインの準備(side八重)
今日こそ大和さんへのバレンタインチョコ買う。今日こそ絶対に。
私はそう意気込みながら、デパートの催事場に来ていた。どんな商品があるのかはカタログで徹底的に調べたし、大学の友達にも相談したし、何度も下見をして買いたいチョコに目星だってつけた。完璧な下調べだ。たとえ今まで男の人にチョコを渡した経験がなくても、そもそも恋人自体初めてだけれども、相手が私よりずっと大人でも、ここまで準備をしたら失敗することなんてないだろう。
そう、思っていたのに――
「え、品切れですか」
まだイベントが始まってから一週間とちょっとしか経っていないのに、私が買う目星をつけていたお店はことごとく品切れを起こしていた。しかも入荷時期未定。完璧だなんて意気込んでいた私は頭を抱えるしかなかった。
「どうしよう……」
会場で手にしたカタログを開く。必死に読み込んでふせんをつけたりメモをしていたカタログはどこかに置き忘れてしまったのか、なくしてしまった。もしかしたらこの時点で完璧ではなかったのかもしれない。たくさん見ていたおかげで買いたいチョコを覚えていたけれど、買えなければなんの意味もない。
ここは品切れ、ここも品切れ、ここは品切れでもう入荷しない……。情報を整理していくと、候補としていたチョコが全部品切れとなっていることに気付き涙目になる。
大和さんは優しいから、きっと何を渡しても優しく笑って受け取ってくれるだろう。いつもはそんな優しさに甘えてばっかりだけど、今回ばかりは甘えたくない。大和さんと迎える初めてのバレンタインを少しでも大和さんにとっていい思い出にしたい。私が彼女でよかったと思われたい。結局全部私のわがままだけれども、それぐらい大和さんのことが好きなの、と誰に向けてでもなく私は言い訳をする。
「もう少し回ってみようかな……」
妥協するわけじゃないけれど、もしかしたらカタログに載ってるよりいいチョコがみつかるかもしれない。私は重たい体でとぼとぼと歩き出した。
回り出して数件目のお店で、目を引かれるチョコがあった。それはファンデーションやリップといった化粧品の形を模したチョコで、リップに関しては入れ物もあいまって、本物にしか見ない。
「わあ、かわいい」
こんなのカタログにあったっけ? と思ったけど、でもこれだけたくさんのお店が集まっているんだから載っていない品もあるよね。
かわいくて自分用にほしくなってしまうが、今買うべきなのはそれじゃない。お金だってそんなに余裕はないし、なにより優先順位で一番上にくるのは大和さんへのチョコだもの。それすら満足に買えてないけど……。
自分でそう考えて、私は情けなくて少しだけ落ち込む。それでもいつまでもくよくよしていられない。いっそのこと別のお店に行ってみようかな、と気持ちを切り替える。
「その前に最後にもう一回だけ行ってみよう」
一つだけ絶対に買いたいと思っているチョコがあった。それはこのデパート限定商品で、日本酒が好きな大和さんにどうしても贈りたいと思っていた。何度かお店を覗いていたがずっと品切れだったけど、もしかしたら一日の間にまた入荷するかもしれない、と私は諦められずにいた。
――どうか入荷してますように!
私は心の中で祈りながら、もう一度そのチョコが売っているお店へと向かった。
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