桜と姪
あたしにはアラフォー独身な叔父さんがいる。くたびれたおっさんだけど、お年玉は毎年ちゃんとくれるし、悩みも聞いてくれるし、いい人だ。だから叔父さんには幸せになってほしいって思うのは、当然のことじゃない?
「桜ちゃん、パパ活してるの?」
「ぶ、」
お正月の集まりで、最近親戚付き合いが悪くなった叔父さん――桜ちゃんにそう聞くと、桜ちゃんはちびちび飲んでいたお酒を吹き出した。
「な? えっ、は、はぁ?」
桜ちゃんは顔を青くしてきょろきょろと周りを見ながら、「は?」とか「え?」とか言う。どんちゃん騒ぎしている私の親や祖父母に聞かれていないかを確認しているのだろう。聞こえていたら、今桜ちゃんは無事じゃないだろうから聞かれてないよ。
「で、どうなの」
ずいっと桜ちゃんへ詰め寄れば、桜ちゃんは勢いよく首を横に振る。
パパ活なら犯罪なので今すぐやめてほしいところである。
「え、えっ? いや、してないが?! はぁ?」
「じゃあこの前映画館ですっごい美人の女の人といたのは何?」
そう、あたしは見てしまったのだ。桜ちゃんが絶世の美女と言わんばかりのきれいな女の人と映画館にいたところを。しかもすごい距離が近かった。桜ちゃんがそんなことする人間じゃないのはわかっているが、桜ちゃんにはびっくりするぐらい女っ気がないため普通にお付き合いしているとは思えないのだ。
あたしの質問に桜ちゃんはしばらく考えたあと、「なんだ、八重か」と呟いた。八重? それがあの女の人の名前? 名前もきれいな人だ。
「で、あれはなんなの?」
名は体を表すってこういうことを言うんだなって思いつつ、いや今はそういうことじゃないだろうとセルフ突っ込みを内心でする。
「こ、恋人……。あと、成人してるからな」
あたしが詰め寄れば、桜ちゃんはたじろぎながらそう言った。恋人、あたしはその単語に思考が一瞬だけフリーズした。この桜ちゃんに、あんな美人な恋人?? え、ちょっと待って。さすがにそれは信じられないよ。パパ活って答えられたほうがマシだったかも。でも二十歳越えてるならパパ活じゃなくて――
「桜ちゃん、それは美人局ってやつだよ。今すぐ別れよ」
騙されてる、絶対に騙されてるよ。
「は? いや、ちが」
「なんで違うって言い切れるの? 出会いは? どうせ向こうからの逆ナンとかでしょ? ていうか桜ちゃんに惚れる要素なんてないじゃん。お金目的でしかないよ。桜ちゃん、鏡と現実見たほうがいいよ」
「お前、俺のこと結構ボロクソに言うな。言っておくが本当にそういうのじゃない……ぞ?」
「疑問系! 自信ないんじゃん。ほら別れよ。桜ちゃんにはもっといい人がいるって!」
テーブルに置いてあった桜ちゃんのスマホをつかみ取り、画面を操作してラインのアイコンにたどり着く。それをタップして『八重』という名前とのトーク画面をみつければ、そこには未読のマーク。未読、またあたしの思考はフリーズする。一瞬見えたけど、メッセージきたの今から数時間前だった。
「こら、勝手に見るな」
「桜ちゃん、本当に恋人なら返事しなよ……」
桜ちゃんへスマホを返しながら、あたしは言う。メッセージまで見ないのは、あたしのなけなしの配慮だ。
未読のマークで、あたしは美人局ではないんだな、と桜ちゃんの言うことを信じることにした。美人局ならむしろ桜ちゃんのメッセージが既読無視されていると思ったからだ。実際は桜ちゃんが未読無視で長時間している。サ、サイテーだ……。
「これは、いや、そのだな……。まだ考え中で……」
「スタンプぐらい、返す!」
「そんなもん四十手前のおっさんができると思ってるのか?!」
確かにアラフォーおっさんからのスタンプはキモいけど!
「じゃああたしが返事考えてあげる! 見せて!」
桜ちゃんからスマホをぶん取り、結局あたしはメッセージを見ることにした。向こうからのメッセージは、『一日はありがとうございます』、『一緒に初詣に行けて嬉しかったです』、『来月もまた会ってくれると嬉しいです』というなんとも控えめなおねだりだった。この人と初詣行ってたから年末と元旦に帰ってこなかったんだ……。ぼっちで過ごしてたと思ったから、ちょっと安心した。
てか来月? もしかして桜ちゃん、この人と月一でしかデートしてなの?! えっ、本当に恋人なの?! でもめっちゃ桜ちゃんのこと好きじゃん! これが美人局であってたまるか。そんな現実なんて嫌だ。あたしはこのメッセージを見てそう思う。…………健全な恋人関係とも言えないが。
てゆーか、返事困る~!! スタンプ不可! 長時間放置のせいで無難な返事不可! フォロー必須! は? 無理ゲーでは?! てかよくこの人桜ちゃんからの返事気長に待てるね?!
「う、ぐ、ぐぅ」
「ほら、返せ」
あたしがない頭で返事をひねり出していると、桜ちゃんがあたしの手からスマホを奪い取る。そしてそのままズボンのポケットにスマホをしまう。
「だめ、返事して! 嫌われちゃうよ?!」
桜ちゃんには幸せになってほしい。パパ活でも美人局でもないなら、あたしはこんなにも桜ちゃんを想ってくれている人と結ばれてほしい。
「きらっ……」
嫌われちゃう、それが桜ちゃんに効いたのか、桜ちゃんが言葉をつまらせる。
「あたしならこんな長時間未読無視する彼氏、やだ」
普通に嫌でしょ。この人は返事を催促しないし、未読無視に関して何か言ってるわけでもなく、桜ちゃんの返事をずっと待っている。なんて健気な人なんだろう。あたし、応援したくなっちゃった。
「桜ちゃん」
目で返事をしろと訴える。
「でも……いや、まだ考えたくてだな……」
「桜ちゃん」
「時間も空いたし……」
「桜ちゃん」
「……」
「桜ちゃん」
「…………嫌われるか?」
何度も桜ちゃんの名前を呼んでいると、ようやく桜ちゃんは観念したのかスマホをズボンのポケットから取り出した。嫌われたくないぐらいにはちゃんと好きなら、さっさと返さなきゃだよ。
「うん」
あたしは短く返事をする。桜ちゃんは長くため息を吐いたあと、スマホをかこかこと操作して「送ったぞ」と言った。
「なんて返事したの?」
「そら」
桜ちゃんから投げられたスマホをキャッチし、画面を見れば『明日も会おう』という淡白な文章が目に入る。来月と言った控えめな恋人に対して、明日なんて桜ちゃんは情熱的だ。素面でこれ打ったのかな、やけくそとかじゃない? って思っていると、ぽんと電子音がして新しいメッセージを受信した。返事はや。
「返事きたよ」
はい、と桜ちゃんにスマホを手渡す。すると画面を見た桜ちゃんは照れ臭そうに笑った。
「見せて~」
かわいい姪っ子のおねだりだぞ~。再びあたしは桜ちゃんからスマホを取ろうと手を伸ばすが、ひらりと躱される。自分の返事は見せてくれるのに、恋人からの返事は見せてくれないなんて、意外と桜ちゃんは独占欲が強いんだな。
「断る」
「桜ちゃんのけち」
「はい、口止め料」
唇を尖らせて文句を言えば、桜ちゃんが自然な流れでお財布から千円札を出してあたしへくれた。両親たちにみつからないようにお金をもらって、あたしはすぐさま手帳型のスマホケースに挟む。
「へへっ、まいどあり~」
「とんだ出費だよ、まったく……」
――今度は付き合うようになるまでを聞こ。
だって女の子は恋バナが大好きなんだもん! またスマホをいじり出した桜ちゃんを見て、あたしはそう思ったのだった。
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