第16話 みんなでバッタリ顔合わせ。

スマホの画面に映し出された萌ねえは、オレの知っている萌ねえとは全く雰囲気が違っていた。

どうしてだろう。

帰ったら直接萌ねえに聞いてみようと思う。


それはそれとして、


「あのさ、このモデルさんなんだけど……」

「カッコいいっしょ!」

「うん、もの凄く格好良いと思う。毎日見ていても飽きないくらい抜群に綺麗だ。上園さんが憧れる気持ちもよく分かるよ」


なんたって萌ねえなのだ。

美人なのは当たり前である。


「それでM・O・Eって言ったっけ? このモデルさんが、今さっきオレが話してた――」


――瀬戸萌華って人なんだ。


そんな風に話を繋げようとした矢先、ちょうど声を遮るタイミングでチャイムが鳴った。


「あー、もう予鈴かぁ」


上園さんはオレの眼前まで突き出していたスマホをいそいそと仕舞しまい込む。

もう後5分で午後の授業開始だ。

彼女は食べかけのサンドイッチを急いで口に詰め込むと、野菜ジュースで喉の奥へと流し込んでいく。


「じゃ、あーし先に教室戻ってるから」


それだけ言い残して、上園さんは校舎裏から立ち去った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


午後の授業が全て終わった。

今からは放課後だ。


授業から解放された生徒たちの気が緩む。

そこかしこでざわつき出した。


クラスメートたちは楽しげに騒ぎながら、クラブ活動をしている者は部室棟へと、そうでない者は友人連中と連れ立って校門へと向かう。

隣の席の上園さんはというと、帰宅部のようだ。


「じゃーねー! みんなお先ー。っと小鳥遊たかなしもバイバイ! また明日!」


彼女はクラスメートと帰りの挨拶を交わし合いながら、教室を出ていく。

去り際にオレにも声を掛けてくれたのが、少し嬉しい。

彼女のコミュ力には感服することしきりである。


ではオレも、そろそろ帰宅するとしよう。

いまだぼっちなままのオレは、通学カバンをひっ掴むと誰とも挨拶を交わす事なく教室を後にした。



校門を出て、家に向かって通学路を歩くこと20分。

萌ねえの待つマンション前へと帰りつく。

そこでオレは、とある人物とバッタリ出会った。


「……えっと、苺谷さん?」


エントランス前にいたのは萌ねえのマネージャー兼、所属事務所の社長である苺谷さんだった。

彼女の方もオレに気づく。


「あら、拓海くんじゃない? その制服……そっか、学校に通うようになったのね。いま帰り?」

「はい。苺谷さんはうちに用ですか?」

「そうよ。引越し祝いに来たの。ほらこれ」


手提げ袋を掲げてみせてくる。

そこにはラッピングされた瓶が何本か入っている。


「そろそろ落ち着いた頃かと思ってね」

「それでわざわざ来てくれたんですか。なんかすみません」

「良いのよ。ついでに萌華の顔も拝んでおきたいし」


なるほど。

引越し祝いとは口実で、目的はそれか。

きっと自社の看板モデルが今どう暮らしているのか気になって仕方がないのだ。

ならば元気な萌ねえに会って安心してもらおう。


オレたちは一緒にマンションに入ると、エレベーターに乗り込んだ。

3階のボタンを押す。

ちなみにオレと萌ねえの引越し先は303号室だ。


「それで苺谷さん。引越し祝いってどんなのか聞いてもいいですか?」

「構わないわよ。中身はお酒ね。あ、でもジュースも入れてるから安心なさい」


ほぅ、お酒か……。

オレはまだ未成年だから萌ねえに渡すつもりなのだろう。

それは良いとして、ちょっと気になることがある。

聞いてみよう。


「えっと……萌ねえって、お酒飲むんですか?」

「割と飲むわよ?」

「へぇ、何か意外かも……」

「そうかしら? 萌華ってああ見えて寂しがりやだからね。独寝ひとりねが辛い夜なんかは、よく遅くまで付き合わされて大変だったのよ? あの子ってば酒癖も悪くてすぐに酔うし――」


そうだったのか。

ならば今後、萌ねえの寂しさを紛らす役目はオレが引き継ごう。

多少なら寝酒ねざけにだって付き合うぞ?

まぁオレはジュースしか飲めないけど。

苺谷さんが続ける。


「でもこれからはもう、そんな夜は来なくなるんでしょうね」

「……へ? 何でですか?」

「だって今のあの子には拓海くんが居るじゃない! キミとまた暮らせる。だったらこの先、萌華が寂しがることなんて、もうないと思うわ」



3階に着いた。

エレベーターを降り、苺谷さんと並んで部屋へと向かう。

303号室はすぐそこだ。

そこでオレはまたもや意外な人物と出会った。


目が合う。

すると彼女は驚いて、


「――はぇ⁉︎ な、なんで小鳥遊があーしの家にいんの⁉︎」


その人物とはさっき教室で別れたばかりの上園さんだった。

上園さんは驚きのあまり固まっている。

オレも突然の出来事に反応できない。


というかだ?

どうして彼女がオレんの前にいる⁉︎


お見合いしたまま二人して固まっていると、わきから苺谷さんが声を掛けてきた。


「拓海くん、知り合い?」


その言葉を機に、止まっていた時間が動き出す。

オレはわなわなと肩を震わせながら呟いた。


「……ま、まさか上園さん……オレのストーキングを……ヤ、ヤンデレ……?」

「――はぁ⁉︎ ち、違うっての! んな訳ないじゃん! てかアンタこそ、あーしの跡をつけて来たんでしょ! ガチ不審者じゃん!」

「い、言いがかりだ! オレは家に帰宅しただけだから! ほら、そこの303号室が、オレん家!」

「うぇぇ⁉︎ ちょ、ちょま⁉︎ じゃあ最近うちの隣に越して来たの、アンタだったの⁉︎」

「えっ⁉︎ 隣って上園さん、もしかして――」


慌ててお隣さんを眺める。

302号室のドアにはハッキリ『上園』と書かれた表札が掛けられていた。

何という偶然。

上園さんはクラスで隣の席というだけではなく、まさかマンションの部屋までお隣さんだったのだ。


「う、嘘ぉ……」

「こ、こんな偶然あるぅ?」


オレと上園さんは互いに顔を見合わせて、鏡を合わせたみたいに口をパクパクさせ合う。


そのすぐ側では、苺谷さんが状況についてこられず、どうしたものかと様子見をしている。


そうして騒いでいると、突然オレん家303号室からガチャガチャと音がした。

バァン!と勢いよくドアが開かれて、中から萌ねえが飛び出してくる。


「――たっくんの声がする! やっぱり帰って来てたのね? 会いたかったよぉ。拓くんおかえりなさいー!」


もうしっちゃかめっちゃかだ。

マンション3階廊下にオレ、上園さん、苺谷さん、萌ねえが揃い踏みする。

オレは一体何がどうなっているのかと混乱した。

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