第14話 校舎裏はぼっち飯するのに良い場所

……悪い予感が的中してしまった。


隣りの席にクラスカースト一軍の上園さんグループがたむろしているせいで、誰もオレに話しかけて来ない。


いや、たまに一言二言ひとことふたこと声を掛けてくれるクラスメートもいるにはいる。

しかし上園さんたちに遠慮してか、すぐに立ち去ってしまう。

そんな調子でまったく会話が続かない。


やばいぞ。

このままではぼっちになってしまう。

さて、どうしたものか。

オレは頭を悩ませて――

ふむ。

待つのではなく、こちらから声を掛けてみよう。


話しかけ易そうな二軍三軍グループを探す。

けれども入学式からもう1ヶ月も経っているのだ。

仲良しグループは大体メンバーが固定されていて、割って入れるような雰囲気はない。


あー、こりゃダメだ。

オレは諦めて、机に突っ伏した。



――チャイムの音が鳴り響く。

四時限目の授業はこれにて終了。

昼休憩の時間がやってきた。


オレはそそくさと席を立って校舎裏に向かう。

なるべく人気の少ない場所を選び、隠れるみたいにそこに座って、ようやく人心地ひとごこちついた。


「……はぁぁ、疲れた……」


教室の何と言えぬ居心地の悪さに負けて、つい逃げ出してきてしまった。

けれどもこのままじゃダメだ。

オレは先日、萌ねえが言ってくれた言葉を思い出す。


『ちゃんと高校にいって、大学にいって、素敵な友だちを沢山作って――』


萌ねえを安心させるためにも、オレはこの学校で友だちを作らねばならない。

ぼっちのままではダメなのである。


「ふぅ。とは言え前途多難な感じだなぁ。……とまぁ、それはそれとして――」


今は昼食にしよう。

持参してきた弁当箱の蓋を開ける。

途端に危険な匂いが漂ってきた。


その弁当箱には派手に焦げた卵焼きや、何だかよく分からないおかずのような物体、それに歪な形をした塩むすびが詰められている。


実はこれは、今朝萌ねえが作るのを失敗したお弁当なのだ。

萌ねえは後で廃棄するつもりだったみたいだが、そんな事とんでもない。

なのでこっそり頂いてきた。


オレはこれをちゃんと食うつもりだ。

だってこれは萌ねえがオレを想いながら丹精込めて作ってくれたお弁当。

失敗くらいなんだって言うんだ。

食わねばバチが当たるというものである。


「それじゃあ、いただきます!」


オレは弁当箱に箸を伸ばした。



「……ぐ、ぐふっ……ご馳走様、でした……」


空にした弁当箱に向けて震えながら手を合わせる。

案の定、味は微妙だった。

というかオブラートに包まず表現すると――強烈だった。


卵焼きは焦げているだけではなく殻が入っていてジャリジャリしていた。

名状しがたい冒涜的な形をしたおかずからは発酵食品のようなえた匂いがして、塩むすびは塩むすびではなく砂糖むすびだった。


しかしちゃんと腹は満たせた。

どの料理も不恰好ながらたっぷりと愛情は伝わってきて、それだけでオレは幸せだ。

言う事なしである。

帰ったらちゃんと萌ねえに「ありがとう」って感謝を伝えよう。


そんなことを思いながら、くちくなったお腹をさすっていると誰かが目の前を横切った。

はて、こんな校舎裏に来るなんて何者だろう。

その人影はオレに気付いて立ち止まる。


「……あれ? ア、アンタ⁉︎ たしか転入生の……こんな校舎裏で何してんの⁉︎」


その人物の正体は上園沙耶香さんだった。

というかオレは転入生じゃない。

上園さんは何故か軽くキョドりながら、空っぽになった弁当箱とオレの顔を交互に見ている。

そして焦りを誤魔化すみたいに、わざとらしくポンと手を打った。


「……ははぁん。わかった! ぼっち飯してたんっしょ? 転入初っ端しょっぱなから寂しいねぇ」


だから転入ではないと言うに。

しばらく休んでいただけだ。

心の中でそう突っ込むも、言葉にはしない。


上園さんは辺りに誰もいないことを確認すると、こちらに寄ってきた。

恐る恐るという態度で、オレの隣に腰を下ろす。

手にはコンビニのレジ袋。

その中にはサンドイッチとパックの野菜ジュースが入っていた。


「ほ、ほら、つめてつめて。せ、狭いんだから」

「え? あ、うん」


唐突な展開に戸惑いながらも、オレは彼女みたいな陽の者がどうしてこんな陰気臭い場所までやってきたのか聞いてみた。

すると上園さんは――


「あーし? あーしはほら、ちょっとそこに用事があって……」

「用事って? 校舎裏に?」

「あ、あはは、実はちょい前にそこで出産した野良猫がいてさー。ガリッガリに痩せてたから、たまにこうして餌やりついでに様子を見にきてんの」


空になった猫缶を見せてきた。

猫用ミルクの空パックもある。


「へえ」


優しい所があるもんだ。

少し彼女に対する印象が変わったかもしれない。

上園さんが続ける。


「そ、それよりさ! あーしもここでご飯食べても良いよね!」

「そりゃ別に構わないけど、なんで教室で食べないの?」

「……あ、あーしがどこでご飯食べようが、あーしの勝手っしょ!」


じゃあ聞いてこないで欲しい。

というか何か地雷を踏んだようだ。

コミュ力の低いオレは何が原因で彼女を怒らせてしまったのか、さっぱり見当がつかない。

困惑していると、


「ア、アンタのぼっち飯が可哀想だから! そ、それで一緒に食べてあげようと思っただけだし!」

「いや、それはちょっと恩着せがまし――」

「う、うっさい! うっさい!」


オレはぴたっと口を閉じた。

理不尽な物言いに会話が続かない。

上園さんはまだ怒っているのか、頬を赤く染めてチラチラと横目にオレを見る。

そして震える指先で、何度も失敗しながらサンドイッチのビニールを解く。


どうやら本気でここでお昼にするみたいだ。

でもそうすると会話をしなければならない。

これは困った。

オレは彼女みたいな陽キャ相手に何を話せば良いのやら、さっぱり分からない。


あ、そうだ。

オレは思いつく。

そういえば話題ならあった。

今朝聞き耳を立てた限りでは、たしか上園さんはモデルを目指しているのだ。

その辺りの話題を振って、間を繋ぐとしよう。

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