第12話 初登校

引越しを済ませ、荷物の片付けや部屋の掃除、生活必需品の買い出しなどをしているうちに、あっという間に日付は進んでいく。


この間、もえねえはというと両親の生命保険関係の手続きで保険会社に出向いたり、遺産相続について税理士に相談したりと、オレに代わって忙しく動き回ってくれていた。


そしてようやく諸々もろもろが落ち着いてくる。

その頃にはもう、4月も終わりに差し掛かっていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


5月初旬のゴールデンウィーク明け。

新生活の幕開けだ。


オレは今日から登校することになっている。

学校にいくのは入学式の日以来だから、実に約1ヶ月ぶりだ。

かなり長く休んだ。

出遅れは明らかで、今からクラスに馴染めるか少し不安を覚える。


たっくぅーん!」


スリッパをパタパタさせながら、ラフな部屋着姿の萌ねえが玄関までお見送りに来た。

心配しながら話す。


「今日から学校ね! 時間はまだ大丈夫? ちゃんと予鈴の5分前には席に着いてないとダメよ? あとカバンの中身は確認した? 忘れ物はない?」

「ん、ぜんぶ大丈夫。準備なら昨日のうちに全部すませてあるから」

「それならいいんだけど……あ、言ってるそばからもうシャツの襟がおかしくなってる! こっち向いて? 直してあげる」


萌ねえが近づいてきて、オレの首筋に手を添えた。

距離が近い。

でもこれも慣れたものだ。

だってこれくらい近いのが、いつものオレたちの距離感なのだ。

姉と弟ならこんなの普通である。


萌ねえはよほどオレのことが心配なのか、曲がっていた襟を正しながら、さらに追加で確認してくる。


「えっと、今日は体育の授業はあるの? もしあるなら体操服を忘れちゃダメよ? あ、そうだ。上履きは持った? それにお弁当――」


そこまで言ってから、萌ねえがシュンとなった。

彼女のこの態度には理由がある。

というのも実は今朝、萌ねえは早起きをしてオレのために弁当作りに挑戦していた。

しかし結果は惨敗。

弁当とは似ても似つかぬ、名状しがたい奇妙な物体が出来上がった。


「ぅ、ぅ……。ごめんね、拓くん……。、私、自分が情けない。拓くんに美味しいお弁当を用意してあげたかったのに、卵焼き一つも満足に作れないなんて……!」

「そんな落ち込まないで。オレは萌ねえの気持ちだけでも十分嬉しいよ」

「……ぁあ、拓くん優しい……天使みたい……」


萌ねえは感動で潤んだ瞳を向けてくる。

相変わらずリアクションが大袈裟だ。


「じゃあ、オレそろそろ出なきゃ。行ってきます」

「いってらっしゃい! 車に気をつけてね! 寄り道せずに帰ってきてね! あと学校で困ったことがあったら、すぐにLINEするのよー」


過保護な萌ねえに見送られながら、家を出た。



――学校に到着した。


職員室を訪れたオレは、担任教師にクラスへと案内され自分の席に着く。

オレの席は教室のちょうど真ん中辺りだった。


すでに教室には大勢のクラスメートがいた。

彼らの視線が一斉に集まった。

みんながオレに興味を向けてくる。


「……お、おい……アイツ……」

「ああ、アレだろ? なんか入学式の日に親を亡くしちまったっていう……」

「可哀想よね……」

「……でも今日から学校来れるんだぁ? 大丈夫なのかなぁ?」


みんなは遠巻きにオレを囲みながら、ヒソヒソ話をしている。

会話内容に察しはつく。

どうやら両親の件は既に広まっているらしい。


クラスメートたちの視線はどこかオレを気遣うようである。

きっと同情してくれているのだと思う。

とはいえやはり腫れ物扱いされているみたいで居心地は良くない。


……さて、どうしたものか?

この空気を変えたい。

それにはこちらから適当に話しかけるのが良いか。

こう、極力明るい声色で――


そこまで考えて、やっぱり諦めた。

自分で言うのもなんだが、そもそもオレはどちらかと言えば陰キャだ。

中学時代はずっと帰宅部だったし、これといった趣味はなく、運動も得意ではない。

インドア派で休日はゲームやアニメや漫画を楽しみながらダラダラと過ごしていた。

ちょっとオタクも入ってると思う。

そんなオレが、この微妙な雰囲気に負けずに自分から明るく話しかけて回るなんて、土台無理。


(……うん。ここは寝たフリをして乗り切ろう)


安牌を取ったオレは、そろりと机に突っ伏した。



そうこうしているうちに、キンコンカンと予鈴が鳴った。

ホームルームが始まる。

オレは担任教師に手招きされ、教壇にのぼらされた。


「あー、みんな静かに。クラスメートを紹介するぞ。こいつは小鳥遊たかなし。事情があって今まで休んでいたんだが、今日から登校してくることになった。仲良くしてやれよ?」


担任がわきに寄り、オレを教壇中央に進ませる。


「さ、小鳥遊。自己紹介をしなさい」

「は、はい」


再びクラスメートたちの注目が集まった。

複数の好奇の視線を浴びる。

オレは怯んだ。

ともかくここは変に奇をてらわず無難に自己紹介を終えてしまおう。

ゆっくりと深呼吸をしてから話し出す。


「あ、あの……オレ、小鳥遊拓海たくみって言います。今日からよろしくお願――」


ガラガラと音がした。

誰かが教室の引き戸をひいたのだ。

オレの台詞が遮られた直後、一人の女子生徒がダッシュで駆け込んでくる。


「やっば! 遅刻遅刻……いや、やっぱこれぎりセーフじゃね? セーフだよね!」


どっと笑いが起きた。

そこかしこでクラスメートたちが「どう考えても遅刻だろ!」とか「アウトだアウトー!」とか、楽しそうにはやし立てる。


女子はてへへと笑い返している。

担任教師が飛び込んできたその彼女の頭を、出席簿でポンと叩いた。


「こら、上園うえぞのぉ……」

「あいたっ! センセー何すんの⁉︎ 暴力教師って教育委員会に訴えるよ⁉︎」

「……はぁ、お前なぁ? バカ言ってないでさっさと席に着け。あと遅刻だからな!」

「ちぇー。誤魔化せなかったかぁ」


また笑いが起こる。

どうやら現れたこの女子生徒はクラスの中心的人物のようだ。

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