第10話 弟みたいな従兄弟が可愛くて仕方ない姉

「――あの頃に誓ったの。世界に絶望していた私はたっくんに救われた。だからこの先もしも拓くんの身に何かあれば、今度は私が絶対に、何を差し置いても助けてあげるんだって」

「……そう。そんな経緯があったの」


十年も離れていた従兄弟をなぜ萌華がこれほど大切にするのか、詩葉はその理由がようやく腑に落ちた。

萌華は続ける。


「あの子はいま精一杯強がって平気な振りをしているけど、まだ高校生になったばかりの子どもよ? 心の傷は簡単には癒えない。昨夜だって酷くうなされていたし……」


寝言で両親を呼びながら苦しげにうめいていた拓海は、萌華が抱きしめて一緒に寝ると落ち着いた。


萌華は思う。

拓海はこれからも悪夢を見るかも知れない。

それなら毎晩抱きしめてあげたい。

しかしモデル業で全国を飛び回っていたら、慰めてあげられない夜だってきっとある。

それは嫌だ。

拓海を孤独にしたくない。


「私はあの子のそばにいてあげたいの。これがモデル活動を休止したい理由」


話を聞き終えた詩葉は、思い悩む。

萌華はストロベリープロダクションの看板モデル。

活動休止となれば事務所にとっては大きな痛手だ。

しかし萌華の決意は固い。

さてどうしたものか。

詩葉はふぅと嘆息した。



眉間に皺を寄せて考え込む詩葉の目の前で、突然萌華がもじもじし始めた。

急に歯切れが悪くなる。


「……そ、それにね? えっとぉ……」


おかしな態度である。

言おうかな?

やっぱり言わないでおこうかな?

そんな風に煮え切らない。

詩葉がいぶかしむ。


「……何よ?」

「じ、実はね? 拓くんのそばにいたい理由は、まだ他にもあってぇ……とはいえ、まぁこっちはそんな深刻な話じゃなくて、オマケ?みたいなものなんだけどぉ……」

「言いたいことは、はっきり言いなさい!」

「じゃ、じゃあ遠慮なく言っちゃうわよ?」


萌華は大きく息を吸い込んだ。

一息に捲し立てる。


「だ、だってたっくんってば、滅茶苦茶可愛いでしょ⁉︎ あの子を見てると私、胸がときめき過ぎておかしくなりそうで! キュンキュンして、無条件に守ってあげたくなっちゃうの!」


さっきから神妙な態度で話を聞いていた詩葉は、萌華のいきなりの豹変にずっこけそうになった。


何を言い出すのか、この女。

頭お花畑か。

詩葉は喉元まで出かかったその台詞を飲み込んだ。

萌華が鬱陶しくまとわり付く。


「――ね? ね? マネージャーもそう思うでしょ! 拓くん超可愛いよね! 食べちゃいたい!」

「ええい、離れなさい!」


詩葉は萌華を引き剥がしながら、さっきじっくりと観察した拓海を思い出す。


……たしかに綺麗な男の子だった。


萌華といい拓海といい、よほど容姿に恵まれた一族なのだろう。

いまの彼の印象としてはまだ幼なさが勝っているように思われるが、なにせ成長期の男子。

すぐに背も伸び、筋肉もついて、骨格からして男性らしくなっていく。


そうして成長した拓海はどれほどのイケメンになることか。

詩葉は末恐ろしさを感じる。

さすがはトップモデルたる萌華の従兄弟だ、なんて思った。



「あ、今、マネージャー! たっくんが大きくなったら、事務所にスカウトしようって考えたでしょう!」

「はぁ? そんなこと考えてないって」


しかし詩葉は、萌華に言い返しながらも『それもアリかも知れない』なんて考える。


「ダメよ? ダメ、ダメ! 拓くんはわたしの弟みたいなものなんだから、マネージャーにはあげません!」

「うるさい、このブラコン女! 一体なんなのよ、もぅっ! 鬱陶しいにも程があるわ!」


詩葉は盛大に愚痴ってから、強引に話題を戻す。


「……それより活動休止の件よ。とりあえず今予定してるスケジュールは消化してもらうとして、その後ならしばらく休んでもいいわ」


結局、詩葉は譲歩することにした。

理由は萌華のモチベーションだ。

拓海のことを常に心配したままではモデル業へのモチベーションが維持できない。

気の抜けた仕事しか出来ないだろう。

それならここは事務所的な痛手をぐっと堪えてでも、しばらく休ませた方が良い。

社長としての、そういう経営判断である。


「わっ! 休んでも良いのね? ありがとう!」

「それでどれくらいの期間、活動休止するつもりなの?」


拓海が立ち直るまでということなら、三ヶ月くらいだろうか。

長くても半年はかかるまい。

そんな風に皮算用していた詩葉に、萌華が告げる。


「えっと、たっくんが独り立ちできるようになるまでお世話したいから、高校を出て、大学を出て、就職するまでで……最短七、八年くらい?」

「――はぁ⁉︎」


詩葉が素っ頓狂な声を上げた。

いくらなんでも長過ぎる。


「却下よ、却下! 七、八年って、そしたら貴女もう三十路じゃない! 旬なんかとっくに過ぎちゃってるわよ! おばさんよ、おばさん!」

「ひ、酷い!」

「酷いのは貴女でしょ! というか拓海くんのこと溺愛するにも限度があるでしょう!」

「愛情に限度なんかないし! 別に私がたっくんを溺愛するのは勝手でしょう! マネージャーには迷惑掛けてないんだから」

「はぁ⁉︎ 十分過ぎるくらい迷惑掛けられてるわ!」


リビングでぎゃーぎゃーと喚き合う。

彼女たちの言い争う声は、壁を越え、寝室で待機している拓海のもとまで届いていたのであった。

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