第9話 在りし日の記憶

あまり説明が得意でない萌華は訥々とつとつと切り出す。


「えっと、何から話せば良いかなぁ。……あ、そうだ。マネージャーは私の両親が十年前に火事でどっちも天国に行っちゃったことは知ってるわよね?」

「……ええ」


話題が話題だ。

詩葉は神妙に頷く。

その改まった様子に萌華は吹き出した。


「……ぷ。やだ、そんな顔しなくていいよぉー! とっくに吹っ切れてるんだから!」

「そうは言っても、適当な態度で聞いていい話じゃないでしょう」

「もう、真面目ねぇ。本当に大丈夫なのに。……とは言っても当時の私は、全然大丈夫じゃなくてね? 我が身に起きた不幸を嘆いて『お父さんに会いたい! お母さんに会いたい!』って泣いて大変だったの……」


その頃の萌華は14歳。

大人になるための成長過程にある、どこにでもいる普通の中学生だった。

そんな精神的にまだ未成熟な子どもが、ある日突然両親を亡くして天涯孤独の身になったのだ。

ショックを受けるのは当然と言える。


「……たくさん泣いたわ。でも泣き喚いたからって両親は戻ってこなくて、周りには優しくしてくれる大人もほとんどいなくて……」

「大変だったのね」

「ええ。でもそんな塞ぎ込んでいた私に更に追い討ちをかけてきたのが、うちの親戚連中だったわけ」


萌華は親戚たちの顔を思い出し、苦虫でも噛んだように顰めっ面をする。

よほど嫌いなのだ。


「アイツら酷いのよー! 葬儀の間ずっと誰が私を引き取るかで大揉めしてさ。本当にずっとよ? 最後には私本人を目の前にして『お邪魔虫だ』とか『親と一緒に逝けた方が幸せだったんじゃないか』とか本気でほざいてくる訳! 人でなし極まれりって感じ!」

「……なによそれ……? そんな話は初耳よ」

「そりゃあ言ってなかったし。だって話したらマネージャー怒るでしょ?」

「当たり前じゃない! 私がその場にいたら貴女の親戚たち全員張り倒してやったわよ!」


いきり立つ詩葉をどうどうと落ち着かせ、萌華は続きを話す。


「まぁそういった経緯もあって、当時の私は自分のことを邪魔者だと思い込んでた。本気で世の中に絶望してた。毎日死にたいって思ってた。でも、そんな私を救ってくれたのが、まだ幼かったたっくんだったの――」



葬儀が終わったあと、萌華は母方の親戚である小鳥遊家に居候することになった。

あまりに無体な仕打ちを見かねた拓海の両親が、止むに止まれず彼女を引き取ったのだ。


拓海の両親は優しい人間だった。

萌華を心配していた。

しかしどちらも人付き合いは得意ではなかった。

なので親を亡くしたばかりの傷心の少女とどう向き合えば良いか分からない。

どうしても腫れ物を扱うように他人行儀になってしまう。

悪気のないその態度が萌華を一層孤独にした。


萌華は毎日泣いて過ごした。

膝を抱えながら思う。

私を愛して抱きしめてくれた両親はもういない。

だからもうこの世界には私を愛してくれる人なんて存在しない。

そんな事を考えて、自らを追い詰めていた。

しかし、そんな彼女を癒した存在があった。

それが当時5歳の拓海だったのである。



まだ幼児だった拓海は、ある日突然両親に連れられて家にやってきた萌華にびっくりした。

両親が言う。


「いいかい拓海。この子は萌華ちゃん。今日から一緒に暮らすことになったんだ」

たっくんのお姉さんになる子よ。仲良くしてね?」


つぶらな瞳が爛々らんらんと輝く。

拓海は一人っ子の自分がずっと欲しがっていた姉弟きょうだいが遂にできたと思って嬉しくなった。

その日から拓海は、萌華にまとわり付くようになる。

しかし当初、萌華は拓海のことを鬱陶しく感じていた。

なにせ自分にはもう両親はいないのだ。

けれどもこの子には愛してくれる両親がいる。

どうして自分だけ――


無邪気な笑みに腹が立つ。

無性に意地悪してやりたくなった。

だから萌華は「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と嬉しそうに寄ってくる拓海を邪険にあしらった。

肩を押して尻餅をつかせた。

すると拓海はわんわん声を出して泣いた。


萌華は自分のした行為に罪悪感を覚える。

けれども次の日には拓海はもうケロリとしていて、また「お姉ちゃん大好き!」「お姉ちゃん遊んで!」なんて言ってまとわり付いてくるのだ。

何度拒んでも諦める様子がない。

この子はバカなんだろうか。

そんなことを思いながら萌華はため息をつく。

そして根負けした。

やがて萌華は少しずつ拓海を拒絶することを諦めていった。


それからの拓海はずっと萌華のそばにいた。

萌華が一人で泣いている時は、訳もわからず一緒に泣いた。

亡くなった両親をしのんで悲しんでいる時は、ずっと黙ってそばにいた。

言葉ではなく態度で慰め続けた。

孤独に苛まれている萌華に「お姉ちゃん大好き!」と言い続けた。


萌華の意識は少しずつ変わっていった。

あんなに憎らしかった拓海が、なんだか少し大切に思える。

笑顔を向けられる度に、大好きと言われる度に、凍っていた心が溶けていく。

私は生きていても良いんだ。

私はこの世に一人なんかじゃない。

だって拓海がいてくれる。

いつの間にかそんな風に思えるようになっていく。


そしていくらかの時間が過ぎた頃、萌華の心の傷はすっかり癒やされ、二人は仲睦まじい姉弟になっていた。



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