第5話 ふたりで食べるカップ麺

撫で回されながらもオレは、あの頃よりも綺麗になった萌ねえの顔や、豊かな実りを讃える胸なんかをチラチラと盗み見てしまう。

その視線に気付かれた。


「どうしたのたっくん? 気になることでもあるの?」

「いや、……何というか、その……」

「なぁに?」

「えっと、萌ねえ、なんか以前とはその、見た目がかなり変わったなって……」


記憶にある彼女は、こんな風に色香を感じさせる女性ではなかった。

身体のラインも今みたいに丸みを帯びておらず髪も短かったし、格好も少年みたいで男子だと言われても違和感がないくらいだったように思う。

そう伝えると、萌ねえは照れた。

苦笑いを浮かべながら指で頬を掻く。


「あはは。あー、確かにそうだったわねぇ。あの頃はまだ私も意地を張っていたから……」

「意地? それってどういう――」


尋ねようとした矢先、腹の虫がぐぅと鳴いた。

お腹を押さえるオレに萌ねえが笑みを向ける。


「晩ご飯にしよっか? お料理は私に任せて?」



リビングに通されたオレは黙って料理が出来るのを待った。


15分が経過する。

30分が経過する。

その後さらに30分経ち、オレの空腹がピークに達した頃になって、ようやく料理が運ばれてきた。


「待たせちゃってごめんねー」


どうやら今晩は鍋のようだ。

春とはいえまだ夜は底冷えする日もあるし、暖かな鍋料理はありがたい。

とか思っていると、なんか萌ねえが口籠っている。


「……え、えっとね、たっくん……実はねー、そのぉ……」


萌ねえはオレの目の前に土鍋をセットしたものの、なかなか蓋を取ろうとしない。

鍋から甘い匂いが漂ってきた。

腹が減っているオレは焦れてしまう。


「どうしたの?」

「えっとぉ」

「お腹、空いたんだけど」

「そ、それがね? 急いで作ったせいだと思うんだけど、ちょこぉぉっとだけ、お料理、失敗しちゃったというか……」

「なんだそんなことか」


萌ねえは料理の出来を心配しているらしかった。

可愛いところもあるんだな。

でもそんな心配は御無用。

空腹は最高の調味料なんて言葉もある。

萌ねえ的に少々満足のいかない出来栄えの料理でも今のオレなれば美味しく頂けるだろう。


ましては今晩のメニューは鍋である。

鍋なんて失敗する方が難しい。

だって基本的には出汁に食材を入れて煮れば完成の気楽な料理なんだし。


「失敗くらい大丈夫だって」

「そ、そうよね? 大丈夫よね?」

「もう食べていいかな?」

「う、うん。それじゃあ……!」


萌ねえが鍋の蓋を開けた。

料理の全貌が明らかになる。


「…………は?」


オレは固まった。

テーブルを挟んで差し向かいの位置から、萌ねえが捲し立ててくる。


「こ、今晩はね! ア、アイスクリーム鍋にしてみたの! だってほら、甘いものって疲れてるときに良いでしょう? 美味しいし! それに今日は色々あったから、こういうの食べたらたっくんも元気が出ていいかなぁって思って――」


何を言ってるんだこの人は……?

いま、何と言った。

アイスクリーム鍋とか言ったか?

なんだそりゃ。

訳がわからん。


オレは目の前の鍋を観察する。

土鍋の内側は熱されてドロドロに溶けたバニラやストロベリーやチョコレートのアイスクリームで満たされている。

マーブル状に混じりあっていて配色的にはある意味美しい。


だが食欲はまったくそそられない。

更にはそのアイスクリーム出汁?にザクザクと乱切りされた人参、キャベツ、ブロッコリーが生煮えの状態でぷかぷかと浮かべられていた。

なんとも名状しがたい混沌とした様相だ。

というか悪夢である。


オレは思わず真顔で突っ込む。


「……萌ねえ、ふざけてるの?」

「ふ、ふざけてないわよ!」

「はぁ……。あのさ、料理で遊んだらダメって、家の人に教わらなかった? こんな風にふざけてたら食材が可哀想だよ」

「だからふざけてないってば!」


いきなり萌ねえが突っ伏した。

ダイニングテーブルにごちん!と額がぶつかる。


「うわぁぁぁん!」


萌ねえは手で顔を覆って泣き声を言い始める。


「しょうがないじゃない! だって私、本当は料理なんかできないんだもん! したことないんだもん!」


オレは思わず呆れ顔になった。


「したことないって……じゃあなんで『料理は任せろ』なんて言ったのさ」

「カッコつけたかったんだよぉ! 格好良くササっと美味しい晩ご飯を作って、たっくんに出来るお姉さんだって思って欲しかったんだよぉ!」


あー。

マジかぁ。

そんなどうでも良い理由で……。



しばしの沈黙が過ぎる。

萌ねえはまだぐずっている。

仕方がないのでオレは彼女をなぐさめることにした。


「……萌ねえ、顔をあげてくれよ。別に料理が苦手でも良いじゃないか。そんなことで幻滅したりしないよ」

「ぐすっ、本当に?」

「ほんとだって。それにさ。料理が出来なくても、オレは萌ねえのこと、かっこいいって思ってるから……」


これは本心だ。

オレは今日、親族の前で啖呵を切った萌ねえを思い出す。

大勢を相手にしてオレを庇ってくれた姿。

それはオレの目にとても眩しく映ったし、本気でかっこいいと思った。


その事を伝えると、ようやく萌ねえは顔をあげてくれた。

ティッシュを一枚とってチンと鼻をかむ。


「……ありがと。ダメだなぁ私は。しっかりしなきゃって思うのに、さっそくたっくんに慰められちゃった」

「ダメかな? オレとしては少しくらいダメな所があってくれた方が親近感があっていいと思うけど」

「そういうものなの?」

「ん、そんなもんだよ」


二人して顔を見合わせてくすくす笑う。

そうしていたらまたオレのお腹がくぅと鳴った。


「大変! 結局晩ご飯まだのまま。すぐに用意するわね。……えっと、カップ麺でいい?」


どうやら萌ねえは見栄を張るのをやめたようだ。

俺たちは並んでカップ麺を啜り合う。

萌ねえと一緒に食べるカップ麺は、いつもよりずっと美味しく感じられた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る