第4話 家に帰ろう。

オレは萌ねえに連れられ、会場の外に向けて歩き出した。

出口に差し掛かったところで呼び止められる。


「待ちなさい拓海!」

「どこに行こうというの。勝手をしないで!」

「こっちに戻ってきなさい!」


親戚たちはまだ何かを怒鳴っているが、嬉しそうにオレの手を引く萌ねえには気にした様子は見られない。

彼らの言う事なんてもう耳に届かないようだ。


たっくんってば、立ち止まったりしてどうしたの? 早くおうちに帰りましょう」

「え? でも叔父さんたちに呼ばれてるけど……」

「いいの、いいの」

「で、でも……式の後片付けとかしなきゃだし」

「んもう。キミは真面目だねぇ」


萌ねえはオレのおでこの真ん中に人差し指を当てて、ぐいっと押した。

少し尖ったネイルが食い込む。

思わずのけ反ってしまう。


「そんなこと気にしちゃ駄ぁ目。ちゃんと御両親のご遺骨は連れているでしょう? なら後の始末なんて、みぃんなアイツらに押し付けちゃえば良いのよー」

「え、ええぇ……」


そんな適当で大丈夫なのか?

次に会った時、叔父叔母にこっぴどく叱られるんじゃ……。

軽く腰が引けてしまう。

だがそうして戸惑いながらも、結局オレは萌ねえについて式場を後にした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


――都心から電車を乗り継ぐこと一時間。


萌ねえが現在ひとりで暮らしているというマンションに辿り着いた。

時刻はそろそろ18時。

沈み始めた夕陽がエントランス前の庭木を赤く照らしている。


「ただいまぁ」


萌ねえの部屋は701号室らしい。

鍵を開け、少し重たい玄関ドアを引いてから、彼女が先に部屋に入っていく。

そして振り返り手招きしてきた。


「さ、たっくんも入って入って」


後について玄関に入る。


「お、お邪魔、します……」

「お邪魔しますぅ? こぉら! 違うでしょ? そこは『ただいま』って言うのよ?」

「え? けどさ……」

「むぅぅぅ」

「……た、ただい、ま……」


頬をリスみたいに膨らませた萌ねえからの圧に負けて、ただいまを言う。

パァッと笑顔の花が咲いた。

なんだかとおも歳上の彼女にあどけなさを感じてしまう。


「はい、お帰りなさい。ふふふ、良くできましたぁ」


萌ねえが抱きついてきた。

かと思うと片手を背中に回してポンポンと軽く叩きだし、もう一方の手でオレの後頭部をよしよしと撫で始める。

オレは反射的に彼女を引き離した。


「ちょ⁉︎ や、やめて下さい!」

「――ふぇ?」


キョトンとした顔。

萌ねえはしばらく状況が掴めずに目をパチパチさせながら、掴まれた肩に驚いていた。



腕の長さの分だけ、少しの距離ができてしまったオレたちは互いを見つめ合う。

身長はわずかにオレの方が低い。

ということは萌ねえの背はきっと170センチくらいなのだろう。


先に目を逸らしたのはオレの方だった。

萌ねえが小首を傾げた。

驚きの表情のまま問いかけてくる。


「……えっと……もしかしてたっくん、頭撫でられるの嫌だった? でも昔は好きだったよね?」

「い、嫌というか何というか……」


オレはもごもごと歯切れ悪く口籠る。

嫌というか恥ずかしいのだ。


「だ、だってオレだって高校一年生だよ。もう頭を撫でられて喜ぶような歳じゃない。大人なんだ」


話しながらもこれが本心ではないことを、オレは理解していた。

本心では萌ねえに優しくされて嬉しかったのだ。

けれども羞恥心が邪魔をする。


素直になりたい。

そして甘えたい。

悶々もんもんとした気持ちを持て余していると、萌ねえがポンっと手を打った。


「あ、ああー、なるほどぉ。わかった! さてはたっくんってば照れちゃったんでしょう?」


気を取り直した萌ねえは、また距離を詰めてくる。


「わかる、わかる。思春期だもんねー。でも私相手に照れなくていいの。だって私はキミのお姉さんなんだから」


再び抱きしめられた。

萌ねえの柔らかさと暖かな体温が伝わってくる。

耳を掠める吐息がこそばゆい。

オレは今度は抵抗しなかった。


「んふふー。それで良いの。よぉしよしー」


萌ねえは気を良くした。

そして時間をかけてじっくりとオレの頭を撫で回し、抱き心地を堪能していた。


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