第3話 従姉と親戚たちの口論

「……叔父さん、叔母さん。それに他のみんなも、たっくんにどんな酷いことを言ったの? こんなぼろぼろになるまで泣かせて……」

「泣かせて? 何の話だ?」


親類たちは表情を硬くしたオレを見つめながら首を傾げる。

別に泣いたりしていないだろう。

それどころか今の拓海にはどんな話を聞かせても反応が薄いし、何なら話の内容も頭に入っていないんじゃないか。

心の病気なんだ。

そう言い出した親戚たちに萌ねえが言い放つ。


「ふざけないで! 我が親類ながら本当に腹の立つ腐ったヤツらね……。この子は両親を亡くしたばかりの子供なのよ! どうして優しくしてあげられないの! 労わる必要があるの! そんなことも分からずにいさかいばかりしているから、アンタたちは人でなしだって言うのよ!」

「ひ、人でなしだと⁉︎」

「どうせまたいつもみたいに、本人を目の前にしてお荷物扱いするような醜い言い争いでもしたんでしょう! 愚かしくもあの時みたいに!」


激しく糾弾された親戚たちはいきり立つ。

鼻息を荒くして萌ねえに食ってかかる。


「萌華、いい加減にしなさい!」

「そうよ! 突然やってきて難癖をつけないで頂戴!」

「私たちはただ、拓海の処遇をみんなで話し合っていただけだ!」

「通夜にも顔を出さずに遊び歩いていたお前に、とやかく言われる事ではない!」



萌ねえと親戚たちは睨み合う。

双方引く様子はない。

膠着状態がややあって、次に口を開いたのは萌ねえだった。


「……『たっくんの処遇を話し合っていた』ねえ? じゃあその話し合いの結果、誰かがこの子の養育係を引き受けたのかしら?」

「そ、それは……」


親戚たちが口をつぐんだ。


「隆史叔父さんが引き受けたの? それとも恵造叔父さん? さもなければ西御宿の叔父さん叔母さん家に迎えるのかしら?」


誰もが顔を背ける。

応えられない。

それもそのはずだ。

だって親類たちの内に、オレを引き取って育てるつもりのある人間なんて一人もいないのだから。

……オレは邪魔者だ。


萌ねえが「……はぁ」とこれみよがしに深いため息をついてみせる。

肩をすくめながら、親戚一同に向けて小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「ふんっ。口では大層ご立派なことを述べていても、結局アンタたちの結論はこうなる訳」


ドレス姿の萌ねえは、細く華奢な身体で胸を張ってオレを背にかばいながら続ける。


「誰も彼も自分が可愛いだけ……。そのこと自体は悪いことじゃないよ? みんな自分の家庭を守る責任があるって事も理解できる。でもそれならせめて己を弁えて、誰かを傷つけるような言動くらいは慎みなさいな!」



親戚たちは押し黙ったままだ。

そんな彼らに萌ねえは告げる。


「――たっくんは私が育てます」


親戚たちがざわめいた。

中には目を丸くしたあと、あからさまにほっとした表情で胸を撫で下ろしている者もいる。

けれどもそうではない親類もいて、そのうちの一部が萌ねえに対して声を荒げた。


「バカも休み休み言いなさい!」

「萌華、お前だってまだ我々から見れば子供だ! そんなお前に人ひとりを養える訳がない」

「第一、お前働いているのか? いま何をして暮らしている」

「ガキが気楽に考えよって……。養育費はどうするんだ? 金はあるのか!」


萌ねえが言い返す。


「心配ならご無用。お金なら多少の蓄えもありますし、ぶっちゃけちゃうと、これは初めから決めていたことだから。今日は私、この子を預かりにきただけなんです」


背を向けていた彼女はくるりと身体を翻してしゃがみ込む。

オレに向き合い、手を取る。


「ね、たっくん。いきなりで悪いけど決めてちょうだい。私に……萌ねえについて来て。また昔みたいに一緒に暮らしましょう。キミが独り立ち出来るようになるまで、私、ちゃんとお世話をするから」


萌ねえは真剣だ。

本心からオレを想って、こんな誰もが嫌がるような面倒事を引き受けようとしてくれている。

きつく握られた手のひらから、その気持ちが伝わってくる。


オレは両親が亡くなってから、ずっと現実逃避を続けてきた。

けれどもこのままではいけない事は分かっている。

立ち直らなければいけない。

立ち直って、オレを救いに来てくれた彼女の気持ちに応えなきゃいけない。


「……ぁ、オレ……。オレ、は……」


塞ぎ込むのはもう終わりにしよう。

頭の中に掛かっていた霧が晴れていく。

虹彩の戻った瞳に力を込めて、真っ直ぐに萌ねえを見つめ返す。

そして心よりの感謝をこめて言葉を紡いだ。


「ありがとう、本当に。……オレは、萌ねえについて行きたいです」

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