第2話 従姉との再会
距離が近い。
居心地の悪さを感じて顔を背けようとするも、彼女の手が両頬を包んでいてはそれも出来ない。
触れた手のひらは少し湿り気を帯びていて、ほんのり暖かかった。
◇
仕方がないのでオレは、萌華さんを真っ直ぐ見つめ返した。
目が合う。
……やっぱり知らない顔だ。
誰だろうこの人?
ちょっと厚化粧だけど整った容姿の、平たくいえばかなり美人のお色気お姉さんだし、もし出会ったことがあれば覚えていると思う。
両親の生前から我が
けれどもオレの記憶の中にはこのような女性はいない。
喉から声を絞り出す。
「……どなた……ですか?」
萌華さんが少し残念そうに表情を曇らせた。
しかし直ぐに笑顔に戻る。
「そっかぁ、覚えてないかぁ。まー無理もないかもねー。だって私とキミが最後に話したのは、まだキミが五歳か六歳の頃だったし……」
となると十年も前だ。
覚えていないことは申し訳ないけど、そんなに小さな頃では仕方がないような気もする。
「……すみ、ません。覚えて、ないです……」
萌華さんがゆっくりと
「んーん。そんなこと構わないって! それより、ね、
オレは辛そうな顔なんてしていない。
ましてや泣き顔なんて……。
だって涙も流していないんだ。
それどころか無表情だ。
オレの言いたいことを察した萌華さんが話を続ける。
「……何も顔を歪めて涙するだけが泣き顔って訳じゃないでしょ? 分かるよ。
萌華さんはオレの頬を包んでいた手を離し、背中に回してきた。
優しく抱きしめられる。
オレの頭部は彼女の豊満な胸部に押し付けられ、柔らかな感触と一緒にトクントクンと小さな心音が伝わってきた。
何だか安心する。
この音は、この心音は、親類たちの
オレを守り
心地よい。
ずっと耳を傾けていたくなる。
次いで甘酸っぱいような、何だか懐かしいような、大好きだった匂いが鼻腔をくすぐる。
その音と芳香に刺激され、記憶の蓋が開いた。
「……あ、……萌、ねえ……?」
そうだ。
萌ねえだ。
随分と見た目が変わってしまっているから分からなかった。
あの頃の萌ねえは髪も短くてもっとこう、小麦色に日焼けしていたりボーイッシュな感じで――
◇
オレには幼少期、ほんの一年と少しだが同じ屋根の下で共に暮らしていた従姉がいた。
それが彼女、
まだ幼かったオレに当時の詳しい事情は知る由もなかったが、彼女はとある経緯があってウチに、
たしかオレより十歳くらい年上で、当時の彼女は中学を卒業したばかりだったはずだ。
ガキだったオレは萌ねえによく懐いていた。
萌ねえもオレを本当の弟みたいに可愛がってくれていたように思う。
オレは毎日彼女に引っ付いて回って、春も夏も秋も冬も一緒に過ごしたんだ。
別れの日なんて思い切りわんわん泣いてぐずって、萌ねえや両親を困らせた。
「……ふふ。そう、萌ねえよ。
萌ねえが背中をポンポンと軽く叩きながら問いかけてくる。
まるで子供をあやすみたいな仕草。
さすがに気恥ずかしくなったオレは、赤面した顔を隠すみたいに俯く。
すると頭部がさらに胸に埋まって、ますます羞恥に悶えることになってしまった。
◆
再会を確かめ合うオレと萌ねえに不躾な言葉が投げかけられる。
親類たちだ。
「萌華! お前、今の今まで姿も見せず、どこで何をやっていたんだ!」
「それにその派手な格好……」
「貴女、これがお葬式だって分かってるの?」
「ともかく拓海君を離しなさい!」
親類のひとりが、萌ねえの肩を掴んだ。
けれどもその手は乱暴に払われる。
萌ねえが払い除けたのだ。
彼女はそっと抱擁を解くと、オレに向けていた母のような姉のような慈愛の笑みからは打って変わり、眉を吊り上げ、肩を怒らせて立ち上がる。
「……ほんっと、いつまで経っても変わらないヤツらね。クズの集まり……。こんな、高校に上がったばかりの男の子を寄ってたかって泣かせて……」
萌ねえは親戚一同を
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