孤児になりましたが姉みたいな幼馴染に引き取られて可愛がられています。十年ぶりに再会した美人姉は絶大な人気を誇るトップモデルになっていました。

猫正宗

第1話 両親との死別

両親が死んだ。

その日はオレの高校生活初日。

つまり入学式の日だった。


揃って式にやってきてくれた両親は、オレの入学を我が事のように喜んで、「受験勉強、良く頑張ったな。偉かったぞ」「今晩はお家で家族パーティーを開きましょうね」なんて言ってくれた。


けれどもその約束は叶えられることがなかった。

式の帰り道。

両親は不運にも交通事故に巻き込まれてしまったのだ。


学舎やその周辺の見学をするため学校に居残っていたオレだけが、事故を免れた。


そうとも知らず、帰宅したオレは先に帰ったはずの両親の姿が見えないことに戸惑った。

しかしすぐに、食材でも買いに出掛けているのだろうと思い至った。


だって今晩は入学祝いのパーティーだ。

きっとお袋はオレの好物をたくさん料理してくれるだろうし、そればかりか親父からお小遣いなんかも貰えるかも知れない。

なにせウチの親はどっちもオレに甘いのだから。


そんなことを考えていた矢先、見知らぬ番号から家の固定電話に着信があった。

不審に思いながらも受話器を取る。

それは警察署からの連絡だった。

オレはその電話で両親が事故にあったことを告げられた。



病院の安置所にはもうこよみは春だというのに真冬のようにひんやりとした空気が漂っていた。


気の毒そうな顔でこちらを見遣る警察官にうながされ、検死を終えたばかりの遺体と対面する。

それはたしかに両親だった。


さっきまで……。

ほんの数時間前まで柔らかな笑顔で話しかけてくれた両親が、物言わぬ骸になっている。

大好きだった二人の声を聞くことは、もう永遠に出来ない。


現実感が湧いてこなかった。

こんなのは嘘だ。

頭が理解を拒んでいた。

ただふわふわとする思考で、遺体の身元確認を急かす警察官に両親だと思うと伝えた。



遺体を確認してからこっち、オレはずっと靄の中を彷徨さまよっているような心地だった。

何も考えたくない。


役に立たないオレに代わって、遺体の引き取り等、細かなことは親類縁者がすべてやってくれた。

そのことについては感謝している。


親類たちは葬儀を手配している間中、誰がオレの養育係を引き受けるかで揉めていた。

皆が両親を亡くしたばかりのオレを憐れみながらも、


拓海たくみくん、大変だったわね。引き取ってあげたいんだけど、うちにも高校生の娘がいるから……」


とか、


「ごめんなさいね。ウチは子供はいないんだけど、夫婦で食べていくのがやっとだし……」


なんて言って離れていく。


つまりはオレは邪魔者なのだ。

周囲から向けられる邪険な視線に、否応なくそう思い知らされる。

誰もオレを引き取るつもりがない。

その事がはっきりすると、やがて親類たちは押し付け合いを始めた。


やれ、「寿治さん宅はお子さんがこの春就職して手から離れただろう」とか、「辻内のお宅は老夫婦揃って年金暮らしでお暇でしょうからお願いしたらどうかしら」とか、そんなことを話し合う。

オレがすぐそばにいようがお構いなしだ。


こんな光景見たくない。

オレは立てた膝に顔をうずめて目を塞いだ。

けれども声が聞こえてくる。

親戚同士がオレを押し付け合って言い争う醜い声だ。

もう誰の言葉も聞きたくない。


オレはやがて心の中で耳を塞ぐようになった。



何も見たくない。

何も聞きたくない。

何も考えたくない。


まるで自閉症の子供のように反応が薄くなったオレの様子に、親類たちは困り果てた。

誰かが言う。


「……拓海たくみ君はどうやら心の病気を患ってしまったらしい。これでは引き取ろうにも我々の手には余る。なので施設に預けてしまうのが良いのではないか」

「そうは言っても外聞というものが……」

「外聞ねぇ。そんな世間体ばかりを気にしても仕方がないでしょう。じゃあ、貴方のお宅で預かりますか?」

「そ、それは無理ですよ!」


結局はいつもの押し付け合いがさらに激しくなっただけだ。

親類たちは通夜の間もずっとこんな調子だった。



告別式の日になった。


式場の隅でぽつんと座ったままオレは何の反応も示さないでいた。

ただ虚ろな目をしていた。

式の参列者たちはそんなオレを憐れな表情で眺めてからお悔やみの言葉を掛けていく。


やがて両親を納めた棺が運び出され、火葬され、骨になって帰ってきて、葬儀が一段落つく。

その後、精進落としの席になってから、また親類たちはオレの押し付け合いを始めた。


「そろそろ拓海の扱いを決めてしまわないと」

「うちは引き取りませんよ!」

「うちだってそうだ! 損な役回りは御免被るからな!」

「そんな恵造さん……邪魔者みたいな言い方しなくても……」

「実際、邪魔者じゃないですか! 違うってんならアンタが引き取りゃあ良い!」

「む、無理ですから、そんな怒鳴らずに……」


醜い言葉のぶつけ合い。

親類たちはすでに歯に衣を着せることさえやめていた。


言われた通り、オレはただの邪魔者だ。

親類たちの誰もが、オレなんて両親と一緒に死んでいたら良かったと思っている……。


否応なく実感する。

オレを愛して抱きしめてくれた両親はもういない。

だからもうこの世界にはオレを愛してくれる人なんて存在しない。

親類たちの争う姿に、そんな事実を突きつけられる。


(……ぅ、……ぅ……なんで……)


いつの間にかオレは泣いていた。

高校生にもなった男子が情けないとは思う。

けれど限界だった。


(……ぅ、くう……)


目から涙は出ていない。

けれども心は涙に濡れ、咽び泣いていた。


(……ちく、しょ……ぅ……)


どうしてオレだけ助かってしまったんだろう。

こんなことなら……。

こんなことなら、オレも親父やお袋と一緒に死んでいれば良かった。

みんなもそれを望んでいる。


……いや、今からでも遅くない。

今からでも二人の後を追って――


虚ろなままのオレが死に惹かれ始めた、その時――



「えーっとぉ? こんにちわぁ?」


式場に正体不明の女性が現れた。


「お邪魔しまーっす」


気の抜けた声と飄々とした軽い態度。

顔の前でチョップの仕草を繰り返しつつ「ちっす、ちっす」と意味不明な挨拶をしている。


歳の頃は20代前半くらいだろうか。

化粧っ気は強いがまだ若く見える。

金色に染められた少しウェーブのある髪と、葬儀の席には場違いに映る華美なドレス。

有り体に言えばテレビドラマなんかで見たことのある女優みたいな容姿や格好をした派手な女性だ。


親類が彼女を見とめた。

怒声が飛ぶ。


「も、萌華もえか! お前、式にも参列しないで、今更ノコノコと――」


萌華と呼ばれたが女性が、面倒くさそうに応える。


「はい、はい。めんご、めんご」

「何だその態度は! こんな大遅刻をして、今更何をしに来た!」

「アンタに説明する必要あるぅ?」


女性はまるで相手をせず、


「……っと、今はそれより……」


呟いてからキョロキョロと会場を見回した。

隅でうずくまっているオレに目を向ける。

彼女は親戚たちの制止する声も何のそので、全部無視して前までやってきた。

かと思うとドレスの裾を思い切り捲ってから、オレと同じ目線の高さになるまで勢いよくしゃがみ込む。


「……見ぃつけた」


女性はドレスのお尻に両手をゴシゴシして、手汗を拭う。

そして両方の手のひらを広げて、オレの左右の頬をそっと包み込んだ。

うつむかせていた顔を上げさせる。


たっくん、久しぶりー。私のこと覚えてるかなぁ? 萌華お姉さんだよー」


そう言って彼女はにっこりとした笑みをオレに向けた。


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