第6話



 今日子は実家の最寄り駅前で、プリンを四つ買った。弟が二泊三日の合宿に行くことになったそうで、弟の帰宅予定日の翌日までの賞味期限のものを選んだ。特設売場に並ぶ商品の中には、普段なかなか口にすることができないプリンもあったが、それは賞味期限が短すぎた。帰りにまだ売っていたら、自分用に買おうかな?と一瞬思ったが、明日の夜まで売れ残っていることは考えづらかった。今日子は仕方ないな、苦笑いしながらため息をついた。


 弟の留守と父の断り切れない出張が重なり、夜間母をひとりにしておくのが少し不安だった。うまく調整できて先月の休日出勤の代休を充てることができたのだ。

 昨年使い尽くした有給休暇は復活していたが、何が起こるかわからない。有休を使うには慎重になっていたけど母が心配だったので、希望通り代休が取れてホッとした。


 今日子は四つ入りのプリンの箱を見て、長期入院している姉を思った。姉が入院するまで、誰かが買ってくる手土産のケーキやプリンは六個入りの箱に緩衝材変わりの紙の輪っかが入っていた。もうプリン位食べられるようになったんだろうか。さりげなく聞けるタイミングがあったら聞いてみよう、そう思った。


 姉が原因不明の症状で救急搬送されたとき、今日子は実家を出て電車で一時間程かかるマンションに住んでいた。通勤に便利なように借りたワンルーム。今日子の仕事は残業が多いと言われるシステムエンジニアで、自宅から通うのは体力的に辛いし、遅くなる帰宅時間も気になるというもっともな理由を心配する両親に告げた。三歳離れた姉と違い自宅に籠もるような性格ではなかったので、今日子は早く家から出たかった。


 今日子に連絡が入ったのは昼前。仕事中だったが、立て続けに入ったLINEをみると姉が緊急搬送され母が倒れたというものだった。今日子は即座に上司に相談した。

 まだまだ下っ端の仕事しかできない今日子を上司はこころよく、心配げに送り出してくれた。その日から今日子は母担当のようになって、あまり姉とは関われていない。母の状態が落ち着いた頃には、姉の病状は残念なことに変化がなくなってしまっていたので。


 一人暮らしになったら、心配性の母ともう少し距離がとれると思っていた。勝手に無理をして、周囲の心配の声に耳も貸さずに自分の好きなことに必死だった姉。馬鹿みたい、だけど凄いな、と自分にはそんなことできないと半分ひきながら思ってた。母の自責の念を軽くするため、姉へ辛辣な言葉を口にしたこともあったが、結局のところ姉のことが心配だった。四つのプリンが入った袋を下げ、今日子はバスターミナルに向かった。

 バスから吐き出されてくる人混みの中に、姉と同じ年頃の見覚えのある人がいた。そんな気がした。

 今日子はそのままバス乗り場に向かった。




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