031_ガラクと作業場所(その3)

 4人で買い物にいった公休日の翌朝、スクラを学校に送り出してから念の為R/R社の事務に連絡を入れると予想どおりモグラの事務員が応答したため、今日は休むと告げた上でビッグマンビルに向かった。

 ビルに入って作業部屋の前に向かうと、すでに什器や工作機械類をまとめた荷物と一緒にビーバーの店員と体躯の立派な作業員が廊下に待機しておりガラクの指示を待っていた。

「お客様、お待ちしておりました。早速設置を開始したいので指示をお願いします」

 ガラクはビーバーの店員に対して、契約を取り交わしているとはいえ、担当した店員本人が現場に設置にくるのを見るにかなり誠実な商売をしているんだなという感想を持った。

 施錠してある部屋の扉を開くと早速納品物の運び込みが開始され、ユニット化された棚やテーブルなどがその場で組み立てられていく。

「テーブルはこっち、作業用の椅子はテーブルと一緒にしておいてもらって、机と椅子はここに並べて・・・いえ、対面でお願いします。設置が必要な工作機械類はいったんこのスペースにおいてもらっていいですか。棚はあっちの壁際で・・・ここは最終的に何もない状態にしてもらって・・・はい、キャスターのついたものは仮置きで・・・作業しながら最終的なばしょをきめていきますから・・・すいません、これはひとりではうごかせないのでこっちのいちにおきなおしてもらって・・・」

 什器や工作機械類が組み上がるたびに設置位置を指示して周り、実際のものが設置されてみると想定と違ったりしたため設置位置を微調整したりとコマネズミのように動き回り、概ねの設置が完了した頃にはすでに昼時を過ぎていた。

 ガラク本人は設置作業をしていないのに完了して帰っていく人たちよりはるかに疲弊していた。

「お疲れ様でした。これで納品と設置は完了ということでよろしいですかね?」

 納品物の最終的な確認を行なっていたビーバーの店員がそういって声をかけてきた。

「皆さん、作業をして体を動かしているのに元気ですね・・・」

 思わずそうこぼしたガラクに対して店員は

「いや、これも慣れですよ。お客様はこういった事されるのは初めてですよね?」

 その言葉に無言で頷くと

「こういう現場は今日のお客様のように設置してみて違うからと、その場で設置位置を考え直したりして、大体、お客様のほうが疲れ切って終了することが多いんです」

 そう言われるとなるほどと頷くことしかできない。

「今回は販売の際にお客様に不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。これは半分営業としてのアドバイスですがお聞きになりますか?」

 自分で営業であると言ってしまうのはどうかと思うが今日の対応を見る限り聞いておいたほうがいいと感じたので、これにも頷く。

「この手の工作機械が設置してあると廃棄物を回収するとはいえ意外と室内は汚れるものです。なので、家庭用ではなく業務用の自動清掃用ボットを設置しておくことをお勧めします。ちなみにうちの商店で取り扱っているお勧めの商品はこちらですね」

 そう言って端末から地面に向かってホロを映し出すと、くるぶしくらいの高さで潰れた半球の形をしたボットが映し出された。

「うちの店舗でも使ってるので性能はお墨付きです」

 製品の性能について詳しく聞くと、一度清掃範囲を設定するとそれ以降は独自のセンサーで汚れを判断して定期的に清掃を行う全自動高性能清掃ボットで、製品のセールスポイントとしてはボットが入れない隙間などは細部作業用のアームを伸ばして目に見えない隅々まで丁寧に清掃することと、ボット本体の耐久性を引き上げているためにいくつかの消耗品を定期的に交換する必要があるものの、それによって他社の清掃用ボットとは比較にならない耐久性を実現しており、最終的には何度も買い換えるよりランニングコストを低めに抑えられることとのこと。

「消耗品の定期購入もご契約いただければ定期的なメンテナンスもサービスしてます。部屋の汚れがこびりついてからだと取れなくなる場合もありますからよかったら早めのご検討を」

 そもそも購入するリストから漏れていただけで清掃用のボットはあった方が良いものだし、これだけおすすめされると買った方が気がしてきた。

 金額を聞くと本体の購入も今後のランニングコストも現状の所持金で問題なく賄える範囲だったため、今日の夕方までに設置に来てくれるなら即決すると伝える。

 金額的にはそれなりの高額であり、まさか営業がこの場で即決されるとは思っていなかった店員は、ちょっとお待ちをと部屋から出て店舗に連絡をし始め、購入いただけるのであれば1時間程で納品、初期設定まで含めて設置しますと返答してきた。

 1時間で納品されて初期設定までしてもらえるならガラク的にはむしろありがたい話ないのでその場で購入を決定し、設置が完了したら清掃用ボットの試運転がてら使用方法の説明をお願いしますと伝えた。


 昼食時を過ぎてしまっていたため清掃用ボットの納品までに食事を済ませたいと考えたガラクは受付の女性にこの界隈で食事ができる場所はないかと話しかけるた。

 今日の受付にいたリスの獣相の女性は、にこやかに「ビッグマンビル内の職員食堂は日替わりだがそれなりに良い味で職員じゃなくても使えますよ」というありがたい情報と共に、エレベーターで3階に上がって右側だと場所まで教えてくれたので、聞いておいて行かないのも不義理かなと考えてそのまま食堂へ向かう。

 入り口に着くと草食用プレートの列、肉食用プレートの列と看板が2種類あったので迷わず肉食用プレートに並び、列が進むとホロでメニューの画像が表示されており、ホロの横に通常料金と職員用の割引料金が記載されていた。

 通常料金がガラクの以前の稼ぎでも日常的に通っても問題い金額であり、職員用の割引料金はさらにお安い金額だったため、福利厚生の一環としての食堂運営であろうということが容易に想像できた。

 肉食用プレートは大ぶりのミートパティに焼け目が付いたものと、いろんな具材の入った粥にドリンクというメニュでミートパティや粥は料金の変更なく希望の分量に調節が可能だった。

 ただし、ビッグマンの設立理由などから職員は小柄な者なので、盛り付け量は通常の食事量より少なめとなっていたため粥も肉も大盛りにしてもらった。

 受け取ったプレートを持って席を探すとやはり小柄な者用の席が圧倒的に多いものの、おそらく先程のように業者の出入りを想定したものか体躯の大きな者用の背の高いテーブルがいくつか設置されている。

 むしろ、その間のサイズが無いのが若干気になったが、時間帯的にすでにお昼時を過ぎているために空き席は簡単に見つかった。

 席について料理を口にしてみると塩気が丁度いい塩梅に調整されていて、買ってきてあっためるだけの家での食事と比べればかなり美味しいものの、昨日食べた食事処の味を知ってしまうと味気ないものに感じてしまうのは不思議だ。

 この後、清掃用のボットが納品される約束なので手早く食事を済ませて作業部屋に戻ることにした。

 食堂の横に設置されている購買をちらっと覗き、自分となんだかんだと世話になってる店員用に飲料のボトルを2本とこの後の作業の合間に摘むための軽食を購入して作業部屋に向かう。

 地下に降りたあたりでジャコウねずみの獣相の壮年の男性が立っていた。

「おい!」

 いきなり高い声で怒鳴られてビクッとしたものの、怒鳴られる理由がよくわからなかったガラクはそのまま立ち止まった。

「お前があの部屋を占有してる小僧か!」

 部屋のこととなるとどう対処したものかよくわからなかったガラクはぁと気の抜けた返答しかできずにいると、当該の男性はさらに怒鳴り声を重ねてくる。

「あの部屋は俺が使うつもりで申請してたんだ!ロードが許可したとはいえ会員でもないお前がいつまでも使ってると邪魔なんだよ!気を遣ってさっさと引き払え!」

 言葉の端々に命令口調のある威丈高なものいいだが、一応は書面を取り交わして借りているスペースだ。

「えっと、よくわからないんですが、これからの作業のための資材を搬入したばかりなのですぐには無理ですね」

 ガラクが回答すると激昂したのかもはや言語とも思えないがなり声をひたすらにガラクに向けて投げ続けている。

 最初は怒鳴り声に萎縮ししばらく聞いていたものの、主張していることがよく理解できない上に激昂して聞き取れ無くなってしまったため、会話は成り立たないと判断して放置してそのまま部屋に戻るべく歩き出した。

「話を聞く必要もないということか!これだから体のでかい輩は!我々を無視するかどければいいと思ってやがる!」

 確かにガラクはこの男性に比べれば体が大きいとはいえ、世間一般で言えば小柄な部類に入る。

 言ってることもわからなくないが極論だなと思いそのまま部屋を開錠して中に入ろうとすると、隙間からその男性が部屋の中に入り込んでしまう。

「もうこんなに運び込みやがったのか!?廃棄しておいてやるからこれはこのままにしてさっさとでてけ!」

 流石に埒が開かないと考えたガラクは、現状で盗み出せる程度のサイズのものはおいていないしお金は惜しいが取られて困るものも設置していないので、一旦、事務局にいるというパリスの親戚に相談してみることにし、部屋の中で何やら物色しながら怒鳴ってる男性を放置して2階のビッグマンの事務局へ向かう。

 事務局の入り口きてからその親戚の職員の名前を知らないことに気がつき、一番近くにいた男性職員に対して

「エッペンパリスハルトマンの親戚の方が働いていると伺っていて、その方に取り次いで欲しいのですが・・・」

 と話しかけると、パリスの特徴などを聞かれたので詳しく説明していると、

「ああ、そのこの親戚なら多分ルッサ補佐だな、ちょっと聞いてきてあげるよ」

 そう言い残して席を立った男性の職員は、スタスタと歩いて室内の奥にある扉から別室に向かい、しばらくするとハチドリと思われる鳥の獣相を持った男性を引き連れて戻ってきた。

「君が地下室を使ってるパリスの友人かい?世話になってるってね。ありがとうね」

 話を聞くとルッサと名乗るその男性はパリスの叔父に当たるらしく、ガラクと似たような境遇のため生存確認の意味でもたまにパリスに連絡をとって気にかけているそうだ。

「最近は連絡をするたびに『ガラクの兄貴』について話題が出るので初めて会った気がしないね」

 自分の知らないところで話題にされていることにちょっと照れながらも本題について説明をする。

「あー・・・面倒な人に目をつけられちゃったね。その人はビッグマンの渉外局次長のファッツさんだ」

 詳しい話を聞くと、支配者層の家系の傍流の出で、色々とたらい回しにされたものの支配者層の血筋の者に何の役職も無いのは問題があるとされてロードに話が来て、やむなく局次長という役職を作ってそこに据えたそうだ。

「別にビッグマン自体は渉外交渉とかほとんどないしロードの取材とかと絡めて広報部が実質的な仕事をしてるから、本当にお飾りの役職なんだけどね・・・」

 と言い淀みつつ話を続ける

「組織内でも色々と首を突っ込んでは引っ掻き回していくんだけど、役職だけ言えばかなりの上役だから聞かないわけにもいかないんだよね。ロードにはこっちから話を入れておいてあげるからしばらくすれば落ち着くと思うんだけど、あの地下室でこの後何か予定とかあるかい?」

 この後に高性能清掃用ボットの納品とセッティングがあると話すと

「それは今日じゃないほうがいいかなー。納品業者さんに連絡・・・・」

 そう問いかけられたところにビーバーの店員から連絡が入る

『清掃用ボットを設置するために持ち込んだら、別の男性に話がついてるとか言って持ってかれちゃったんですが、何かご存知ですか?』

 ちょっと遅かったようだ。

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