023_ガラクと魔力操作(その2)
クロスタがヴィークルモドキのサイドシートに乗り込んだのを見届けてたガラクは、自らキャプテンシートに体を収めると同時に移動魔法の詠唱を完了させてヴィークルを指定しつつエネルギーパックで稼働する部分のスイッチをオンにした。
ヴィークルが移動魔法によりふわりと離陸し、同時にヴィークルのエネルギーパックによる稼働部分が起動し、ハンドルの左側に軽機類のホロが表示され、ドアの施錠、ライトの点灯、着地用足の格納が行われることにより通常の浮遊型ヴィークルの発進に近い起動時のスタンバイ状態となった。
この一連の流れを箱の魔法を発動させた状態で時間ギリギリまで練習したガラクは、ここまでの流れを失敗せずに披露でき満足げに一つ頷いた。
「じゃぁ、安全のためにシートベルトをして。教育課程でヴィークルの運転データを入れてあるとはいえ、安全第一だからね」
そう告げながら自らもシートベルトを装着する。
ターミナルを装備した市民は一定年齢になるとヴィークル操作のグリーンチップの使用が義務付けられている。
そのチップには駆動装置の有無に関わらず地上で使用可能なヴィークルの操作方法および交通ルールやマナー等のデータが入っているため、各ヴィークルの運転可能年齢に達すれば誰でも運転することが可能となっている。
ただし居住区に住む住人のほとんどは複数人乗りのヴィークルを維持するだけの経済力を有してい。
そのため、子供の頃に乗る駆動装置無しの足で動かすヴィークルは買ってもらえても、駆動装置有りのヴィークルを運転できる年齢に達しても、良くて1人乗りのヴィークルを1台持っていれば経済力的には比較的恵まれている家庭と言ってよい。
そのため、運転可能な年齢になったからと言ってヴィークルを運転する者は、基本的には業務でヴィークルの運転が必要な業種に就労した者がほとんどである。
R/R社の社長家であれば経済的にはヴィークルを所有して維持・管理することは可能であるが、一般的に分子分解・加工機械の限られたリソースを個人所有のヴィークルで消費する行為はこの社会の倫理に反するため、普段乗っているのはほぼ自家用として使用してはいるが表向きには会社保有の業務用ヴィークルとして登録してある。
そのため、ヴィークルモドキとは言え、完全な個人所有のヴィークルというものは経済力・社会的影響力が共に高い支配階層である、身近な例で言えばビッグマンのロード等の地位にいる者以外が所有していることはほとんどない。
そんな状況で、会社の経営者ですらないガラクが見たこともないライトブルーのヴィークルを運転しているのは明らかに異様な光景ではあるのだが、クロスタは昨日からの流れでこのヴィークルも何らかの魔法が関わっているものと判断し、説明は後で本人から聞かせてもらうことにして、今はガラクの運転するヴィークルでガラクの家までの2人だけの空間を楽しむことにした。
クロスタの希望に反してガラクの家はそれほど遠くなく、それに伴って2人だけの空間もすぐに終了した。
到着するとそのまま放置するわけにはいかないため、ガラクは素早く収納魔法を発動してヴィークルモドキを格納し、クロスタを促して自宅へと入っていった。
クロスタも学生の初年度以来の付き合いのため、ガラクの家に来るのは初めてではないものの、最後に尋ねたのはスクルの葬儀の際であり、年頃になってから完全なプライベートで訪れるのは初めててであった。
間取りを知っているとは言え、少しと惑いながら玄関を入るとおすまし顔のスクラが出迎えてくれた。
「クロスタちゃん、お久しぶり。よくいらっしゃいました」
おすまししながらそう言ってリビングに先導するスクラを、ちょっと間抜けな顔で眺めてるガラクに対し、スクラは冷たい眼差しを向けながら
「お兄ちゃん?魔法陣の準備は済んでるの?」
と問わる。
自分のペースで作業をしたかったので自分の部屋と答えようとしたガラクを遮ってこう続けた。
「どこでやるの?まさかお兄ちゃんの部屋に連れ込むつもりじゃないでしょうね」
と釘を刺されてしまい、やむなく部屋から魔法陣を持ってくるのでリビングで待ってもらうようクロスタに話をし、スクラにリビングに魔法陣を床に置けるだけのスペースを作るよう指示をしてから自室へ向かう。
「もうやってありますよーだ!クロスタちゃんに飲み物出しておくねー」
と言うセリフに年上をちゃん付けで呼ぶなと注意しつつ、リビングで魔法陣を使用する準備のために自室の戸を開けて中に入る。
とはいっても、すでにリビングにスペースが確保してあるのなら、自室の床に直置きしてある魔法陣と、スクラより背の高いクロスタの頭頂部に手を置くための踏み台にする箱を収納魔法に格納すれば準備は完了だ。
リビングに戻るとニコニコ?ニヤニヤ?したスクラと顔を真っ赤にしたクロスタがテーブルを挟んで座っていた。
「どうしたの?」
「それはいいから、クロスタちゃんに早く魔力操作の練習してあげて。スクラは勝手にご飯食べとくから」
どちらともなしに声をかけたがクロスタはこちらに目をあわせってくれず、スクラは普段はガラクがしている夕飯の準備を自らしながらそんな回答をして来た。
スクラがそこまで自分でするなら他にできることも無いので、すでに空いていて掃除まで済んでいるダイニングの床に収納魔法から魔力操作を覚えるための魔法陣を取り出して設置した。
「じゃぁ早速。クロスタはこっちに来て魔法陣のこの部分に直に座ってくれる?」
そう言って魔法陣の所定の位置にクロスタを座らせ、頭頂部に手を置けるように真後ろに踏み台を置いて自分がその上に立った。
「じゃぁ始めるから」
と言って頭頂部に左手を置こうとしたが、クロスタが正座で少し俯いていたため真後ろからでは箱に乗っても微妙に手がとどかなかった。
「ごめん、手が届かないからちょっと体勢を変えてくれないかな?」
そう言われて、ちょっと身動ぎしたかとクルッと体ごと反転して頭をガラクに向けてきた。
確かに座る位置さえ合ってれば方向は関係ないかなと思い、そのまま手を当てた。
その瞬間、俯いたクロスタの顔からは普段のクールな表情はニヨニヨとした嬉し恥ずかしい表情の波に完全に一掃されて完全に崩壊してしまっているが、俯いているため当然ガラクから窺い知ることはできない。
前回と同様にクロスタの中で休眠状態となっている魔力を僅かに絡め取りながら魔法陣における発動スイッチに当たる部分に魔力を流し込んでいき、魔法陣を発動させて魔力が戻るプロセスを辿る。
一度のサイクルでは疲れた様子も見せないクロスタを見て、やはり10歳の少女とは基礎体力が違うのかとガラクは判断し、魔力操作の練習は初めてとはいえ体力的に全く問題がなさそうだし、多少疲労しても終わった後はヴィークルモドキで送る予定だから大丈夫だろうと判断した。
「どう?あんまり疲れてなさそうだけど?」
「別に大丈夫よ」(それより早くもう一回、頭撫でて欲しいな、の意)
本当はそれなりに疲労が溜まっているのだが、浮かれ切って自分の疲労に気がついていない。
「じゃぁ、もう続けてもう一回やるよ。疲れてきたら一旦休憩するから言ってね」
そう言って休憩なしで3回ほどプロセスを実行したあたりで、クロスタは自分がかなり疲労しており、立ち上がることが出来るかわからないほどの状態だということにようやく気がついた。
「ご、ごめんなさい、なんだかすごい疲れてるんだけど・・・」
「え?どのくらい疲れてるの?」
「えっと、ちょっと立てないくらい・・・」
タブレットの情報では魔力操作の練習の際は暴走さえ避ければ安全だと書いてあったためこんな事態は想定してないガラクは大いに慌てた。
取り急ぎ魔法陣からおろして横にさせたかったため、急いで移動魔法を発動してクロスタを持ち上げ、ダイニングにあるソファー(副社長室にあるような上等なものではない)に横たえる。
そのまま額に手を置くと若干熱っぽい感じがし、体調が悪いのに無理をさせたのかと余計に慌て始めるガラクに、必死に大丈夫だからと言い募るクロスタ。
最初の一日にこなす回数としてはスクラより多かったので、クロスタに対して今日は終わりにすると告げたガラクは、そのまま副社長に自分のせいでクロスタが体調を崩したので今から急いで自宅に送る旨を連絡した。
家の玄関を飛び出てヴィークルモドキを家の前に取り出し、とって返してクロスタを再度、移動魔法で持ち上げて後部座席にそのまま運び込む。
クロスタの自宅はそれほど遠くないし、社用車を停めてに乗り降りする程度のスペースは玄関前にあることを知っているガラクは、そのまま急いでヴィークルモドキを発進させた。
クロスタ宅前に到着すると即家の玄関を叩いてクロスタの家族を呼びだすと、待機していた社長・副社長が飛び出ってきたため、今回はこんなことになってしまったことを詫びた。
体格が大きくて同性である副社長のセーニケーハがクロスタをヴィークルモドキから抱え出し、社長のガベガバが先導して玄関を開けたりして自宅内に連れ込んでいく。
その間、クロスタは母親に向かって
「・・・そりゃ、お姫様抱っこは無理だとわかってたけど・・・」
などと呟いて思いの外体調が悪くなさそうな様子を母親に見せて呆れられていたが、完全にテンパってしまっているガラクの耳には当然入ってこない。
クロスタを家の中に運び込んだ副社長が、再度玄関から出てきて憔悴し切った表情のガラクの頬に手を当てて優しく話しかける。
「事情はクロスタから聞いておきます。あなた、酷い顔色してるし、今、旦那の前に顔を出すのは良くないから今日は帰りなさい。気をつけて安全第一で帰るのよ?」
そう言い終わると、ガラクの背中を押してヴィークルモドキのキャプテンシートのドアまで誘い、キャプテンシートに座ったガラクに対し、
「あの娘はあなたが思ってるより遥かに元気だから、明日の朝にでも連絡させるから心配しなくていいわ」
と言って、頭を一撫でしてから扉を閉めて帰路に着くガラクを見送ってくれた。
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