第2話 朝起きてみたら

 ベットに朝日が差し込み、チ、チ、チと鳥の囀りが聞こえてきた。俺は、いつの間にか寝てた。昨晩はいっぱい飲んだが、不思議とお酒は残っていない。二日酔いで気持ち悪く目覚めると思っていたが、逆に爽やかな朝って感じだ。


 ところで、俺は、昨日、どう家に帰ったんだったっけ? たしか、浴びるように飲み、道に吐いたような。そういえば、変なおじさんに人生を変えてあげると言われて、薬を飲んだような。変な夢だった。


 ふと、目を開けると、なんかいつもと雰囲気が違う。なんだろう。上半身を上げてベットに座ってみると、なんか部屋が綺麗だ。いつも、カップラーメンのカップとかゴミだらけなのに、綺麗に片付いている。


 ワンルームの1室に見えるし、なんか俺の部屋とは配置が違うみたいだ。目の前の低い棚にはレースが載せられていて、その上に、子熊のぬいぐるみとか置いてある。よく見てみると、カーテンもバラみたいな花柄の模様で、俺の部屋とは全く違う。


 あれ、女性の部屋か? 俺は、その女性の部屋にきて、女性と寝たということか。そうだったら貴重な初体験なんだが、全く覚えていない。また、そんな女性もここにはいない。俺1人だ。


 その時、時計のアラームが鳴った。アラームなんて付けたっけ? 飲んだ次の日はずっと寝るからアラームなんて付けないんだけどな。俺は、左手を回し、右の出窓にあるアラームを消そうとした。


 その時の違和感、なんだろう。そう、胸に何かついてる。その時、気づいた。俺が着ているのは女物のパジャマ。あれ、どういうことだ。女性の部屋に泊まって、着る物がないから女性のパジャマを着たとか。でも、この胸はなんだ。


 アラームを消し、パジャマのボタンを外したときの衝撃は、これまでの経験を遥かに超えていた。胸がある。上から、2つの山が見える。それも、かなり大きい。これって、ドッキリとかで、誰かが俺に何か付けたんじゃないか。


 でも、触っても、体から外れることはなく、体を動かすと、一緒に揺れている。今更だが、髪の毛も、いつもより長く、重く感じる。慌てて、下も確認したが、あるべきものがない。


 どういうことだろうか。ベットから飛び上がり、急いで着てるものを全て脱いで鏡の前に立った。そこに映っていたのは、どこから見ても、女性だった。


「どういうことだ。」


 部屋に響いたのは、アニメキャラみたいで変な女性の声。俺は、女性に変わってる。そんなことがあるんだろうか? ないよな。悪い夢だ。


 そういえば、昨晩、おじさんが人生を変えさせてあげると言って、薬を飲んだんだ。人生を変えるって、このことなのか。そんなことあり得ないだろう。


 でも、時間が過ぎても、俺の体が元に戻ることはなかった。部屋を見渡すと、通常のワンルームで、ベットの足側をソファーのように座るのか、足側に小さなテーブルがあった。そのほか、机、クローゼットとトイレがあった。


 そういえば、お風呂とか、洗濯機とか、炊事場がない。部屋を見ると、共同風呂がある古いアパートという感じじゃないから、お風呂は共同で使うような寮なのかもしれない。玄関も、金属の厚いドアというよりは、寮みたいに木の板のように見える。


 何度も言うが、ここには俺しかいない。その時、いきなり尿意を催し、トイレに駆け込んだんだ。こんな体で、どうすればいい? よくわからなかったが、便器に座り、周りに飛び散らないか見つめながら、用を足した。


 女性って、こんな風にするんだ。小でも、トイレットペーパーがないと困るななんて考えてたけど、そんなことはどうでもいい。上から見た体は、腰がくびれ、ヒップが大きいとか、明らかに男性とは違う。本当に、俺は女性になってしまったと実感した。


 まず、裸でずっといられないから、クローゼットを探し、パンツとニットのセーターをとりあえず着た。なんかパンツは薄くて、ヒラヒラして馴染めない。そして、あまりに胸がゆらゆらして落ち着かないので、そこにあったブラジャーもつけてみた。


 前のホックで止めるみたいだが、なんか締め付けられている感じで、女性って、こんなもの毎日つけてるのかと思いつつ、再度、セーターを着た。


 今日は、いつなんだ。机の上にあるスマホが目に入った。このスマホ、顔認証できるか? あ、できた。今日は、2023年4月3日、ということは、確か昨日が2日だったから今日で間違いない。俺が女性になっただけなんだろうか。


 鏡を見たが、可愛らしい大学生という姿に見えた。俺は誰なんだ。何が何だか分からず、ぐるぐる、その場を回っていたが、少し冷静になり、まず、バックとか、何か分かるものをごそごそと探した。


 バックには、糸井 彩と書かれた学生証があり、そこには、今、鏡映ってる女性の顔写真があった。また、そこには、2005年2月20日生まれの18歳で、清和女子大の文学部1年生と書いてある。俺の2歳年下のようだ。


 もう一つ、学生寮のご案内というレターがあって、入居は、4月2日、女子大内の学生寮とある。昨日、ここに入居したということだな。そして、そのレターの宛先は愛媛とあるから、愛媛に実家があり、そこから来たんだろう。


 また、そのレターには、9日が始業式だと書いてある。俺は、大学1年生の女子大生だということのようだ。それも、女子大で、これまで女性なんかと話したことがない俺が女性として過ごせるんだろうか。女性ばかりの世界で、会う女性たちに何を話せばいいんだろう。


 時間が経てば男性に戻れるんだろうか。明日、朝、起きたら、元に戻っているとか。それはそれで癌の体に戻るので、嬉しいわけでもない。


 でも、1時間ぐらい経っても、全く体が変わる気配ない。そういえば、あのおじさんが、一旦変わると、もう戻れないと言っていたのを思い出した。


 窓から周りを見渡すと、目の前の道は、桜並木で、桜が咲き誇っている。今は、春休みなんだろうが、クラブ活動なのか、多くの女子学生が道を歩き、テニスコートでは、女性が練習を始めようとしている。間違いなく、女子大の風景だ。くどいようだが、俺の体も、女性そのものだ。


 ここは3階なんだと思う。横を見ると、だいぶ大きな建物だから、この女子大は全寮制なのかもしれない。女性が、ここに何百人もいるってことか。本当に大丈夫かという不安が、どんどん大きくなっていった。


 ところで、下はパンツだけだと少し寒い。クローゼットの中を探したが、越してきた時に多くの衣類を持ってきていないのか、ズボンはなく、スカートしかなかった。俺が、スカートを履くのか? 恥ずかしかったが、部屋には1人しかいないので、スカートを履くしかない。


 ロングスカートでも、なんか、スカートって、あまり暖かくないんだななんて思い、もう少しどうにかできないかと思って探すと、ストッキングがあって履いてみた。


 暖かくなったが、これって、上から下まで女物を着てるじゃないか。俺は男なのに。でも、体が女性なんだから、どうしょうもないし、ここには女物しかない。でも、スカートを履くなんて、どうかしてるぞ。なんか、とっても恥ずかしいことをしてる気分でいっぱいだった。


 こんなことをして1日、部屋にいても、どうしょうもない。外を散策して、まず、この部屋の外の状況も把握しよう。そのためには、すべきことがあるだろうか。そうだ、化粧だ。すっぴんで外とか出たら、逆に目立つと思う。


 さっき探していた時に、化粧のポーチがあったので、それを持ってきて、まず、YouTubeで化粧について調べてみることにした。


 化粧って、メークっていうんだな。初心者メーク徹底解説という動画を1時間ぐらい見て、実際に、自分の顔で試してみたが、よく分からない。ただ、やってはメイクを落とし、もう1回と4回ぐらいやってみたら、なんとなく、わかるようになってきた。


 そんなことをしていたら、お昼の3時になっていた。俺は6時間も、この顔と悪戦苦闘していたわけだ。初めてなのに、よく頑張ったと自分を褒めてあげたい。そして、頑張ってメークしたその顔で、それでも、部屋から出てみることにした。


 おそるおそる、部屋のドアを開けると、そこは板敷で、スリッパを履いて歩く廊下になっていた。確かに部屋には靴を置くところがなく、1階に大きな玄関があって、そこにロッカーがあって靴とかが置いてあるんだろう。


 俺の部屋は、さっき見たように3階で、共同風呂は2階、食堂は1階と表示されていた。この建物は5階建てで、各階には25部屋ある。通常のワンルームマンションだと、廊下に出れば外という感じだが、ここは、学校みたく、部屋を出ても壁があって建物の中だった。


 まだ寮に来ている人は少ないようで、廊下も空いていたが、廊下を歩いていると、1人、正面から歩いてきた。


「あら、こんにちは。1年生かな。私、2年生だけど、よろしくね〜。」

「こちらこそ・・・」


 先輩らしき人が、手を振って通り過ぎていったが、シャツと、下はパンツだけで廊下を歩いている。春休みで人がないないからと言っても、女性って、人が見ていないと、そんなんになっちゃうのか?


 そうは言っても、清掃の人とかいるだろう。女子大だから、寮の中も清掃の人とかはおばさんしかいないのかもしれない。とは言っても、男性でも、そんなだらしない格好はしないと思うが。


 大体、この寮の構造はわかった。次は、食べ物を買い出しに行こう。お財布をみると5万円入っていて、外に出かけた。


 女子大って、こんな感じなんだ。これまで男性ばかり見てきたから、横を通る人が女性だけというのはとっても恥ずかしくて、下を見てしまった。でも、よく考えてみると、俺は女性なんだからと前を見るようにした。


 でも、女性の靴って歩きにくい。なんか、重心の位置が不安定だし、前に倒れてしまいそう。歩くだけで、足が痛くなっちゃうな。しかも、スカートが邪魔して、足を前に出しにくい。小股で歩けってことだな。


 道を歩いていると、テニスコートから、ボールをとってくださいって声をかけられた。目の前に2つボールが転がっていて、1つを上から投げようとすると、全然違う方に行ってしまった。あれ、腕が思うように動かない。


 もう1個を下から投げて、別の方向にいったボールまで歩いていって、これも下から投げた。なんか、さっき投げた腕の付け根が少し痛くて、体はそんなに強くないんだと気づき、気をつけないといけないと反省した。


 そして、学校の門を出て、一般の道路に出ると、結構、緊張する。なんか、女の服って、軽いからか、よく分からないが、着ていない感じで、ずっと見られているっていう感じがする。こんなものなのだろうか。


 前から来る男性が、俺の体を眺めながら通り過ぎる。気にしすぎか? 男性の目線を見てみると、俺の胸に向かってる。それで、今更だけど気づいた。ニットのセーターだと、体のラインが丸見えで強調されるんだ。胸とか、はっきりとラインが見えてる。


 そうだったんだ。これから、この服着る時は気をつけないと。そういう服なんだな。なんか、男性たちの目が俺を突き刺すようで、怖いというか、恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。


 そんなこと考えながら歩いていると、スーパーに着いていた。まず、寮の食堂は8日からと書いてあったし、部屋には、冷蔵庫とか、湯沸かし器があったから、カップラーメンとか、パンとか、お茶を買っていこう。


 気のせいかもしれないけど、レジのおばさん、俺の方を見て、冷たい目線を送っていた。男性の時には、レジのおばさんって、俺に笑顔を向けてくれていたけどな。なんか、雰囲気は違う。そんなことを考えながら、部屋に戻ってきた。


 まだ時間があるから、部屋にある服を一通り着てみよう。この服、どう着ればいいんだろうか。なんか、上から着て手を入れようとしても、どこに入れればいいのかわからない服もある。スカートって、どっちが前かわからない。こんなに短いの、電車で座ったら見えちゃうな。


 そんなことで悪戦苦闘して、気づくと、夜7時になっていた。そこから、カップラーメンを食べて、夜中まで、ブラジャーの付け方とか、髪型とか、かなりの時間を使って情報収集をしたんだ。


 女性に変わるとは思ってなかったが、膵臓がんで死ぬよりマシかもしれない。やり直せるんだったら、そういう選択肢でもいいかもしれない。明日起きたら男性に戻っていたなんてあるかもしれない。いずれにしても、俺にはどうにもできないと思い、眠りについた。

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