第39話 ニチロウさんとの交流その2

 選手たちは試合が終わっても、球場に残ってノゾミさんをチラチラ見ながら、ユニフォームの上にスタジアムコートをかけたりして待っていた。

 しばらく撤収の準備をしていたカメラクルーも戻って来ている。

 ニチロウさんがマイクを持った。

「監督はタクシーに乗った?乗ったね」

「えーとこれから、第2戦を行います。プロチームのスカウトにも告知して試合をみて貰うことにしました」

 無観客で行っていた観客席にスピードガンなどを持ったむさ苦しいおじさんたちが入ってくる。

「女子チームの監督はそうだな、室節さんにやって貰おう」

 ハンマー投げオリンピック銀メダリストの室節さんだ。わぁー、じかに見るとむさ苦しい人だな。てか来てたんだ。

 ニチロウさんと室節さんが握手して第二戦が始まった。俺とケイコちゃんは、目がうるうるしていたが、ノゾミさんに背中をポンポンと叩かれ、先発投手ケイコちゃん、先発キャッチャー俺がコールされた。

 ニチロウさんチームの先発は、美浦さんだ。今シーズンで引退を表明したが、ファンからはまだまだやれると惜しまれていたピッチャーだ。

「プレイボール」

 ニチロウさんチームが先行で第二試合が始まった。

 慶子ちゃんがセットポジションから、流れるようなフォームで投げ込む。あ、サインは忘れた。もうどうでもいいわ。楽しいし。

 152キロのファストボールだ、俺のミットからは小気味よい音が響く。そして同じ腕の振りから142キロの高速スライダー。130キロのチェンジアップ、110キロのカーブ、コースも高さも申し分ない。

 お互いに一人のランナーも許さず2回が終わり、8番打者俺が打席に入る。慶子ちゃんに回すんだ。がんばれ俺!

 なかなか打てるボールが来ない。3ボール臭いボールを見逃す、ストライクだ。5球目ボール、フォアボール。

 慶子ちゃんもなかなか打てるボールが来ない。一塁二塁となるも後続が凡退した。

 そのまま0対0で7回まで進んだ。

 8回表ツーアウト、これまで唯一大きな当たりを放っている清腹さんが打席に入る。慶子ちゃんは少し投げにくそうにしている。

 室節監督からピッチャーをアイコにと伝えられる。ん?アイコ?俺じゃねーか。さっき肩を温めとけと言われてノゾミさん相手に10球ほど投げたけど。投げたけどね。

 キャッチャーは慶子ちゃんだった。まあそうなるよね。数分してプロテクターやキャッチャーマスクやレガースを着けて出てくる。3球投球練習して内野手を回ったボールが俺に帰ってくる。

 サインはなかった。ある体で時間を使い、清腹さんの動きを見ながら、グラブを止め、左足を上げる。腕の振りを意識して投げ込む。

 ボールは唸りを上げ真ん中やや高めにコントロールされる、打ち頃のファストボールだ。清腹さんはフルスイングした。ボールは一切初速と変わらない速度でキャッチャーミットに収まった。

「はあーっ?」

 ボールの勢いが増すようで、若干沈んだように見えたのだ。あり得ない。沈むボールで威力が増すことはあり得ないのだ。

 もう一球、また同じ球だ。空振り。スピードガンでは155キロが表示された。

 もう一球、また同じ球、唸りをあげてあっという間にベース上に到達する。その上をバットが通りすぎてしまう。160キロ。

 球場は静かな上に静まり返った。無観客と言うこともあるが……。

 8回裏6番ノゾミさんがライト前ヒットで出塁した。7番ヒカルさんはフォアボールを選んだ。その後俺だ。なかなか打たせては貰えない、3-1からの5球目外角低めのストレートにバットを出した。打球はゴロで一二塁間を襲いライト前ヒットになった。ノーアウト満塁である。

 9番慶子ちゃんも勝負はこの試合なかなかさせて貰えていない。

 この場面は落ちる球は使いにくい、ストレート系を狙って行くべきだろう。

 相手投手はここでスライダーを外角低めに投げた。ボールが先行する。2球めストライクゾーンを掠めるスライダー、ストライク。1-1、アウトコースストレートボール。2-1ここでストライクが欲しくなるが、甘い球は厳禁だ。

 しっかりと腕を振って、投げ込まれた球は、外に下に変化していく。

 慶子ちゃんはタイミングを合わせて流し打った。打球はライト線上に跳ねるとファールゾーンに抜けた。審判はボールフェアを告げた。

 打者走者は進塁し、2点を先制した。後続は凡退したが2-0で9回表となる。

 俺はサインを見る体で、慶子ちゃんはサインを出す体で、どんどんとストライクをとって行く。159キロ160キロ161キロ、球威が上がっていく。最後のバッターはニチロウさんだった。俺は沈むファストボールを続けた。159キロファール、捉えられたか。160キロファール。別の球種を使うべきだろう。

 俺はセットポジションから投球動作に移ると、心を込めて投げ込んだ。163キロ。ニチロウさんのバットは空を切った。

 第二試合は俺たち女子チームが2-0で勝利した。慶子ちゃんはニコニコしていた。俺も嬉しかった。

……。

「ねえねえ、あの球は何なの?」ニチロウさんが話しかけてくる。

「内緒です」

「僕だけに教えてよ。誰にも言わないから」

「だめです。言えません」うざいよ。あ、尊敬してます。感謝してます。でも教えません。

……。

 本当はわかっているんじゃないんですか?


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る