第38話 ニチロウさんとの交流
俺たち女子野球日本代表とニチロウさんチームとのガチンコ試合は、東京ドーモでおこなわれた。
慶子ちゃんも俺も、二人ともセットポジションから最速152キロのファストボールを投げる事が出来る。
慶子ちゃんは、ゴルフを再開してから背が伸びて今は160センチくらいある。
日本代表での練習には欠かさず参加した。慶子ちゃんも暇なわけはないが、俺が付いていれば移動時間は、限りなく短くできる。バッティングピッチャーとキャッチャーを俺たちは交代で務めた。対戦相手を研究して球種やスピードを加減して打者の調整に役立てた。守備の連携は、シートバッティングや紅白戦である程度とれるようになった。
ニチロウさんは、本当にいい人であった。よく声をかけてくれたり、良いプレーには手をたたいて誉めてくれる。悔しい時は悔しがり、楽しそうにプレーして野球を、野球をする人を大事にしているんだなとわかる。
……。
「監督、何でケイコちゃんが先発じゃないんですか」
女子日本代表のキャプテンの捕手ノゾミが代表監督の加賀見に食って掛かった。
「ケイコとアイコは、野球選手のキャリアがないからよ」
「勝ちたいなら、二人を出すしかないですよ。WLBCに向けて隠しておきたいわけじゃないですよね」
「国際試合にも二人を出すつもりはないわ。この後代表からも外すつもりよ」
「そんな……それにニチロウさんは本気で勝ちに来ている。こちらも全力を出すべきです」
「経験がなければ、出せません。あなたもしつこいわね。本当はあの二人はとる気はなかったのよ。世間がうるさいから代表にいれたの」
「二人のプレーは、誰よりも優れています。野球センスも人柄も申し分ありません」
「ケイコは3番手の控え投手、アイコは控え捕手。これは覆りません」
……。
「ニチロウさん、こんなことがあったんです。コーチはわかって下さって練習には参加できたんです」
ノゾミは相談があると言ってニチロウに時間をとってもらっていた。
「……そうか、加賀見さんは僕たちに勝つつもりは無いんだな。ところで練習したんなら二人の実力はわかったでしょう。どうだった?」
「ものすごいですよ。とても同じ女性とは思えません。だからこそ皆、ニチロウさんの本気に申し訳なくて」
「……チームの采配は、監督に任されているからどうしようもないな。みんな不満だろうが」
「……」
「そうだ試合後、みんなの気持ちを聞く会を作ろうか。サプライズってことで。ユニフォームのままでしばらく待って球場で盛り上がろう」
「反省会ですか、今回ないってことで寂しかったんです。皆に残るようにいっておきます」
(球場を貸しきるのも大変なのに流石ニチロウさんだ。きっとみんなの不満も晴れるわ)
……。
ニチロウさんチームとのガチンコ試合は、テレビカメラも公式戦並みに、11月末ドーモ球場でおこなわれた。
野球に詳しい人も詳しくない人でも誰でも知っているような名選手がニチロウさんチームには揃っている。ニチロウさんはかねてから『人望がないから監督はしない』と言っているが、人望はあることが実感される。ニチロウさんの生涯年俸は何と190億円くらいだと言う。職人気質の名選手であった。
対戦前のセレモニーが始まった。マイクをニチロウさんが持って話している。
「今日は日本代表チームが相手ですが、いつものように勝ちます」
「ところで、うちのチームの金田さんが日本代表監督さんと反省会をしたいと言ってますのでよろしくお願いします」
珍しくユーモアのあることを言って、笑いを誘っているが、金田さんは名球会入りの大選手であり飲みの申し出を断れるものは球界には存在しない。むしろ強要に近いかもしれない。
監督同士が握手をし、選手同士が握手を交わした。
「ケイコちゃん可愛いね。ゴルフみてますよ」
坂本選手がなかなか手を離そうとしないのでニチロウさんが注意してくれた。
「あんまり変なことするとこのまま帰って貰うよ」
「は、はい」
ニチロウさんは、怖がられているのかも知れないな。
試合が始まるとニチロウさんが先発ピッチャーだった。荒れ球がかえって狙い球を決めにくく打ちにくい。ボールを選んで行くと決めていたのに、高めのボール球に手を出したり、引っかけてゴロでアウトになる選手が続出した。スピードは130キロくらいで、女子プロ投手の速球派くらいだろう。
守備ではケイコちゃんと俺は控えだった。キャリアやしがらみを考えれば仕方ないのかもしれないが、勝つためには疑問が残る。しかし俺たち二人は、応援の可愛い声をだし続けた。気持ちを切らしたら出番で困るからね。
左投手のリサちゃんが先発だ。球の出所が見にくくて、左バッターは打ちにくい。コントロールもよく簡単に二人を切ってとり、一人一塁に出したが後続を打ち取った。
女子チームもランナーは出すものの、後続が続かない。守備力は若い女子チームのほうが少し良いのかも知れないな。
しかしニチロウさんは打てないな。ピッチャーとしては活躍してる。
と思っていたら、三回裏、松田選手と辰巳選手の連打でニチロウさんチームが先制した。
打力では、男性のほうが有利なのだろう。決してエラーではないが、打球が速いので女子チームの内野手の間を抜けることが多くなってきた。
女子チームは、走者は出すものの決定力にかける。ニチロウさんが勝負どころを心得ている。
4回裏女子チームの二番手は、右下手投げのヒトミさんだ。ベテランだが下手から130キロを投げ込む。右バッターには打ちにくそうだ。
左バッターに反対方向に打たれ、2点差にされるがその後抑えた。
7回裏ヒトミさんが打たれ、一死二塁三塁となったところで三番手の右本格派のサキさんに交代した。かわりばなに打たれ4点差になったが、後続が打てずに助けられた。
9回表日本代表の最後の攻撃だが、代打を出すも打てず、ニチロウさんチームが4対0で勝利した。ニチロウさんは完封勝利を飾った。
「今回も我々が勝ちましたが次も勝ちます」
ニチロウさんは負けず嫌いだな。ケイコちゃんは少し寂しそうに唇を噛んでいた。
悔しいだろうな。何よりもニチロウさんの本気に答えられなかったことが俺も悔しかった。代表選手同士では仲良くなってきただけに勝ちたかった。監督はこのまま俺たちが活躍できなかったということで、代表落ちさせるつもりだろう。まあ、目の前で、ニチロウさんのプレーも見れたし良かったのかな。ケイコちゃんだけでも代表に残れないかな。
監督は楽しそうに、金田さんや沢村さんといった大選手に連れられて球場を早々に後にしていった。今日は監督の指示で選手同士の反省会はしないようにと言うことだったが、キャプテンのノゾミさんから、ユニフォームのままで残るように言われている。何か一言あるのだろうか。もう帰りたくなってきたな。
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