第36話 限界突破その2

 俺は、慶子ちゃんのマネージャーとして練習や大会についていくようになった。

 ただし、慶子ちゃんの姉としてだが。アモールの変身能力を持ってすれば、体格が縮むことさえも当然の事象なのだから。

 女子トイレや、更衣室までついてこいといわれた時は辟易したが、入り口で待っているということで許して貰えた。俺のトイレは空間収納にね。

 加納さんたちの得た情報によれば、慶子ちゃんを狙っている人物は結構多いとのこと。

 アモールの変身能力は、アモールの人の姿だけでなく、大神官ティアちゃんの姿にもなれるのだ。まあずっと抱っこされていたから覚えたのだろう。

 慶子ちゃんが俺の姿に化けることも出来たね。その場合、俺がそばにいるとおかしなことになるため、帽子とサングラスで不審者にならなきゃならないのだ(泣)。

 慶子ちゃんの成績は、とても優れていた。その年の半ばにプロになり、無理せず後半5つくらいの大会に出るという。しかし、蓋を開けてみると、デビュー2連勝、その後は優勝はならなかったが、いつも5位以内はキープしていた。フェアウェイキープ率、パーセーブ率は1以を独走していた。シュアなゴルフをするプレーヤーと言えるだろう。しかし、飛ばす時は凄かった。雨や風、グリーンの難易度が高い時は特に強かった。これはマッピングの影響が高いだろう。少しだけチートだな。

 プレッシャーにも強かった。精神耐性が良い仕事をしている。また、ファンの期待には性格的に答えちゃうタイプであった。

 沢山の大会から招待されたが、後半少し増やしたが結局6つの大会で3勝出来た。

 メディアからもインタビューの依頼が多く、ゴルフのことやファッション、恋の話などを面白おかしく書かれた。

 テレビのバラエティー番組にも、呼ばれてはいたが頑なに断った。

 野球の始球式は、慶子ちゃんがやりたいといった。小学生の一時期ソフトボールをしていたので興味があるらしい。日本シリーズの第一戦のマウンドに登ることになり、興奮していた。

「始球式緊張する」

「緊張するよね」

「キャッチャーを鯖田さんがしてくれたら安心する」

「プロの人のほうが安心と思うよ」

「鯖田さんとアモールちゃんがしてくれたら安心すると言うか、球団の広報の人に頼んだ」

「え、いつ?」

「さっき加納さんに鯖田さんの振りをして連絡して貰った」

 いたずら心は自覚しているらしい。

「今から打ち合わせがあるけど」

……。

「それで、お姉さんにキャッチングしたあと、セカンドに送球して貰いたいんです」

「えーそうですか、セカンドですよね」

「はい、ショートではないです」

「じゃあセカンドが捕ってベース前でタッチする感じで」

「それでお願いします」

 一塁ランナーはいないのに送球ですか?と思ったが、セカンドが今売り出し中のイケメン内野手で打撃守備走塁と三拍子揃っているらしい。一塁ランナーがいる体でタッチすると言う流れだ。

 結構、狙いを外しても捕ってくれるらしい。

「プロテクター貸して下さるんですよね」

「あ、要りますか」

「要りますね」

 最悪プロテクターなしでは危ないと思うよ。

……。

『さあ始球式を務めるのは、ご存知今売り出し中の女子プロゴルファーのアキタケイコちゃんダーッ』

 場内アナウンスが、煽り立てる。

『ノーバン投球が成功するのか、はたまたノーパン投球になるのか、私としては後者でも構いません』

 殺すぞコノヤロー。

『そしてキャッチャーを務めますのは、ケイコちゃんのお姉さんにして美少女マネージャーのアイコちゃんダーッ。ハイティーンにしか見えません』 

 ……。

 慶子ちゃんは、緊張していたが、俺が肩をぐるぐる上げ下げするあの動きをすると、落ち着いたのか。サインを覗き込んでいる。

 サインなんか決めたっけ。(真ん中高め速いストレートで)そして俺はセカンドスローだ。

 慶子ちゃんは、軽く頷くと、ファーストを気にしてからノーワインドアップモーションで投球動作に入った。

 左足を挙げ、前に踏み出すと、グラブをこちらに向け身体を開かない素晴らしいフォームで、右足でマウンドを蹴り完璧な重心移動で、右腕をしならせスナップを効かせて、フォーシームを投げ込んできた。

 唸りをあげて、ホップするような軌道で初速から全くスピードが落ちない。

 一番打者は、驚いたのか力ないスイングをするが全く間に合わなかった。

 ドスンッと言う重い音を立てて、俺の構えるミットに球が収まると、俺は右足を半歩下げ送球動作に入った。

 驚いたような顔でセカンドくんは、ベースに走った。

 (おいおい、ベースに走るのが早すぎるだろう。こちとらプロのキャッチャーじゃあないんだよ)

 そう思ったが、俺はセカンドくんがベースに走り込みタッチしやすいその場所その瞬間に向けてセカンドスローを中腰のまま行った。

 逆回転が程よくかかった矢のような送球はベースの50センチ手前高さ25センチにストライクでコントロールされ、セカンドくんは捕ると同時に軽く一塁ランナーにタッチする動きをした。

……。

 球場全体が静まり返り、握手しようと出てきた球団のマスコットの着ぐるみは歩みをとめた。

『はあーっ?』アナウンスが叫んで絶句した。

慶子ちゃんはマウンドを降り、俺とアモールはプロテクターとキャッチャーマスクとレガースを外して審判に会釈し、マスコットと握手して出口から静かに出ていった。

 それから俺たちは始球式に呼ばれることはなかったが、女子プロ野球からは連絡がいくつかあったと言う。

 スピードガンの表示は152キロ、ピッチングからセカンドスロー、タッチまでの時間はその年の公式戦の最速記録より早かったと言う。

 

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