第30話 その女秋田慶子(あきたけいこ)

「転移……」

 加納飛鳥とリチャードは地球に転移した。鯖田の家のリビングに出現した。

「鯖田さんは?」

 秋田慶子は、加納飛鳥とリチャードを問い詰めた。

「サバダさんは……」

「鯖田さんはまだ生きてる。ステータス画面にステータスが表示されている」

「本当だ、パーティーリーダーのままだ」

「鯖田さんはどこ?」

「亜空間に残されているかもしれない」

「HPMPを送る」

「パーティーメンバーじゃないから届かないかもしれない」

「でもやる」

「私も回復魔法を送る」

 リチャードは泣いている。秋田慶子は気丈に振る舞っているのか、口唇を噛み締めている。

 ……。

 その頃、城塞都市では、ニコールが兵士たちを前に演説を行っている。

「神様に祈りを捧げましょう。使徒様がもう一度この世に戻って来てくださるように」

 皆、号泣している。無理もない長い時間一緒に戦った仲間であり、自らを犠牲にして神の奇跡を起こし、すべてではなかったが救えるものを救ったのだ。

 ニコールも泣いていた。一度は命を救われ、それでいて賊を殺したことで傷ついていた男、この世界には些か優しすぎるが、未だかつてあったことも無いような青年。そばにいたいそばにいてほしい、声が聞きたい、その手で触れられたい。そう思った。


……。

 秋田慶子は、日本女子オープンの本選初日を迎えていた。

 予選一位で通過したものの、今をときめく女子プロゴルファーたちの、錚々たる面々が彼女を待ち受けている。

 第一ホール、ティーグラウンドに向かう彼女は、観衆たちの先に、見知った人の姿を見た。

 涙が溢れるそのままにボールに向かい、迷いなく振り抜くと、初夏の澄んだライトブルーの空に白球がホップするように伸びて行った。

 その大会で秋田慶子は、プレーオフを制し、初出場初優勝した。

 ……。

「鯖田さん、やっと帰ってきたんですね」

 白い蝶が、フェアウェイをゆっくりと舞い、彼女にさよならを告げるように風に乗ってひらめいていく。

……。

「加納さん元気でしたか、あ、リチャードも」

「元気でしたかじゃないわよ」

「慶子さん、帰ってくるって信じてるよ、早く帰ってあげてよ」

「そう言われても、亜空間から異世界に召喚されてから、存在がしっかり戻るまで大分かかっちゃたんですよ」

「あの貴族の娘さんがやってくれたのね」

「大神官はそれだけじゃないって言ってました、ケイコやアスカやリチャードのおかげだって、大神官と言っても幼女でしたけど」

「プロゴルファーになると言う約束が守れなかったわね」

「そうですね、もう人間と言うのもおこがましいレベルですからね」

「それは、私たちも一緒ね」

「でもすごい変わったね」

「亜空間にいたせいか、死にかけたせいか、向こうの世界に呼ばれたせいか、わからないですが」

 俺の姿は、前とは似ても似つかない、大神官は神の姿と言うが、欧米人でも日本人でもなく、かといってハーフとかでもない唯一無二の姿らしい。髪は白青銀だが角度によって青虹色などに変わる。原理はモルフォ蝶のあれらしい。肌は、いわゆる吸血鬼のデイウォーカーのあれ光る大理石みたいなの。

「確かにどんな感じと言われても困るわね」

「誰にもにていないオリジナルの感じ」

「そうそうそれね」

「じゃあ、人外になった三人でケイコちゃんに会いにいこっか」

「もう一回聞くけど死んでないのよね」

「うん、生体認証とか調べたけど普通にお金おろせたよ。スマホの顔認証もちゃんと反応したし、理屈は不明だけど」

……。

「よっ」

「……鯖田さん、鯖田さんですね、でもわからないぞぉ、二人身体を重ねてみたら分かるかもしれません」

「分かってるじゃねーか」

「プロゴルファーになると言う約束破りましたね」

「こんななりで目立つことは出来ないでしょ、なんか変な感じだし」

「ふーん」慶子ちゃんは俺の周りをぐるぐる回っている。

「まあ、いいですよ、結婚しましょう」

「どうしてそうなる」

「一緒に暮らせるんでしょう」

「あっちの世界にも行かなきゃだしな」

「まさか、あのお姫様がすきになったんですか」

「ちがうよ。あの慶子ちゃんありがとう、おかげで帰ってこれました」

 慶子ちゃんが急にキスをしてきた。

「やっぱり鯖田さんですね、優柔不断ですもん」

「そうかな」

 その後慶子ちゃんは、プロ転向を宣言し、プロゴルファーになった。

 俺は会社に帰ることもできず、遅い辞職願を書いた。

 部長によると、部内の女の子たちがないたらしい。ほんとかな。

「慶子ちゃん、遅くなったけど誕生日プレゼント」

「何ですか、婚約指輪ですか」

「聖金剛石のリングです。一生懸命『破邪特性』を付与しました」

 慶子ちゃんはニヘラニヘラしている。

「やった。こんにゃく指輪だ」

 左手の薬指に着けて、光に透かしている。

「そこ泣かないんだね」

「泣いていいんですか、泣きますよ」

「泣かなくていいです」

……。

「良かったわね。慶子ちゃん。でもそれ、何カラットあるの凄くない」加納さん良く気づいてくれました。

「向こうの鉱山で自分でとりました。マッピングで埋まってる場所が分かっちゃうんです」

「羨ましいなあ、私たちにもくれるんでしょう」リチャードもほしいの。

「向こうでは異世界のあるあるで一夫多妻制なんでしょう」加納さんその通りです。

「むうー、異世界転移は今後禁止します」

 でも向こうの世界で領主になっちゃったんだ。これは内緒だが、ニコールさんと大神官ちゃんと王女に迫られている。


「慶子ちゃんは良い若者と結婚して幸せになって欲しいからね、みんなもそう思うよね」

「「「えーっ」」」

「「「プロポーズじゃなかった(んですか)の?」」」

「え?誕生日プレゼントって最初言ったと思うけど」

 良くみてみてよ、本当に言ってるから。

「ガーン」

「でも感謝してるよ」

「じゃあ、愛して下さいよ」

「うーん」

「今日から同衾してもらいますから」

「「慶子ちゃんがかわいそうだよー」」

 冒険はやめられそうにない。慎重な俺だけど役割りがあるらしいんだ。その時は生きていられる自信がない。

「じゃあ、子種下さい。それで寂しくないですから」

 怖い。俺の心が読めるの。尻に敷かれる未来しか思い浮かばない。

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