第20話 異世界転移……しない

 俺たちはしばらく異世界に転移するのをやめている。

 それで、日曜日は早朝から社長たちと接待ゴルフだ。

「ふわぁー、眠いです」

(慶子ちゃん、きみは本当にぶれないねえ。可愛すぎて頭をグリグリしてやりたいぐらいだよ)

「社長、こちらのゴルフ場の会員権などお高いんでしょうねえ」

 揉み手で部長がヨイショしている。今度のゴルフの件では部長はとても喜んでいた。日曜日くらい家族サービスでもすりゃ良いのになと思うのだが。

「いや、一時期ほどではないよ、しかし鯖田君良く来てくれたね」

「この頃、ゴルフ練習場に行くようになりまして」

 トラウマで異世界にいけなくなったのだ。精神耐性を上げて、入院するまではならなくてすんだが。ゴルフ練習場では、何球、ゴルフボールを叩き潰したかわからないくらいだ。杖術スキルのおかげでクラブは、一切壊れない訳のわからなさだ。おそらくゴルフボールは敵認定されているに違いない。

 話は戻るが、現代日本人が、人を殺すと言うのはどんなにこちらに正義があり、殺らねば殺られる状況にあるとしても、異常なことであり、とても許容できることではない。よっぽどなサイコパスでもなければメンタルがやられる。

 悪夢で目が覚めてしまうのだ。叫んで起きると冷や汗か脂汗か、はたまたその混じったものか、グショグショである。

 慶子ちゃんは、心配だから毎日俺の家に泊まると言い張っていたが、そういう訳には行かない。俺は、ラッキースケベは求めていない系の主人公なのだから。

「今日はね、大手小売り業界のアオンの会長さんが来られるんだ。気さくな方だけど、失礼の無いようにね。実力を遺憾なく発揮してくれ」

「ゴルフの上手い部下がいると商談が上手く行くかも知れんですな」

「ハハハ……。初心者ですので」

……。

「こちら、アオンの会長さんの坂崎さんだ」

「よろしく。今日は友人の加納さんも参加する」

「加納飛鳥です。よろしくお願いします」

 慶子ちゃんが固まっている。

「経理の高野部長と、鯖田課長、秋田君です」

「加納さんもお美しいですが、うちの秋田君もなかなかでしょう」

「鯖田課長さんはお若いですね。25歳くらいかな」

「いや、35のオジサンですハハハ」

「えー、見えないです」と加納飛鳥が被せてくる。

「下のお名前はなんておっしゃるんですか」

「くじらの人とかいて鯨人(げいと)です。変な名前でしょう」

「いいえ、素敵なお名前です。私の友人にリチャード・ゲイトと言うアメリカ人がいます。フェアトレードの運動をしているんですよ」

「加納さんは鯖田課長のことがお気に入りのようだが、ゴルフでは負けないよ笑」

……。

 (叩き過ぎると最後まで回れず、雰囲気をぶち壊すからな、頑張らないと)

「鯖田さん、あの人」ヒソヒソと慶子ちゃんが耳元で囁いている。

(「なに?」)

(「以前、鯖田さんが助けた人ですよ」)

(「えーっ、どうしてここに」)

(「何か企んでるんじゃ?」)

(「変なこと言わないように気を付けよう」)

……。

 俺たちは、出来るだけ話さなくて良いように、どんどんコースを進んで行った。

 ゴルフとマラソンを足して2で割ったようなスピードゴルフと言うものがあるが、俺と慶子ちゃんはまさにそんな感じだった。

 なんと40分くらいでアウトコースを回ってしまったのだ。ちなみに俺のスコアが37、慶子ちゃんは36だった。

「ハアハア、どんどん二人が先に行っちゃうから…ハアハア、なかが良いんだね」

「はあはあ、スコアは大したこと無いんだろ」

「鯖田さんが37で秋田さんが36です」

「嘘だろ、鯖田は初心者だろ」部長が開いた口が塞がらないって感じだった。

「せめてドラコンだけでも勝ちたいよ」

 ロングホールでドラコンが行われた。加納さんはキャリーで270ヤード、かなりの飛ばし屋だ、慶子ちゃんは、目立たないようにするかと思いきや、290ヤード。

 俺の番になった。慶子ちゃんの方を見ると口元が(飛ばせ)と動いている。(ダメだって目立つから)と俺も口を動かすが、(行けー!)と慶子ちゃんはテンションが上がっているようだ。

(知らないぞー)と困った顔をみせてから、おもむろに、ボールに集中すると、カチカチに固いシャフトがしなって唸りを上げて、ヘッドが親の敵のようにボールを叩き潰した。

 誰も声を上げることもなく口をあんぐりと開けていた。

 ボールは真っ直ぐに青空に吸い込まれ、若干ホップしたように伸びていく。300ヤードを大きく超えてフェアウェイに突き刺さる。勢いそのままに転がったボールは400ヤードを越えてようやく止まった。

「「「はあー?」」」

 しまった。何か下手なことをしたらしい。マナー違反だろうか。

「433ヤードこのゴルフ場のドラコン最長記録です」

 同行していたゴルフ場つきのレッスンプロが震えながら聞き取りにくい声で宣言するのだった。

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