第21話 世界を騙す幻術

 さて、俺は現在校舎の前に居る。時刻は一時。昼ではない夜だ。

 胸の騒めきがうるさくて、居ても立っても居られなくなったので、ここまで来た。

 校門を押してみると、ギィーッという音が鳴りながら校門が開いた。


――誘われてるな。――


 おっと、呼んでないのに出てきた。今日は夜からやる気のようだ。


――まあな。ちょっと面白そうな予感がしてな。校舎に入る前に準備体操でもしといたほうが良いぜ。――


 こいつの助言をもっともだと思ったので、校庭で軽く体を伸ばす。まあ、しっかりとした体操は基地を出る前にしたので多少は省いても問題ない。

 校舎に入り、一階から順番に異常がないかを見て回る。正直、どこに異常があるのかはうすうす分かってはいるのだが、心の整理をする時間が欲しかった。


 屋上に出ると、先程まで見えていた星が見えない。雲が出てきたようだ。地上には風がないというのに、上空では吹いているのだろうか。


「さて、これは俺を狙ったのか? それとも無差別か? ずっと後ろをつけてきていたけど。」


 後ろを振り返っても、そこには何もない。だが、そこには何かがあるような気がした。


「姿を現してくれよ。どうせ、ここで俺を殺すつもりなんだろ?」


 さて、何も起こらない。少し挑発をしてみるか。


「異能を得たとしても、臆病者は変わらないか。異能覚醒者が銃程度にビビるとか男として恥ずべきことだね。」


 年上の男というのは完全に賭けだ。あと、銃にビビらない一般人がいれば俺が知りたいところではある。少なくとも俺は逃げ出したいね。


「煽るのも大概にしろよ。」


 まさか、本当に釣れるとは思わなかった。

 目の前には真っ黒なシルエットの男が現れる。異能で姿を隠していたというところだろう。


「幻術の異能ってところかな? そんな力があるのに、あの程度の事件しか起こせないっていうのは君才能ないんじゃないのかい?」


 この男はこの学校の生徒だろう。一年の生徒ではないので先輩と言った方が良いだろうか。予想ではあるが、昨日の昼ごろに起こったお金のトラブルは彼がいじめをされていた相手に対してのささやかな復讐と言ったところだろう。そして、今日やるのはこの環境を作った学校に対しての復讐といったところだろうか。


「うるさい! 黙れ! お前を血祭りにあげて、知らしめてやるんだ!」


 男が激昂すると、共に世界が変わる。どうやら、幻術で景色を書き換えたようだ。屋上だったはずのこの場所は海に変わり、俺にはおもりがつるされ抗う暇もなく海へと引きずり込まれていく。


「溺死する苦しみを教えてやるよ!」


 幻術というものは視覚以外の五感にも対応しているらしい。事実俺はいま滅茶苦茶苦しい。二分ぐらいならなんとかなるかも知れないがそれ以上は普通に気絶してしまうだろう。


――助けてやろうか?――


 早急に頼む。


――そう言うのは「てめぇの手なんざ借りるかよ!」って返すのがお決まりじゃねえか? 素性も知らねえ怪しい奴なんだぞ。――


 知るか。お前は俺だ。俺が俺に頼って何が悪い。


――御尤もだ。少し体を貸せ。――


 少しの間のあと、銃声と共に世界が元に戻った。


「ぅ、あぐぁあぁっ、っぐ」


 男は地に伏して腹を抑えながら痛みに悶えている。じわじわと血だまりができ始めており、処置が遅れれば失血死する可能性もあるだろう。俺の手には拳銃が握られている。まあ、予測はできたことだ。術の効力を消すためには術者を叩けばいいなど相場で決まっている。


――ご不満か? 一応急所は避けた。内臓には当たってない。――


 いいや。よくやった。というかそんな精密射撃ができるものなのか?


――お前と俺での体の動かし方は違うんだ。ミリどころかナノ単位で動かせるぞ。――


 マジか。1×10^-9 [m]単位で動かせるのか。動かせれるってことは計測もできるのかな。なら原子が0.1 [nm]だからそのレベルまで計測できるってことか?


――すまん。豪語しすぎた。ミリメートルで勘弁してくれ。――


 十分すぎるな。


「殺す殺す殺す」


 それにしても銃に撃たれても戦意喪失しないとは大した精神性だ。それともアドレナリンで色々と興奮状態にあるのだろうか。暴走して下手に罪を重ねる前にいっそここで殺しておいた方がいいだろうか。


――急にドライになるな。――


 そう思うならブレーキ役を頼む。


――それは無理だ。俺はどちらかと言うとアクセル役だ。――


 なら、全力で走るしかないな。

 そんなことを銃を構えると再び幻術が発動される。だが、先程のように海に放りだされるものではなく、この町をそのままのベースに校舎には大量の骸骨が湧き出ており、空は雲が晴れて赤い満月が顔を見せていた。

 俺はすぐさま発砲したが、男はすでにそこにはおらずに屋上の上空を歩いていた。


――すまんがこれに関しては俺は破れんぞ。――


 ほう。どうして?


――さっきはお前に幻術を掛けていたのだろうが、今回は世界に幻術を掛けてやがる。妖精がよくやる手口なんだが、これに関しては妖精の眼以外に破るのは無理だ。幻術によって作られたものは実際に存在するものとして世界に認められちまうから厄介極まりないぜ。――


 は? 何それチート?


――ああ、だから俺も困惑している。どうせカオナシの野郎が何か仕込んでいるんだろうよ。そして、このシチュエーションは非常に不味い。――


 どのくらい不味いんだ?


――吸血鬼が来る。―― 


 吸血鬼? 血を吸うドラキュラか?


――そうだな。ドラキュラは知らんが想像しているのはあっている。だが、お前が思っているよりも吸血鬼というのは格の高い生き物だぜ。――


 どのくらい?


――そうだな。地獄の女王、悪魔の主。蝙蝠の羽を持っており、鎌を振り回す。そして魔術の才覚は一級品。魔女とも呼ばれている。――


 へぇー。敵対すると仮定して現代兵器は使えるか?


――ダメージは、与えることができる。――


 含みのある言い方だな。


――当たれば傷つけられることと、当たるかどうかは別の話だろう?――


 確かに。


「これはな! 吸血鬼召喚の儀式なんだ! はっはっはっはっは! 幻じゃねえぞ。現実だ! 血を吸われて死んでしまえ!」


 男は狂ったようにそう話す。


――あれは勘違いしてるな。あいつのお先も短そうだ。――


 ほう。それはどういう意味だ?


――すぐにわかる。そういえば、お前は直接見たことある人間を他人を割り切れるか?――


 次の瞬間、男は眠るように気絶して屋上の地面に落ちた。


――おや、無理矢理呼ばれたというのに穏やかなんだな。いや、選り好みしているだけか。――


 誰が?


――吸血鬼が、だ。あと三秒後に左にステップ――


 え? まあ、わかった。

 次の瞬間、こいつの言う通りに動くと俺の右側を何か凄まじい速度で何かが通過した。


――足元を見てみろ。――


「はあ?」


 内なる俺に言われた通り足元を見ると思わず困惑の声が漏れた。

 校舎は縦方向に綺麗に真っ二つになっていた。


「これは、」


 脚が震える。これが幻術であって欲しいと心の底から思った。


――現実だよ。さあ、前を見ろ。――


 そこには大きな蝙蝠の羽を背中に持ち、漆黒の鎌を携えた銀髪の少女が立っていた。その眼はまるで獲物を見つけた獣のようで開きっぱなしの口からはよだれが垂れていた。


――あ~あ。綺麗な顔が台無しだな。――


 それにしても、内なる俺はいつも余裕そうだなって思った。

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異能が内在するこの世界で赤月白摩は頑張ります。 かざむき @kazamuki

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