第20話 死なない木偶と死にそうにない人
草木も眠る丑三つ時。天候は曇り。
風のない夜であった。そんな夜の山では何かが動く音が良く聞こえる。
そんな中、ガサガサと山を駆けあがってくる音が一つ。
その先にあるのは、かつて、白摩達三人がキャンプをしていた少し開けた草むら。そこにはその音を待つ木人形が一つ。
「お待ちしておりました。赤崎俊也様で間違いないございませんか?」
森から姿を現したのは大きなトランクを片手に持った赤崎であった。
「間違いないよ。で、君がノーフェスだっけ。赤月君からは軽くだけど聞いているよ。今日何かが起こると思ってたけど、それが今日が始まって早々だとは思わなかったよ。」
山を駆けあがって来たというのに赤崎に一切の疲労は見られない。
「はい。カオナシとでもノーフェスとでも好きなようにお呼びください。一応聞いておきましょう。どうして、私の場所がわかりました?」
「勘かな。あの学校の文化祭の事件に君は間接的に関わってるんだろう? 事件を大事にしないためには大本から伐採しないとね。」
「なるほど。確かにそうですね。ですが、残念なことに今回における私の出番は既に終わっております。」
ヤレヤレと一仕事したと言わんばかりの仕草をノーフェスはする。それに対する赤崎の反応はとても軽いものだった。
「そうか。それは残念。」
「おや、動揺するものと思っていたのですが。」
「やることは変わらないからね。君のその気でここに待ち構えていたんだろう?」
もし、木人形に口が付いていたのなら口角が吊り上がっていただろう。
「はい。その通りです。あなたの将来性は力の大部分を失ったヘーテスよりも大きな脅威になると思っておりましたので。」
「ひなちゃんを舐めると痛い目に遭うよ。」
「そうでしょうか。なりそこないの魔女とそれをいつまでも守護する門番に以前のような恐ろしさはありません。それに比べれば、あらゆる武器、環境、戦略に対応するあなたの方がよっぽど私には怖い。」
「それは僕を過大評価しすぎだよ。」
雲がいつの間にか消え、空には赤い月が浮かんでいる。
「あれが君の仕掛けかい?」
「ええ、正確にはその副産物ですが。手法は簡単です。幻術で世界を騙し、吸血鬼を呼び寄せる。」
呼ばれた場所は校舎だろうか。
「なるほど、幻術を使う異能を持った生徒を唆したってことか。」
「それにしても、この時間に起動させるとは、既に警備隊員を用意しておくとは流石ですね。」
「いや、僕は何も指示してないよ。まあ、誰が向かったのかは想像が着くけどね。富岳桜さんはそんなノリではないだろうし、あの二人、いや一人かな。後で一応叱っとくか。」
赤崎はこの件については何とかなるだろうと楽観的に考えているようだ。
「なるほど、彼らですか。ならば、問題ないですね。今日は良い日だ。物事がうまく進む。」
「結論を出すのは早くないか? 今日は良い日にするって決めたんだ。」
赤崎は腰に差してあった銃を素早く取り出して発砲する。予備動作のない、まさに達人の域にあるクイックドロウ。しかし、悲しいかな。その弾丸ではノーフェスを気づ付けることは叶わない。
「技術は素晴らしいですが、道具が追い付いてませんね。」
「そうだね。」
赤崎はトランクを地面に落として踏む。すると、トランクは開いて、部品は浮かび上がった。それを空中で集めて、一つの大きな銃を組み立てる。
それは特殊な形をした銃であった。一メートルはありそうな巨大な銃身。その下側にはブレードが取り付けられており、持ち方で銃にも剣にもなった。その重量は決して軽くはないことは自明の理ではあるのだが、赤崎は木の枝を持つように軽々と持つ。
「これならどうだい?」
赤崎はトランクを拾いながらノーフェスに問う。
「大戦期の装備ですか。これは本気でやらねばやられますね。そうですね、体術と魔術。どちらがお好みですか?」
「無抵抗でよろしく。」
赤崎は引き金を引く。すると、凄まじい轟音が鳴り響き、ノーフェスの右腕が吹き飛んだ。
赤崎はすぐさま二発目を撃とうとするが、危険を察してすぐさまその場を飛び退いて森の中に入る。彼が元いた場所には炎の龍が通り過ぎる。それは中が木でそれが炎を纏っており、物理的な破壊力を十分に有していた。
「魔術から始めるとしましょう。」
ノーフェスの宣言と共に大量の火柱が赤崎を焼こうと立ち上る。が、しかし、どれ一つとして、彼にはかすりもしない。
四方八方、縦横無尽に現れる火の玉を媒介に、赤崎を焼き殺さんと炎を集中砲火されるが、その炎は森を駆け回る赤崎を捉えることは出来なかった。
「凄まじい反応速度です。ならば―。」
ノーフェスは巨大な炎の壁を出現させる。一つではなく、全方向に逃げ場なく。
赤崎はトランクを少し開いて、小さな玉をばらまく。
その後、響いたのは轟音。
炎の壁に穴が空き、爆風に乗った赤崎がそのトランクでノーフェスの頭をぶん殴る。
バキャッ! と木のひしゃげる音と共にノーフェスの頭は転がっていった。
さらに赤崎はその銃をノーフェスの胸にほぼゼロ距離で撃ち込んだ。
首を飛ばされ、胸を穿たれた。人であれば死んでいる。しかし、これは木人形。臓器もなく人の常識もない。
赤崎は危険を察知して、その場を飛び退く。それと同時に、木人形のあった場所に再びの炎の龍が来襲する。
「まさか、そのような代物を本当に使いこなすとは」
頭を失った木人形はふらふらとその場で立ち上がる。
ライフルの衝撃があまりにも大き過ぎたのか、ノーフェスの胸には風穴が空き、立ち上がるとヒビが入って右半身は崩れ落ちた。
しかし、植物の成長を早送りで見ているかのように、ノーフェスの体は元の体に戻っていく。そして地面に手のひらをつけて―
「〝偽・魔喰らいの龍樹〟」
そう一言、ノーフェスは呟いた。
地鳴りが聞こえ、大地が揺れる。
地面は割け、地下からは巨大な大樹が生えてくる。
枝に葉が付くことはなく、代わりに龍の頭のようになり、自我を持ったように動き始める。
土地の栄養どころか、植物のエネルギーも強奪し始めたようで、森も大地も休息に枯れ始める。
「〝火焔衣〟」
そして、トドメと言わんばかりに炎を纏う大樹。根すらも燃え始めたのか、地面からも熱が伝わってくる。
「小手調べは止めて、少し本気を出しましょう。」
周囲の気温は跳ね上がり、根すらも龍となってこの区域一帯が大樹に飲み込まれる。
「ちょーっと、反則が過ぎるんじゃないかな?!」
赤崎はそう言いつつも、まだまだ余裕がありそうだ。
「誰かが言った! 心頭滅却すれば火もまた涼しってね!」
赤崎は炎を恐れず、一歩を踏み出す。その瞬間、彼の足元は爆発し、爆風に乗って赤崎は加速する。
「爆弾足元に仕掛けて爆風で移動するとはかなり狂ってますね。」
トランクから零れる小粒の爆弾。それは爆風を生み出すことのみに特化しており、赤崎は適格なタイミングで使うことで空すらも駆ける。
連続して響く轟音。気がつけば主要な枝は伐採され、ノーフェスの頭上には―。
「あなたは、人の形をした化け物です!」
銃声が再び鳴り響き、頭上より弾丸を撃ち込まれたノーフェスは頭、胴体共に粉砕され、四肢は吹き飛んだ。
赤崎はその場から離れ、火の手が届かない場所に着地する。
「物理が効かないのか、それとも痩せ我慢か。」
地面から、一本の木が生えてくる。それは次第に人の形へとなり、木人形へとなった。
「さあ、どちらでしょうね。少なくとも私はここまで消耗するとは思っていませんでしたよ。それよりも、対龍兵器を持って来られる想定をしていませんでしたので。」
「しんどいなら、吸血鬼や悪魔でも呼び出したらどうだ?」
「自分で自分の敵を呼び出す程馬鹿なことはしませんよ。」
ノーフェスは長い木の棒を作り出す。
「さて、次は体術です。」
「初めからそれでやれよ。」
再び始まる二人の攻防。
ノーフェスの武器は木材としては異常なほどの重量と硬度を持つ長いだけの棒。対する赤崎の武器は小粒の爆弾を貯蔵している実質鈍器のトランクと剣としても使える龍殺しの銃。
先程までの派手な光はなく、高い金属音が響く。時々、木がへし折れるような鈍い音や発砲の轟音が聞こえるが、戦いは一向に終わりの兆しを見せない。
死なない木偶と死にそうにない人は月下で舞い踊る。
夜明けまではまだまだ遠い。
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