第12話 朝の赤崎さん

「ふぁああああ~。」


 眠い。本当に眠い。職務中だと言うのに居眠りをしてしまいそうだ。

 久しぶりのオールがいけなかったのだろうか。二、三ヶ月前までは特に一日二日寝なくともこうはならなかったのだが、最近は規則正しい生活を送っていたのが原因だろうか。


「小隊長。眠そうっすね。こっちはもう3徹目なんすよ。」

「昨日は久しぶりに坂道ダッシュしてたからね。流石に堪えたんだと思うな。」

「重傷者一人を抱えて、山を全力疾走で下山してくることを坂道ダッシュの一言で終わらすのは小隊長か隊長ぐらいっすよ。しかも、道のないところを、豪雨と暗闇っていう最悪のコンディションの中で。」


 そうだろうか? まあ、いいか。


「それにしても、今日の早朝にひなちゃんが蛇の死骸を持って帰って来てたけど、鵜張はあれを倒せた?」


 本来なら今日、鵜張と赤月班は山に行って調査をするはずだったのだが、不慮の事態が起こって、それは結果的に解決となった。つまり、鵜張は今日あの蛇を相手に戦わなければいけなかったという訳だ。


「正直言って厳しいっすね。鱗が硬くて多分携帯してる銃は通ら無さそうっすし、目から攻撃とかして、一匹二匹なら何とかなりそうっすが、数十の大群としてこれると、、無理っすね。」

「確かに僕もあれを討伐するのはきついからね。」

「小隊長がダメならもうホントに隊長と副隊長ぐらいしか対処できないじゃないすか。」


 鵜張は僕を過大評価しすぎじゃないかな。


「そうかな。まあ、確かに地下への攻撃用の武器を持ってるの僕ぐらいだからね。」

「小隊長。本体の話って今してましたっけ?」


 ん? 地下まで頑張って潜って本体の蛇女を倒すという話だと思ってたのだけど。


「そのつもりだけど? あの蛇の大群なら鱗が硬かったとしても、口内からとかで何とかなるでしょ?」


 鵜張が呆れた顔をしているが何か変なことを言ってしまっただろうか。取り敢えず話を変えた方が良いだろうか。


「そう言えば、赤月班の様子はどう? 赤月君の怪我の程度は軽く知ってるけど詳しくは知らないし他二人もどうだった?」


 そう言うと鵜張は机の上においてある資料を漁って、三人の診断書を取り出した。


「まず、富岳桜さんっすね。彼女が一番軽傷で特に怪我とかは無かったっす。でも全速力で山を降りてたので疲労が凄いっすね。次に鹿吹君っすが、こちらも比較的軽傷っす。茂みの中を走ってたようなので掠り傷とかはありますが、そんぐらいっす。」


 二人は途中で会ったが、見た目通り軽傷だったのか。良かった良かった。


「最後、一番ヤバかった赤月君ですが、死にはしないようですが、骨に異常があるとのことっす。」


 全身の骨が折れたり、罅が入っていたし、当たり前か。心肺が停止しかかっていた状況だったということを考えたら儲けものだろう。


「後遺症か~。流石にウォルフは出ていくかな?」


 すると何だか鵜張は難しい顔をしていた。


「あ、言い方が悪かったっす。治るのが異常に早いと言うことっす。」

「ん?」


 どういう事だ?


「後遺症は無さそうで、数日後には完治する勢いらしいっす。」

「はや!?」


 人間の回復力じゃなくない?


「そうっすよね。私も骨折した経験あるっすけど、完治まで数か月かかったっす。意識も戻ってて。」

「あ、赤崎さんおはようございます。鵜張さんも。」


 振り返ってみると、包帯こそぐるぐる巻きだが、普通に立って歩いている赤月君がいた。


「昨日の土砂崩れの資料作成ですか? 手伝いますよ。」

「赤月君! 今日は安静にしといてくださいって先生に言われてるっすよね?」

「でも、風丸と西夢は、」

「二人は軽傷でしたが、赤月君は重傷患者なので安静にして貰わないと困るんすよ。」


 そんな元気な赤月君を鵜張が病棟の方に引っ張っていく。


「ははは、お大事に。」


 それにしても、診断の結果は真実なのだろう。

 ならば、その力は一体どこから。


「そう言えば、赤月君に推薦状を出したのはひなちゃんだったね。」


 ひなちゃんはその超回復を見て、ウォルフにスカウトしたのだろうか。いや、それはない。ひなちゃんもこの仕事に誇りこそ持っているものの、それを能力だけを見て薦めるような性格ではない。それとも、


「その呼び方は止めてくださいといつも言ってますよね。飛成副隊長か、せめて飛成と呼んでください。」


 噂をすれば、ご本人たちの登場だ。現ウォルフの最高戦力、副隊長の飛成睡蓮。世間では彼女のことを〝黒鎖の天使〟と呼ぶ者も少なくない。


「もっと崩れた言葉で良いのに。ひなちゃん、赤月君を推薦したのはひなちゃん? それとも、」

「勿論俺だ。」


 ひなちゃんの髪の中からポコッと黒い物体が現れる。いや、この表現は不適切だろうか。それと髪は一体化しており、髪の一部が変化して現れたと言う方が正しい。目のような半月型の2つの模様があり、その形や大きさで表情が伝わってくる。

 それの名はヘーテス。悪魔を自称しており、ひなちゃんにずっと引っ付いている。ひなちゃん曰く、記憶がある限りでは初めから一緒だったとこのこと。


「だから、その呼び方をやめてください。」

「十年ちょっと呼び続けてるんだから直らないかな。」


 ちなみに僕とひなちゃんとは十歳以上歳が離れているが、入隊時期は同じだったりする。


「入隊当時の年齢ならまだしも、私はもう今年で18ですよ。」

「まだまだガキだな。」

「ヘーテス!!」

「痛い痛い痛い!!」


 ヘーテスはいつも通り、ひなちゃんをガキ呼ばわりした結果、鷲掴みされて力の限り引っ張られている。いつも思うのだが、髪と一体化しているのにひなちゃん自身は痛くないのだろうか。


「ほら、ヘーテスもこう言ってる。僕からしてもひなちゃんはまだまだ、いや、一生かわいいお子様だよ。」


 まあ、ここはヘーテスに乗るしかないね。


「ふざけてますよね。」


 あ、不味い。調子に乗りすぎたかな。

 幻覚かな? ひなちゃんの髪が黒く染まっている気がする。


「ひ、ひなちゃん落ち着いて。」

「その呼び方をやめてくださいと言ってますよね?」


 やばい。ひなちゃん、笑顔だけど目が笑ってない。


「子供扱いはやめて下さい!」

「ああああ!!!」



◇ ◇ ◇



「ああ、酷い目にあった。」


 あの後、数十分間、鎖で締め付けられた。いつから暴力で解決する子になっちゃったんだろうか。


「自業自得です。」


 そして、彼女は現在、隣の机であの蛇と土砂災害の一件についての事務処理を行っている。最近は事務処理能力も僕より高くなってきている。若いって凄いよね。


「そう言えば、初め何か言っておりませんでしたか?」


 そういえば、聞きたいことがあるんだった。


「ヘーテス。赤月君を推薦したのはどうしてなんだい?」

「ああ、あのガキか? まあ、不思議な感覚がしてな。なんか不吉なもんが埋まってる気がしたんだ。」

「埋まっているというのは君みたいな感じということかい?」

「まあ、そうなるな。」


 どうやら、この世界に生きとし生ける物には己ではない何かが宿っているらしい。それが暴走して暴走現象が起こったりするらしい。で、ヘーテス曰く、彼はひなちゃんに宿っていたものに該当するらしい。

 で、ヘーテス然り、宿っているものは大抵不思議なものばかりらしいが、不思議な物筆頭のヘーテスが言うのだ。相当不味い物が赤月君に宿っているのだろう。


「じゃあ、戦いの場に出すのは危険なんじゃないかい? それが暴走でもしたら君でもどうにかできない可能性だってあるじゃないかい?」

「既に、覚醒しかかってるから近くで見ときたいんだ。あの再生速度、人のそれじゃないだろ?」


 確かに。昨日死にかけていた彼があそこまで回復しているのはどう考えても異常だ。


「じゃあ、僕預かりじゃなくて、ひなちゃん預かりにしたらどう? ヘーテスも近くで見ときたいでしょ?」

「いーや、ダメだな。理由は単純だ。睡蓮は教えるのが下手だ。しかも鎖を利用した戦闘スタイルを軸にしてるから、常人とは戦い方が根本から異なる。」


 まあ、確かに。でも普通の格闘戦ができない訳でもないし、射撃もうまいけどな。


「え~。じゃあ暴走した時どうするんだよ。」

「だからお前預かりなんだよ。」

「いつも思うけどみんな僕のことを過大評価しすぎだって。」

「お前はもっと自分に自信を持て。」


 そんなこと言われてもね。


「ひなちゃん。ヘーテスに何か言ってよ。聞き分けが悪いんだよ。」

「この件に関しては私もヘーテスに賛成です。」

「ホントに言ってる?」

「マジです。」


 ドンっ!とひなちゃんは机を叩きながら言う。そんなにマジになって言うことだろうか。衝撃で書類の山が崩れそうになってるし。


「あっ!」


 崩れちゃったか。仕方なくその書類を拾うのを手伝う。書類を拾っていると、珍しく英語で書かれた報告書が見つかった。


「何だコレ?」


 ひなちゃんに聞いて見るがまだ目を通していない様だ。日付、送り元を見てみると、朝に隊長経由で送られてきたようだ。

 一応英語は読めるので目を通してみる。

 それの題名は「異能覚醒者及び暴走現象の異常発生の件について」であった。

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