第10話 vs蛇2
半径十メートル程度の何もない野原。目の前には太さが子供の背丈ぐらいある巨大な蛇。障害物が何もないここでの耐久は少なくとも厳しいものがある。俺と蛇の距離は大体十メートルあるかないか。背後への茂みに入るためには数メートル下がらなければいけないが、下手にバックステップをすればコケる可能性もある。もし、そうなれば丸呑み、いや毒牙にかかって死亡。背を向けての逃亡も同様だ。背を向けて逃げる場合は茂みに入ってから。
「シャアアアア!!!」
思考を纏める時間もなさそうだ。
休みなく、蛇は俺目掛けて口を開けて突進してくる。
さあ、集中しろ赤月白摩。リミッターを外せ。全てを見通せ。あらゆる未来を想定しろ。
蛇の思考を想定し、先を読んで回避する。ぎりぎりで避けることを意識しろ。蛇にあと少しで食べられると錯覚させろ。策を弄する必要はないと思わせろ。
「ああああああ!!!」
まずは右眼だ。
腕の太さぐらいの木の枝を蛇に叩きつける。
蛇はひるみ、ダメージは確かに入ったようだ。しかし、目を潰すには至っていない。何より、蛇から目を奪って効果はあるのだろうか。
いや、それを考えても意味がない。俺は蛇の構造には無知だ。熱感知ができるとも聞いているが、それもどこまでかは分からない。ならば、出来ることをやるまでだ。
「っち!?」
飛散した蛇の毒が少し、腕に当たる。神経毒という訳ではなさそうだ。強酸と言ったところか。取り敢えず、その場の土とかで無理矢理擦り取る。この際、地中の菌などは気にしても意味がない。
熱いという信号が、痛いという信号が、脳に伝達される。
視界が歪む。まだ、一人になってから一分程度しか経過していない。だと言うのに体は重く息が上がっている。疲労は限界に達しているだろう。今にも倒れそうな感覚だが、それでも体は蛇の猛攻をぎりぎりで躱している。しかし、それも限界が近いだろう。
「あああああぁぁぁ!!!」
木の枝を蛇の頭に叩きつけようとするが、疲労のせいで手元がブレて思いっ切り空振りする。そのまま、蛇の胴体に掠り大きく吹っ飛ばされる。
「あぐっ!」
雨柔らかくなった土の上に落下する。今だけはこの豪雨の状況に感謝だ。だが、しかし状況は最悪だ。俺の体はもう動きそうにない。そして、蛇は今度こそ俺を丸呑みしようと、狙っている。蛇の胴体で周囲を囲うというおまけ付きでだ。
「ゲームオーバーか。」
流石にこの状況からの打開策はない。体ももう動きそうにない。もう俺にできることは何もない。敢えて言うならば、ここから落雷が起こって蛇をショック死させるというぐらいだが、それもないだろう。
耳鳴りが凄い、周囲の音もまともに聞こえない。
ここは大人しく、風丸達の無事を祈って目を閉じようか。
――諦めるのか?――
諦めるも何も体が動かないんじゃ何も出来はしねえよ。限界を超えたと言うアスリートもいるが、結局それは思い違いだ。限界は越えられないから限界なんだ。まあ、少なくともどうあがいても俺はこの蛇には勝てない。
――可能性はゼロという訳ではなさそうだぞ。――
限りなく小さいっていうのは結局ゼロと一緒だろ。
――では、その極小の可能性を切り捨てるのか?――
極小も何もそれは俺の行動に依存しない。つまり、俺が何をしようと無駄だってことだ。
――確かにそうだな。だが、最期ぐらい目を開けたらどうだ?――
蛇に食われる瞬間を目に焼き付けろってことか? 御免だね。
――死ぬ瞬間は一度きりだ。焼き付ける価値は俺にはあると思うぞ。何より、最期の最期でのどんでん返し。期待していない訳ではないだろ?――
起こる訳ねえだろ。そんなもの。
――布石は既に打ってあるだろ?――
何言ってんだ。そんな記憶ねえよ。
――騙されたと思って開けてみろ。――
わかったよ。
仕方なく誰かさんの口車に乗せられて、目を開いてみる。案の定、蛇は大口を開けて目の前まで迫っていた。
「ここまでか。」
しかし、蛇は一向に動こうとしない。時間が止まったかのようだ。
走馬灯だろうか。しかし、それにしては妙だ。雨はザアザアと振り続けている。俺の頭はついにおかしくなったのだろうか。
――現実を受け入れろ。蛇は死んでいる。――
そんなバカな。どこに死ぬ要素があった?
――蛇の頭を見てみろ。――
頭を見てみると、体内から長い金属の棒が蛇の頭を貫通していた。
「マジかよ。」
どうやら、蛇を殺したのはあの風丸が竹刀の予備として持っていたあの伸びる金属の筒であった。
茂みの中、風丸と共に逃げてる最中、風丸に貰って蛇の口に投げ入れたあれが今になって何かの拍子に作動したのだ。
そういや、コンクリートも貫通して伸びるやつもあるとか言ってやがったな。
「勝ったのか。」
しかし、勝利の余韻に浸かる暇もなく途轍もない激痛と疲労が体を襲う。どちらにしろ、救援が来ないことには俺の死は確定する。
「救援は、来るはずねえか。」
風丸達を逃がしてから三分も経っていないだろう。風丸達はまだ下山も終わっていないはず。よって、ここに助けがくる確率は限りなく低い。これこそ、完全に積みだなと思った。
しかし、数分して少し向こうの方から何かが結構な速度でバキバキと木の枝を折って、こちらに向かってくる音がした。まさかもう救援が来たのだろうか。
――期待しないほうが良いと思うぞ。希望からの絶望程、心にくるものはそうそうない。――
でもよ。こんな音出せるなんて、大きな武器を持った隊員か、この蛇ぐらいだぜ。野良の動物ではないでしょ。
「シャアアアア!!!!!」
だが、その接近してくる物体はそう叫んだ。希望が絶望に変わる。蛇は一体ではなかったのだ。
鳴き声と共に毒が飛散し、俺の体にも付着する。ただでさえ激痛でおかしくなりそうな怪我の上からさらに追加される激痛で気が狂いそうだ。体はもうボロボロ過ぎて悲鳴を上げる余力すらない。
しかし、気になる点が一つあった。それはこの蛇が俺を見ていないことだ。明らかに俺を認識しているはずなのに蛇はこちらに興味を示さない。ジーっと何かを警戒しているようであった。
そして、少しの間の後、その視線が俺のすぐ後ろに向いた。
「赤月隊員。救助に来ました。」
そして、そこからは聞きなじみのない女性の声がする。ウォルフの関係者だろうか。
「前回の人狼といい、あなたには驚かされてばかりですね。」
そう言いながらその女性は俺の前に出る。雲が途切れて月光が彼女を照らす。
豪雨の中だったと言うのに、彼女は濡れていない。まるで不思議な力に守られているかのように、汚れ一つない綺麗な制服と白い髪。それはまるで天使のように俺には見えた。
「ヘーテス。起きてる。」
「―っ!? お、おうさ。晩飯はかつ丼で。」
「寝ぼけてますね。」
彼女の頭から、黒い何かが現れ、白い髪を黒く染めていく。
すると明らかに蛇は後退し、彼女に恐れをなしていた。
「やっぱり、私ではなく、ヘーテスを恐れてますね。」
「お前みたいな小娘。誰が恐れんだよ。」
「小娘とは何ですか? 今年で18です。」
「はっはっは! 小娘じゃねえか。」
彼女はその黒い何かと話している。
「それにしても、この蛇は人狼と同じパターンですか?」
「そうだな。無理矢理こじ開けられている。同一犯だろうよ。この規模の怪物は鵜張の嬢ちゃんでも厳しいな。死者も出てねえし、まあ結果論、運が良かったな。」
明日の俺達の任務を知っているのか? まあ、同じ組織なら知ってても可笑しくないか。
「ああ、逃がさねえよ。」
金属がこすれる音と共に蛇は黒い鎖に拘束されていた。鎖は彼女の髪から出現している。蛇は必死に抵抗を試みているが身動き一つ出来ていない。
「一頭目。いえ、二頭目ですね。」
ドスッと一本の鎖が蛇の脳天を貫く。今になって理解した。赤崎さんがこの組織はまだ大丈夫であると言っていた理由がわかった気がする。
「ウォルフ副隊長。飛成睡蓮です。よろしくね。」
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