第9話 vs蛇

 視界不良の中、豪雨のせいで滑りに滑る茂みの中をパルクールの容量で全力疾走する。自画自賛になるだろうが現在の俺達はまるで忍者のようだろう。


「いいね忍者。忍者風丸参上! なんてな。」


 風丸は結構余裕がありそうだ。現在、俺達は獣道でもない茂みの中、全力で山登りをしているという状態にある。

 後ろからはバキバキと木々をなぎ倒しながら巨大蛇が俺達を追ってきている。追い付かれるのも時間の問題だろう。


「シャアアアアアッ!!!」


"バキバキバキッ!"


 真後ろの木が蛇に噛まれて粉砕される。ちらっと見えたが、木は少し腐食されていた。強力な毒牙も持っているようだ。

 それにしても蛇の鳴き声、字ずらだけ見ると、なんかめっちゃ喜んでる人みたいだ。


「それな。」


 お前マジで余裕しかないな。息切れもしてねえじゃん。


「普段から運動してるからな。」


 最近は俺もだよ。っていうか、そろそろ横に逃げるぞ。


「なんか策でも閃いたか?」


 いいや? 勘だが、そろそろここら辺が崩れる。


「土砂崩れか?」


 ああ。蛇と一緒に飲まれるのは何か嫌だ。多分だが、真上よりは真横に走った方が逃げられるだろう。


「俺は土砂の飲まれること自体御免だな。」


 まったくだ。

 現在の速度と木を利用して方向を変える。蛇もそれには付いてこれており、若干失速した俺達は蛇に余計接近される結果となった。


「あと一発こけたらお釈迦だな。」


 コケた後は死ぬだけだから、そこに思考のリソースを割くのは無駄だ。で、風丸、あれ持ってるか?


「ああ、あれ? 持ってるが。」


 一個くれ。


「いいぞ。」


 風丸はそう言って俺にそれを投げた。今更ながら、よくこんな茂みの中、引っ掛らず俺のとこまで届けられたな。

 まあ、いいや。

 それを蛇の口に投げつけた。蛇は狙い通りそれをなんの警戒もせずに呑み込んだ。しかしながら残念なことに結果は不発。何も起こらなかった。


「乙!」


 まあ、今後の布石になってくれることを祈ろう。

 

"ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!"


 音だけでなく、地面が少しずつ動き始めている。ここら辺は崩れる範囲内ということか。


「運ゲーか?」


 ああ。俺達が蛇と共に土砂に流されるか、蛇だけが流されるか、


「俺達だけが流されるか、だな。」


 俺達の勝利条件は土砂崩れに蛇だけが飲み込まれるということだ。

 足が地面に触れる度、少しずつ流動している感覚を覚える。


「来るぞ!!」


"ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!ゴ!!"


 風丸の声と共に上から凄まじい土砂が押し寄せてくる。蛇と一緒に土砂に飲まれるという結果となった訳か。


「諦めんじゃねえぞ!」


 風丸はそう言って、俺の手を掴んで一気に木を登る。確かに死んでないのに諦めるのは時期尚早だな。


「跳ぶぞ!」


 そう言って、風丸は俺を掴みながら木の頂上から、力一杯に跳んだ。


「シャアアアア!!」


 蛇は俺達目掛けて大口を開いて突っ込んでくる。しかし、その口が俺達に届くことはない。蛇は俺達に届く寸前で土砂に流されていった。そして、俺達が着地するまで残り一秒。もうどうすることも出来ず、土砂に埋もれて窒息死だろう。

 もう十数m先に土砂は流れていない。曲がる判断が遅かったか。風丸はここでは死なないと豪語していたが、現実はそう甘くなかったようだ。


「間に合った!!!」


 聞き馴染みのある声がした。


「「西夢!!?」」


 衝撃のあまり、俺と風丸のセリフが被ってしまった。

 西夢は何と、流される木々の上を走り、両手で俺達を掴んでいた。


「はいっ、はいっ、はいっ!」


 そのままリズムよく俺達を連れて、木から木へと跳び移って土砂崩れの範囲から外れた。


「ありがとう。助かった。」

「死ぬとこだったぜ。」

「どういたしまして。明日のご飯は贅沢するね。」


 命の礼が飯とは器がでかいな。


「明日はバーベキューよ!」

「よっしゃー!」


 風丸が一番喜んてる。まあ、俺もとても楽しみだが。それにしても、土砂災害を木を足場にして回避するとは。絶句するしかないね。まあ、深く考えるのは止めておこう。

 それにしても、


「バーベキューをするにしても場所がないな。」


 風丸の言う通り、俺達が住んでいたテント付近は土砂崩れで完全に流されている。つまり、また、家を失くしたということだ。


「そうだな。次どこに住もうか。」

「隊員用のアパートがあったはずだから、そこに住む?」

「それはつまらなくないか?」


 何でつまらないって話になるんだよ。


「確かに。アパートじゃ、ちょっとインパクトがないね。」

「お前らは何で家にインパクトを求めてんだよ。」

「重要でしょ?」

「重要だな。」


 不味いな。この中じゃ俺が少数派だ。多数決でも腕っぷしでも勝てる気がしない。


「まあ、でもここは班長の決定に従うしかないか。」

「そうだね。じゃあ、白摩。どこに住みたい?」


 う~ん。二人の目が怖い。気に入らない方向に行けば、間違いなく多数決&パワーで修正してくるだろうし、完全に積みの状況である。


「まあ、ここは取り敢えず、明日になって考えてもいいんじゃないか? いつまた土砂崩れが起こるかも分からないし。避難してからゆっくり考えると言うことで。」


 できることは時間稼ぎのみ。頑張って何かいい案を探すことにしよう。


「そうだな。優先順位はそっちが上だ。」

「風丸に同意。」


 見透かされてる気しかしないが、まあいいか。

 取り敢えず、町の方向を確かめようか。


"ゴゴゴゴゴゴゴ!!!"


 山を降り始めようかとしたとき、再び地鳴りが始まる。また、土砂崩れが起こるのだろうか。いや、何だが違う予感がする。


「西夢!!」


 俺は咄嗟に西夢を突き飛ばした。何でか分からないが、気が付けば体が動いていた。


「白摩!?」


 突然の行動に西夢は混乱している。俺も何で自分が動いたのかもわからず、めっちゃ混乱している。しかし、その行動は正解だった。


「シャアアアアア!!!!」


 西夢がさっきいた地面から、あの巨大蛇が飛び出してきた。


「嘘だろおい。」


 流石の状況に風丸も衝撃のあまり動けていない。巨大蛇でも、まさか、土砂崩れに巻き込まれた後、地中を移動して復活するとか、誰が想像できるだろうか。

 だがしかし、これで合点がいったこともある。この山は、特に開発も行われておらず、ここ数年土砂崩れとかの心配はないと言われていた土地であった。だが、もし、蛇が最近現れ、日常的にこのように地中を移動していたのなら地盤が脆くなり、土砂崩れが起こったことも説明できる。

 それにしても、この後ろにはすぐまた鬱蒼とした森が広がっている。


「西夢。なんか武器とか持ってない?」

「ない。さっきの救出の時、出来るだけ身軽で動く必要があったから、そういうのは流されたと思う。」

「真面目に木の枝ぐらいしかないぞ。」


 そう言って風丸はぶんぶんと腕ぐらいの太さのある木の枝をぶんぶんと振る。幸いなことに、土砂崩れのお陰でそのぐらいの木の枝は結構落ちていた。

 これで? あの鱗の塊を?

 確かに対人ならば大きな攻撃力になるだろうが、致命打になるかと言われると、


「無理だな。だが、痛覚を刺激することはできるだろう。嫌がらせ程度にはなる。」


 確かに相手は動物だ。面倒臭くなったら逃げるだろう。しかし、それが相手が空腹でないという前提だがな。


「そういうのは勝率がゼロだから考えないんだろ?」


 理解度上がってんな。


「二人の世界に入らないでくれる? 私は白摩の思考を正確に読めないから話について行けないんですけど。」

「ああ、すまんすまん。こっからは口頭でいく。」


 読心術は俺ではなく西夢に習って貰った方がこの先楽そうだ。


「では白摩。指示をお願いします。」


 さて、ここからは思考を切り替えよう。

 星の位置より、現在時刻は午後十一時といったところ。ウォルフからの救援は考えられない。蛇の情報はまだ行っていないことはほぼ確実。土砂災害の救助で忙しくしてるだろうし、もし手元に携帯があったのならば出動要請が届いているだろう。


「お前らに聞く。生存率が高い作戦か、低い作戦。どっちを取る?」

「じゃあ、高い方をお願い。」

「・・・」


 西夢は前者を、風丸は沈黙か。じゃあ、多数決にしておこうか。


「風丸は八時、西夢は四時の方向にダッシュ。」

「―わかった。」

「オッケー。」


 二人は俺の指示に従い、さっさとこの場から離れていく。ここで真正面から戦うのは無謀。かと言って、距離的に逃げるのも距離的に難しい。突進してくるだけの能無しなら問題ないのだが、囲い込んできたら終わりだ。ならば囮が一番確実だ。二人共馬鹿ではない。指示の意図には気が付いているだろう。


「さあ、こっち来いや!!!!」


 勿論、囮は俺がやる。木の棒を思いっきり投げるけて、蛇の聴覚と触覚を刺激する。

 蛇は当然のようにこちらに突っ込んでくる。絞め殺しに来られたら一発アウトだが、直に飲み込みに来る選択をしてくれて良かった。


「でらや!」


 蛇の突進をぎりぎりで躱し、ついでに目に一発、木の棒を叩きこむ。

 意外とダメージがあったようで、蛇は一瞬怯んだ。はてさて、これを何回繰り返せばいいのだろうか。風丸達が銃火器などの高火力装備を持ってくるまでの数時間。蛇から逃げ続ける。


「さあ、第二ラウンドを始めようか!」


 俺は疲労を紛らわすために無理矢理テンションを上げた。。


 

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