第4話 夏休みだし、それもアリか。

「へー、それで工業高校に。私と違って未来見てるっすね。」


 朝食を取った後、暇だったので俺と風丸は赤崎さんと鵜張さんと雑談をしていた。


「私は中学の時に受験に失敗して、そっから適当にウォルフに決めたって感じなんで。」

「こんなふざけた理由で入ってきて順応しているのはお前ぐらいだよ。」


 赤崎さんは鵜張さんの入隊理由に苦笑いしている。


「でも、順応できてるなら十分じゃないですか。高校とかでも順応できなくて不登校になる人は少なくないと聞きますよ。」

「そうっすね鹿吹君。天職だと思っておくっすよ。そう言えば君剣道やってるんだってね。私と少し勝負しないっすか?」


 そう言うと、鵜張さんはそこら辺の木の棒を取った。


「じゃあ、審判しますね。一発入ったら終わりということで。」


 下手に巻き込まれたくないので取り敢えず審判でもやっとこう。赤崎さんは少し距離を置いて二人を面白そうに眺めている。


「白摩、俺はいつでも行けるぜ。」

「私も。合図お願いっす。」

「じゃあ、よーい。」


 二人の雰囲気が変わる。今日は風丸も本気なのか、公式戦でも見せないような気迫を放っている。


「始め。」


 始めに動いたのは鵜張さんだった。一直線で風丸に向い、木の枝で横薙ぎする。

 風丸は一歩引いてそれをすれすれで避けて、隙だらけの鵜張さんに竹刀を振り下ろす。しかし、鵜張さんは体をひねり、地面を転がってそれを回避する。風丸はすぐに竹刀を横に振り、鵜張さんはそれを木の枝で受け止める。鵜張さんはそのまま竹刀を受け流し、一度距離を取る。

 そして、二人同時に踏み込もうとしたとき、


「そこまで! 鵜張、出動だ!」


 赤崎さんが気崩していた制服を正しながらそれを制止した。どうやら、通報が入ったようだ。


「じゃあ勝負はここまでということで、お姉さんはちょっくら仕事に行ってきますっす。機会があったらまたっす。」

「試合ありがとうございました。それではまた。」


 そう言って、赤崎さんと鵜張さんは町の中心めざして走っていた。


「愉快な人達だったな。」

「そうだな。雰囲気がよかった。」


 命を預ける関係上、仲が悪いと死ぬというのが実状だろうが。


「俺達も帰るか。」

「どこに帰るつもりなんだよ。」

「あっ。」


 そうだ。こんがり焼けてたんだった。


「泊めてくんない?」

「すまんが無理だ。ここ数日は帰らないことを良い事に大家さんがリフォームをするって言っててな。俺も帰る家がないんだ。」

「マジかよ。ここで野宿するか?」

「嫌だよ。同じ組織に朝奢ってもらって夜は補導されるってなんか嫌じゃん?」


 確かに申し訳ない感が半端じゃない。近くにホテルってあったっけ?


「ネカフェで夜を過ごすか?」


 ネットカフェ。名前は聞いたことあるがどんな場所かは知らないな。


「風丸は行ったことあるのか? どのくらいの値段なんだ?」

「知らね。俺も行ったことねえよ。というか近場にあるのかどうかも知らね。」


 少し調べてみたが、ここら辺にはネットカフェもホテルもないようだ。まあ、当たり前と言えばそうなる。都市間を移動するようなこと、最近やっと行われ始めたのだ。需要が今までなかったもんだから、ホテルもほとんどない。


「じゃあ、真面目に野宿か?」

「それは辛いもんがあるな。そうなると、誰かの家に泊まらせてもらうしかねえな。」


 と言うことで、俺達はスマホを取り出して、龍太郎に連絡をした。



◇ ◇ ◇



 現在、俺と風丸は山の中にある開けた野原に来ていた。キャンプ場には打って付けの場所だが、周囲に人は見られない。

 龍太郎の家に転がり込む計画はどうなったかって? もちろん失敗したさ。用事と言うのは結構大変なことだったようで、既読すらつかず、完全に音信不通だったのだ。


「テントの設置終わったぞ!」


 風丸の方を見てみると初めてとは思えないほどしっかりとしたテントが張られていた。


「こっちも薪集めも終わったぞ。」


 龍太郎と連絡が取れなかったので、俺達はどうしようかと考えた結果、どうせなら山でキャンプをしようとなった。夜の町が危険なら山の方が安全なんじゃねという安直な思考の結果だ。


 まあ、一番の理由はキャンプしてみたかったというのがあるのだが。

 気が付けば、空はオレンジ色に変わっている。早いとこ火を起こさねば。


「ライター持ってるか?」

「チャッカマンなら持ってきてる。」


 こんなこともあろうかと、しっかりテントの調達と共に買っておいた。時間がもう少し早かったなら、日の光を虫眼鏡で集めて着火してみたかったのだが、それはまた次の機会と言うことで。




 焚火がパチパチと音を立てている。俺達はその上で湯を沸かし、カップ麺を啜った。

 何か作れよ、だって? 急にそんなことをやっても失敗するに決まっているだろ。金もあんまりないんだし。じゃあ、なんでテントなんてものを買ったんだって? それはそれ、これはこれだ。


「空を見てみろよ。すげぇ星空だぞ。」


 風丸に促されて、俺も空を見上げた。


「うおぁー。」


 気が付けば辺りは暗くなっており、空には満天の星空が広がっていた。明かりの多い街中からでは見られない美しい空。今日は運よく雲の一つもなかった。理科の教科書に載っていた星空は本当にあったんだと、少し感動すら覚えた。


「こういうのってスマホだと残せないのが残念だよな。」


 高性能な奴は知らないが俺のスマホカメラのスペックでは暗いという情報しか得られないだろう。


「逆にそれがいいじゃないか。残せないからこそこの瞬間の価値が高まる感じで。」


 風丸は意外とロマンチストなのだろうか。

 まあ、でもこんな綺麗な星空を見ていたなら、そうも思えてくる。昔の人はこの景色が日常だったのだろうか。手を伸ばしても届かない遥か彼方に浮かぶ星。俺達が生きている間に人は宙へと本格的に駒を進められるのだろうか。


「白摩。お前、ウォルフの話どうするんだ?」


 風丸は夜空を見上げたまま、俺に聞いてきた。今日実際にウォルフの人達と話して心境の変化があったのかを知りたいのだろう。


「普通に考えればなしだな。」

「お前は普通でいいのか?」


 普通か。どうだろうな。


「少なくとも無難に生きていけるだろうな。それでまあ寿命で死ねれば幸せなんじゃね?」

「お前は無難に生きることに人生を賭けるのか?」


 なんか話が壮大になって来たな。


「無難に生きてそのまま死ぬ。結果を見ればお前は普通に人生を捧げるわけだ。」

「無難が悪いっていうのか?」

「悪いかどうかを決めるのはお前だ。」


 決めるのは俺か。でも経験してみないと良し悪しわかんないしな。何より今決めるのは急な気がする。


「それを決めるのはもっと後でいいんじゃないか? 就職のタイミングとかあるし。」


 そういう選択は節目節目でやっていくものだろう。


「今こそ、その節目なんじゃないか? 少なくともお前はつい先日死にかけて、警備隊からの勧誘を受け、そして今日帰る家を失くした。」


 確かにそう言われると節目な気がする。


「じゃあ、俺は何をすれば良いんだ?」

「知るか。自分に聞け。俺はあくまでも今こそお前の人生の分岐点なんじゃないかと思っただけだ。」

「そうだな。考えとく。じゃあ、参考程度にお前は何を目標にして生きていこうと思ってんだ?」


 他人に言うのなら、風丸は何かしらの目的があるのではないかと思い、聞いてみた。


「そうだな。俺は面白い走馬灯を見るために、ってところか。」


 なんか達観してるな。お前人生二週目だったりするか?


「で、それは現在うまく行っているのか?」

「少なくとも、愉快な奴らとつるんでるからな。」


 おい、それって遠回しに俺と龍太郎を馬鹿って言ってないか?


「安心しろ。お前は十分馬鹿な奴だ。」

「だから、その読心術どこで覚えたんだよ。」

「さあな。まあ、迷ってんだろ? どうせ一度の人生だ。やってみたらどうだ?」

「さらっと勧めやがるな。」

「だって、物語としてはそっちの方が面白そうだろ。」


 鬼かよ。


「俺が速攻で死ぬ悲劇になりそうだな。」

「ワンチャン喜劇?」

「人の死を笑いにする喜劇は見たくねえな。」


 そういうのは無限蘇生できる世界でやってくれ。


「同感だ。お前が死んでるなら俺の死亡確率も上がるからな。」

「ん?」


 こいつ今、何て言った? 俺が死んだら何でお前も死んでるんだ?


「なぜって、物語を見るなら近くにいないといけないだろ? なら、お前が入隊するなら俺もするのが必然だろ。」


 おうおう。こいつは俺を主人公とでも見ているのか?


「今まで疑惑だったけど確信したね。お前は主人公だ白摩。」


 だから、その読心術どこで覚えれるんだよ。


「生まれつきだ。転生して出直してくるだな。」


 じゃあ、俺死ぬじゃん。


「大丈夫だ。百年後に死んで、十年前に転生してくればいい。」


 おお。俺いつの間にか120歳ぐらいまで生きてるんですけど。


「できないのか?」


 できる訳ねえだろ。


「まあ、そろそろ結論を聞こうか。」


 まだ何も思考が纏まってねえよ。


「わかった。三分間だけ待ってやろう。」


 懐中電灯を風丸に向けて放つ。


「バルス!」

「目が、目がぁ~!!」


 

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