第3話 我が家死す。

 夏の朝は早い。5時頃には既に日は昇っており、この高層建築が立ち並ぶ町を照らしている。

 そんな中で、ビシバシと竹刀の音が聞こえてくる。


「はぁ、はぁ、おい風丸。お前速くねえか。ちょっとゆっくり行こうぜ。」

「体力づくりしようと言い出したのはお前だろ? 弱音を吐いてないでさっさと行くぞ。」


 そして、俺はそんな人通りの少ない町の中で風丸と共にランニングをしていた。風丸は遅い俺を後ろから竹刀で叩いてくる。

 普段からの日課なのかと聞かれればノーである。前の人狼事件で、俺はもしものときに逃げれるだけの体力が欲しいと思った。確かに相手を倒す力も欲しい訳では無いが、それはウォルフとかに任せればいい。でも、その戦っているところから逃げ出すための体力が欲しいと思ったのだ。


「お前、いつもこんなことしてたのか?」


 俺があまりにも体力がないということで、風丸は3kmあたりで休憩を挟んでくれた。


「ああ、慣れればそれほど苦でもない。軽くジョギングしてるだけだからな。」

「そのジョギングで俺はバテてるんだが。」

「それはお前の体力がないだけだ。」


 仕方ねえだろ。こちとらまともに運動してる人間じゃねえんだ。


「まあ、朝っぱらからの激しい運動は体に悪いと聞く。お前も一緒にやるなら少しメニューを考えてやる。」

「それはありがたい。」

「それはそうと、今日ぐらいは本来のメニューで行かせてもらうぜ。」

「マジかよ。」


 結局俺はこの後、7km走らされた。



◇ ◇ ◇



「お前って、なんでジョギング始めたんだ?」


 ジョギングを終えて家に戻るまでの道中、俺は風丸に聞いてみた。昔はやっていなく、高校に入ってからし始めたようなので気になったのだ。


「やっぱ、出会いを求めるため、とかか?」

「ダウト。どうせ暇つぶしとか体力づくりだろ。」

「正解。暇つぶしを兼ねた体力づくり。剣道部に所属してる手前、最低限体力があった方が良いだろ? サボり魔だけどちゃんと部員として最低限のことはやってますよってポーズを取っとかないと。」

「お前、根は真面目だよな。」


 こいつは中学の頃から、幽霊部員、サボり魔を自称しているが、根が真面目なので定期掃除や大会準備などはしっかりと参加していたりする。


「それにしても、最近の事件発生率お前はどう見る?」


 風丸は唐突にそんなことを聞いてきた。確かに人狼事件があってから早二日。

 人狼のように体を獣や化け物に変質させて、暴れるという事件が複数箇所で起こっている。幸運なことにウォルフの警戒レベルが上がっており、どれも人狼の時ほどの被害は出ていないが、それでも被害が無い訳ではなかった。


「さあ、でも大戦当時は当たり前だったんだろ? 今までの期間が異常だったんじゃないか?」

「そうは言いきれないんだなこれが。暴走が起こる条件は大戦で仮説段階だが明らかになっている。」

「――聞いたことないぞ。」

「そうだろうな。英語の論文だったからな。マイナーどころか都市伝説レベルの内容だし。」

「英語読めたのか?」


 こいつそういや英語の点数はいつも良かったよな。


「少しな。大抵は翻訳アプリとかを通してる。まあ、それによると暴走するやつは大抵自殺予備軍だった傾向があっ、―」


 突然、風丸は前を向いて呆然としていた。


「おーい。どうし、た―」


 そして、俺も目の前の光景に呆然とした。

 俺の住むアパートは轟轟と炎上しており、今すぐ消火できたとしても俺の部屋が焼失していることは明確であった。


「俺達の宿題が―」

「お前の心配はそっちかよ。」


 風丸は宿題のことを気にしている。まあ、正直住んでからまだ半年、愛着が無い訳でもないが、俺も宿題のことぐらいしか、心配していなかったりする。パソコンは学校だし、金は銀行にあるし、家具が焼けたのは痛いが命あっただけ良かったとしておこう。


「すいません。ここに住んでた者なんですけども何かあったんですか?」


 近くに暇そうなウォルフの人がいたので聞いてみた。


「ああ。それは災難でしたね。あっ、大した事件が起こったっていう訳でもないんです。実はここの住民の所有するドローンが暴走して、それがアパートの壁に激突して、結果そこが火元になったようです。」


 警備隊員の視線の先を見てみるとそこには何とも言えない顔をしながら連行されていく、男が一人。

 彼の名前は野崎来正のざき くるまさ。下の階に住んでいる大学生で二留している。


「野崎さーん。なにやってるんすか。」

「いやー、ごめんよ。弁償するからできれば恨まないで。ちょっと計算ミスっちゃって。上下左右が逆になっちゃったんだ。」


 この人は機械弄りが趣味なのだ。既に大学の仲間と起業しており、金もまあまあ持っている。

 なんでこんな町中心から外れたボロアパートに住んでるのかだって?

 彼曰く「ここって町の中心からちょっと離れてるから土地があって遊びやすいんよ。」らしい。

 そんな彼を見送りつつ、朝飯をどうしようかと考えていると隊員の一人がこっちにやって来た。


「君たちここの住人だよね。せっかくだし一緒に朝ご飯行かない? 慰めにはならないだろうけど奢るよ。」

「ごちになります!」

「よろしくお願いします!」


 ということで、やさしい隊員さんと俺達は近くのファミレスに入っていた。


「僕の名前は赤崎俊也あかざき しゅんや。ウォルフには高卒で入隊してね。今では小隊長をやっているよ。」

「俺は赤月白摩、高校生です。施設育ちで今年の春からあそこに住んでいました。」

「俺は鹿吹風丸。白摩とは違う施設育ちでここじゃない近くのアパートに住んでます。夏休みが始まってすぐからはこいつのアパートで宿題合宿をする予定だったんですが。」


 俺達は注文をすると自己紹介から始めた。赤崎さんは三十歳ぐらいで身長も180㎝を越えてそうな人だった。髪は茶髪で地毛だそうだ。


「それは災難だったね。朝はどうしてたんだい?」

「白摩が体力づくりしたいっていうから近くを走ってました。そう言えば、赤崎さん。なんでウォルフに入ったんですか? 個人的には結構大変な職業だと思うんですけど。」


 風丸は俺のことを気遣ってか、そんなことを聞いてくれた。


「人を助ける職業っていうのに憧れてたっていうのもあるんだけど、今だからわかる話、始めは自殺願望があったんじゃないかな。」

「死に場所を求めてたって感じですか?」

「まあ、そうなるね。大戦後の世界は荒れてたからね。で、何もない時代だったからね。頻発する暴走現象による事件で家族を失って、精神的に生きるのがしんどくなってたんだろうな。」


 数十年前に終わった第三次世界大戦。十年戦争とも呼ばれる世界から国という枠組みを奪った大戦。北極から南極、海底から空まで全て戦場とした悲惨な戦いと言われている。そして、それは当初想定されていたような核戦争の被害を大きく上回ったのだとか。


「まあ、そんな気持ちでできたばかりのウォルフに入隊して、いろいろと経験したさ。結果的に見て楽しくやれてると思うよ。」


 一瞬、表情が曇った気がした。辛いこともたくさん経験したのだろう。


「じゃあ、赤崎さんはもし僕達が使える人材だったとして、ウォルフに勧誘できますか?」


 なんか、風丸の質問が面接味を帯びてきた。


「ん~。そうだね。」


 そう言うと、赤崎さんはこちらをちらっと見た。


「僕ならおすすめしないかな。必要な職業ではあるけど、みんなのために死んでくれと、人殺しになってくれと言えるほどの胆力は僕にはないよ。知ってるかい? 直近のデータだけど、入隊してから五年間での死亡率は50%なんだ。」

「は?!」


 思わず、大きな声が出てしまった。朝早いということもあって人が少なくて良かった。

 それにしても50%。確かに人狼の事件の状態を考えると妥当な値なのかも知れない。


「更に言うと40%は隊をやめている。」

「マジかよ。つまり、10%しか残っていないということか?」


 風丸は死亡率についてはある程度予想がついていたようだが、五年で同期が一割程になるという事実には驚いていた。


「僕たちの相手はただの人ではないんだ。人の枠から外れた狂った超人。必然的にその対処に当たる僕たちは簡単に死ぬ。そして、対処できてもそれは人殺しと変わらない。精神を病んでやめていく部下を僕は何人も見てきた。自衛がしたいのなら隊に入る必要もない。申請して銃を買うだけで十分なんだ。仲間を失うのは何とも言えない感覚だよ。」


 赤崎さんは何とも言えない顔でコーヒーを啜った。

 辛いことを経験したのだろう。


「あっ、小隊長じゃないっすか。」


 突然、別の席からこっちに向かって声が飛んできた。声の方を見てみるとそこにはウォルフの制服を着た女性がいた。


「鵜張か。おはよう。鵜張もここで朝食かい?」

「おはようございます。任務帰りです。そちらの方々は? 入隊希望者ですか? やめといた方が良いですよ。ロクなとこじゃないんで。」


 青髪で歳は俺達より少し上だろうか。この人も赤崎さんと一緒で入隊を誘うことはないようだ。


「いいや。アパートの火事があっただろ? そこの住人だったから一緒に朝どう?って誘っただけさ。こっちが赤月君。こっちが鹿吹君。」

「赤月白摩です。高1です。」

「同じく高1の鹿吹風丸です。」

「へー。よろしく。私は赤崎小隊所属の鵜張春香うばり はるかっす。それにしても赤月白摩君ね。君、ウォルフで今ちょっとした有名人だよ。」


 心当たりしかないが、一体どういう印象を持たれているのだろうか。


「鵜張。そういうのは言うだけでプレッシャーになるんだ。」

「以後気をつけるっす。まあ、でも本人には伝えておいたほうがいいんじゃないすか?」

「あのことをかい?」

「そう。副隊長が入隊を誘ったということを。」


 嫌な予感というのは当たってしまうのか。


「白摩が副隊長に勧誘されたことに大きな意味があるんですか?」

「普通はないんだけどね。ただ、実戦の動きを実際に見て判断したということは彼女自身は結構本気だということ。副隊長となるとね顔が広いからね、ひなちゃっ、ゲフンゲフン。彼女自身はやらなくても、もしかしたら周りが勝手に進路を固定化されちゃう恐れがあるってこと。」

「白摩乙!」

「マジですか。」


 俺は今日一番の大きなため息をついた。

 

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