第2話 昨日はいろいろありました。
「めっちゃ知ってる天井だ。」
俺は寝起き早々そう言った。
俺の視界に飛び込んできたのは自宅の天井。高校に入ってから、つまり、孤児院から出た後は毎日、ベットに入るたびに見てきたものであった。
何があったか覚えていないとは言わせない。俺は確かにあの人狼の巨体に超スピードで突進されたはずだ。それなら少なくとも病院のベットで寝ているのが普通というものだろう。
もしかしたら、という不安に駆られ、俺はベット横にいつも置いてあるデジタル時計を確認する。そして、人狼事件は昨日起こったことであることをことを確認した。
「良かった。」
思わず言葉が零れた。長期間、意識不明であったという線を考えたがそれはないようだ。
ベットから降りて体を一通り動かしてみる。
「不思議なこともあるもんだ。」
違和感は一切なく―、いや、違和感がある。なぜって? 何なら昨日よりも健康になっている気がしたからだ。
それにしても、昨日のことを振り返ってみて、俺は昨日の俺に疑問を抱いた。当たり前だ。普段の俺にあの怪物を相手取れる胆力も技術もない。しかし、あのときの俺は全身を見事に操作して人狼と戦っていた。
あのときの俺は俺ではなかったのではないかとも思えてくる。
まあ、これ以上考えても無駄だろう。取り敢えず、服を着替えて朝食を取りにリビングに向かう。テレビついているが、誰かいるのだろうか。そういえば、風丸がいるのかもしれない。
「トイレにでもいるのか?」
そう呟いてトイレの方に振り返ると、後ろから強い衝撃がきた。
「心配したぞコノヤロー!」
「あっ痛!?」
後ろから風丸が飛びついたという形になっており、俺は現在風丸を負ぶっている状態だ。
「重いから一旦離れろ!」
そう言って振り払い、朝食の準備をしようとするが食料がないことを思い出した。
「頭抱えてどうした?」
「飯がないんだよ。昨日商店街に行ったのはそのためだったんだが、」
「ああ。それなら問題ないぞ。」
風丸はもしかして、菓子類などを大量に持ってきているのだろうか?
「いいや。それは昨日食べきった。」
なんで言ってないのに分かるんだよ。まあいいか。
で、何で問題ないかだったな。そう言えば、さっき風丸は「心配したぞ」と言っていたな。俺のことは誰かから聞いたのだろうか。
「お前をここに運んできた人がいてな。その人が『些細な気持ちだけど。』って言って渡してきたんだよ。中身は米とか肉とか野菜だっだぜ。取り敢えず、米以外、冷蔵庫に詰めといたぜ。」
冷蔵庫を開けると、普段では到底買えないようなちょっとお高い食材が並んでいた。
「あと、起きたらそれをお前にって。」
風丸は俺に手紙を差し出してきた。
「これって、ウォルフの?」
手紙は水色と白を基調としたデザインでウォルフ警備隊のマークが印刷されていた。シールをはがして手紙を開く。
「何て書いてあったんだ?」
「一枚目はどうやら感謝状。二枚目は、、勧誘?」
一枚目の内容は人狼の討伐についてだった。やはり、昨日の出来事は夢などではなく現実で俺は実際に銃を持って戦ったのだろう。人狼は右眼から侵入した弾丸によって脳を損傷したらしく、最終的にはそれが致命傷となって死亡したらしい。
なんかこの書き方、俺が倒れた後も何かあったようだな。というか、服の状態から察するにえげつない怪我してたようだし、誰かが治してくれたのだろうか。
取り合えず、手紙には一般的に判明している事件の概要と俺の行動によって被害が商店街一つで収まったということに関しての感謝の念が綴られていた。
「あれじゃね? ウォルフは使える奴なら誰にでも声かけてるらしいし、お前の行動はスカウトマンの目に留まるようなことだったんじゃねえか?」
風丸はそう言いながらまるでここが彼の自宅かのように自然な動作でテレビをつける。
『続いて昨日の商店街の事件についてです。』
テレビでは上空から見た現在の商店街の姿が映し出されていた。
『火災についてですが、既に消火されております。』
商店街のほとんどの建物は無残にも焼け落ち、今にも崩れそうな鉄でできた骨格や炭化した柱などだけが残っていた。
『ウォルフ警備隊より死者は13名、怪我人は50名程度との発表が先程なされました。また、一般人の死者はなかったようで、ウォルフ警備隊は今後、事件の真相について調査を進めていくとのことです。』
その後もいろいろな媒体で昨日の事件の情報を集めてみたが、どうやら被害が大きくなった理由として単純にあの人狼が強かったということだけではなかったらしい。
興味半分で押し寄せた野次馬が邪魔で警備隊の到着が遅れたり、場所が狭く多対一である戦況をうまく活かせなかったなどいろいろと出てきた。
「警備隊もいろいろと大変だな。」
心からそう思う。一体こんな組織を立ち上げた人はどんな聖人だったんだろう。
「で、お前はそこに行く気はあるのか?」
「今のところ一切ない。俺が人のために死ぬような場所に身を置くと思うのか?」
「ない―、とも言い切れないんじゃないか?」
「どういう事だ?」
そう聞くと、風丸はごそごそと携帯を取り出す。
『男なら、人生に一度はやってみたいことがある。』
まさか、?!!
『怪物退治。この赤月白摩がなさしてもらう!』
「やめろぉぉぉ!!!!!!」
風丸から携帯を取り上げようと必死に手を伸ばすが、風丸は俺の足を引っかけて転ばせた。
「ネットでバズってたぜ。残念ながら映像の方が機能していなかったことが悲しいが、それが記録された時刻、場所からネットでは本当にただの一般市民が人狼を撃破したって騒がれてる。」
風丸はとても面白そうにネットの反応を見ている。
そう言えば、風丸は俺が人狼を撃破したことを疑わないのだろうか?
「白摩お前。俺がお前が人狼を倒したことを疑ってないのかと聞こうと思っただろ?」
「お、おう。」
心を読まれた。どこで習えんだその読心術。
「生まれつきだ。転生して出直してきてくれ。」
俺に死ねと?
「百年後に死んで十年前に転生して来てくれ。」
俺が120歳まで生きれるとでも思っているのか?
「馬鹿は風邪を引かないんだろ?」
否定できないな。話を戻そうぜ。
「そうだな。話を戻して、まあ、全く疑ってなかったと言われれば嘘になるな。確かに警備隊員がバタバタと倒れていく中、お前はその隊員が落とした銃で人狼を倒したとなると疑問点がいくつか出てくる。だが、人狼がお前を脅威と認識せず、警備隊員を脅威と認識していたのならお前が勝利した事実も合点がいく。」
勘が良いと言えばいいのか、風丸は結構鋭いところにいつも気が付く。
「そして、服の状態から察するに相手が突っ込んでくるタイミングに合わせて銃でも撃ったのだろう。普通なら骨とかに阻まれていたのだろうが、目とかに撃ち込んだろう。相討ち覚悟とはかっこいいな。」
最後、少しからかわれた気もするが、それ以上になんでこいつは見てもない物を推測で言い当てれんだよ。勘が良いとか今まで思ってたけどここまでくると怖いよ。
「って話はお前を運んできた人から聞いた。流石の俺もここまで正確には予想できん。せめて、油断してるかどうかぐらいだと思う。」
「それでも十分だよ。」
そういえば、俺を運んでくれた人はどんな人だったんだろうか。
「俺を運んでくれた人はどんな人だった? 手紙も直筆ぽかったし、機会があればお礼とかもしたいんだが。」
「機会か。それこそウォルフに入るしかないんじゃないか?」
「それもそうだな。で、どんな人だったんだ?」
そう聞くと、風丸は少し考えてから答えた。
「そうだな。凄い美人さんだったぞ。身長は俺と同じか少し上。髪は腰ぐらいまであって綺麗な白色だった。身長も俺と同じか少し高いか。あっ、胸はまあまああったぞ。」
こいつはどこを見ているんだろうか。
「歳は18ぐらいか。胸辺りに銀色のウォルフの紋章が付けられてたと思う。」
ん? ちょっと待て。こいつ今何て言った?
「風丸。それって本当に銀色の紋章を付けてたのか?」
「ああ。嘘をつく必要もねえしな。」
マジかー。ちょっとこれはいろいろと不味い気がする。
「どうした? そんな困ったみたいな顔して。なんか問題あったのか?」
「問題はあると言えばあるし、ないと言えばないな。」
「なんだその微妙な返答は。」
「その人、多分ウォルフの副隊長。つまりナンバー2だ。」
「マジで!? あの〝黒鎖の天使〟? あれが? そうには見えんかったな。」
風丸の口ぶりはまるで〝黒鎖の天使〟の戦いを見たことがあるかのようであった。
「見たことあるのか?」
「いいや。でもそこまでの力を持っているように見えなかったんでな。でも、まあ、納得と言えば納得だな。」
風丸が何に納得したかは知らないが、正直そのことはどうでもいい。
「まあ、それは置いといて、問題なのはそのナンバー2直々に勧誘を受けたってことなんだよな。自意識過剰であったなら良いんだが、彼女ってさ聞いてる話だと結構、組織の内外問わずファンがいっぱいいるらしいのよ。それで俺が彼女の勧誘を蹴ったって知られたらどういう扱いになるか分かんないじゃん。」
「それはお前の自意識過剰だ。―と言いたいところだが、俺にはウォルフの組織内がどうなってるか分かんないからわかんないな。でもまあ、杞憂だろ。」
「確かにそうだな。」
まあ、心配事もなくなったということで、俺達は話を切り上げ、忘れていた朝食を取った。
「そういや、龍太郎は?」
「急用ができたからしばらくは無理だとよ。」
「それは残念。」
3人が揃うのは先になりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます