第1話 え~っと、事件です。

「ただいま。」


 誰もいないマンションの一室に無意味な声が広がる。一人暮らしだから当たり前か。

 いつものように机のそばに鞄を置いて、制服から楽な普段着に着替えながらさも当たり前かのようにスマホを起動して動画を視聴する。


『力学っておもしろい!?』

『必見!!高校数学の裏技集!!!』

『流行りのあの曲を本人が歌ってみた!!』

『通販で買った薙刀の質、調べてみた!!!』

『遂に発覚!?? 第三次世界大戦の真相!!』


 どうでもいいような動画をダラダラと見続けて、ただただ時間を消費する。漠然と押し寄せてくる将来への不安を必死に無視して、何も考えずにただただ時間を浪費する。

 いつの時代も大抵の弱者はいつも現実から目を背けて、限界まで見ないように無駄な努力をする。多分。

 無駄な論理展開は止めて、明日からは努力しようと思って今日で何度目だろうか。

 旧型の機械ではあるが、こんな過ぎた技術の塊を俺達は本当に扱っていていいのだろうか。そんな不毛なことを考え、音楽を流しながら、脱ぎ散らかした制服をまとめて洗濯機に入れていく。


 なんか今日の俺、えらくナレーションかかってんな。まあいいか。


『先日、種子島において宇宙開発における資料を新たに発見したとの情報がありました。学者チームは理解と検証を急ぎ、成果は一か月以内に出すとの声明を発表しています。』


 何かに拍子にテレビがついた。ニュースをやっているということは四時くらいだろうか。この後もニュースが続くので取り敢えず付けっぱなしでいいか。

 グゥーと腹の虫が鳴く。

 何か軽く食べれる物が無いか冷蔵庫を開く。しかし、そこには虚しくもほぼ空っぽの中身が広がっていた。


「あっ、晩飯の具材買ってなかった。」


 しまったな。そういえば、昨日で余り物も使い切ったんだった。非常食ですましてもいいが、それは本当の非常事態に取っておこう。これでは電気代の無駄ではないか。

 時計を再確認してみると午後四時を少し過ぎた頃。余程のことが無い限り、夜まで長引くことはないだろう。


『次のニュースです。最近、突如として能りょ―』


 テレビを消して、財布とお守りのビー玉を持ってマンションを出た。



◇ ◇ ◇



「暑いな。」


 照りつける太陽が元より少ない体力をジリジリと奪っていく。立ち並ぶ高層ビルやマンションのお陰で影があることが救いだろうか。ビルに設置されているモニターが随時、水分補給を促す内容を発信しており、ここ最近ずっと同じ内容なので流石にイライラしてきた。映画とかの宣伝にでも利用したらいいのにとか、いつも思う。

 今向かっているのは近くにあるスーパーではなく、少し離れた所にある商店街だ。理由としてはただ単にスーパーは値段が高いからだ。金欠人にはその値段の差が死活問題であった。

 バイトはしてないのかだって?

 そんなことをしたら多分留年する。俺はそれほど頭が良い訳ではないからな。

 学業を生業とする高校生がバイトに力を入れて留年したとなっては目も当てられない。まあ、そう言う馬鹿は結構いるらしいが。

 今更ながら、いろいろ教材を買わされる今の高校に入ったのは間違いだったのではないだろうか。


「よう、白摩。これから商店街か?」


 横断歩道を渡った先で、スーパーのポリ袋を竹刀に吊り下げた白髪の男が声をかけてきた。

 同級生の鹿吹風丸しかぶき かざまるだ。

 数少ない学校でよく喋る俺の友人の一人であり、何かしらの剣術を修めているらしい。しかし、剣道部では常敗の男であり、周りからは目立つための嘘ではないかと噂されている。

 俺とら付き合いも長く、こいつとあともう一人で昔からよくつるんでいたが、こいつが喧嘩で負けたことはない。なので、俺は何かしらの武術まあ多分剣術をやっていることは確かだとは思っている。思っているだけだが。

 まあ、取り敢えずこいつはどこにでも竹刀を持ち歩いている変人である。


「ああ。まじでだるいんだけど。代わりに行ってきていろいろ買ってきてくれよ。」

「俺に依頼するなら報酬として軽く一万は貰うぜ?」


 一万は流石に辛いな。百円とかだったら考えたが、きっぱりと断ることにしよう。


「やっぱその話は無しで。」


 流石にパシリは出来なかったかと落胆しつつ、自分の足で歩いて行くことを決意する。


「部屋って勝手に上がっといて良いか?」


 風丸はそう俺に聞いてきた。

 実はこの後、俺とこいつともう一人の三人で宿題を我が家でやるのだ。それで風丸は今から家に向かうつもりなのだろう。


「良いぞ。ちょっと遅くなるかもしんねえし。パスワード憶えてるか?」

「勿論。」


 「ほなさいなら」と風丸は俺の家の方へ歩いて行った。


 俺は風丸と別れて、路地裏の裏道を使って商店街へと向かう。裏道を使うのは近道だからなのだが、それでも商店街までは徒歩で三十分はかかる。時間の無い学生に往復一時間というのは勘弁してほしい。


「おっちゃん。この肉とその肉、あとウィンナーをくれ。」

「あいよ。最近景気がいいから割引しとくぜ。」


 商店街は自動化の進んだスーパーなどとは違い、人が常にいて、会計などを人の手で行ってくれている。

 大戦直後の闇市が発展してできたらしく、ちょっと前までは人も多かったのだが、最近は来客が少なく、今では正直シャッター街になるまで秒読みといった状況だったりするとか。理由はまあ、最近普及してきたスーパーや大型ショッピングモールの影響があるのだろう。


 俺は肉と野菜を一週間分ほど買い込んだ。

 風丸とか龍太郎を招いて宿題をするので、もしかすると、一週間持たないかもしれないが。

 適当に商店街を散歩した後、帰路に着こうかと思い、商店街を出ようとすると、男と肩がぶつかった。


「あっ、すいません。」


 謝罪の言葉と共に男を見てみると、彼は俺を眼中に入れていなかった。

 死んだ魚のような目、というか廃人のような虚ろな目。焦点も合ってないようだった。

 体もひょろひょろで、真偽は知らんが薬をやってると思われても仕方のない見た目であった。スーツを着ているところから、やつれたサラリーマンと言ったところだろうか。

 まあ、もし、薬をやっていたとして、狂乱して巻き込まれても困るのでさっさとそこから離れよう。

 そうやって、大股で歩くとまた人にぶつかった。人通りが多いのに急に加速したらぶつかるのも当たり前だよな。


「あっ、すいません! 大丈夫ですか?」


 ぶつかった相手と目が合った。

 相手は俺より頭一つぐらい小さい女の子であった。黒く長い髪。ぱっちりとした大きな目。宝石のように青い瞳。容姿端麗、かわいいという言葉が似合う綺麗な少女だった。


「あっ、すいません。だ、大丈夫です。そっ、それでは~。」


 彼女はそう言うと急ぎの用事があったのか、商店街の奥へと姿を消した。

 俺は彼女に見とれていたのかしばらくぼーっとしていた。


 あっ、言っておくが俺はロリコンではない。ないはずだ。うんそうだ。きっと多分メイビー。




 商店街をから出ようとするとき、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。まるで何かが起こるような、そんな胸騒ぎだった。


「ウォォァァァァァァ!!!!!」


 突然、巨大な咆哮が俺の後方、商店街に響き渡り、賑やかな商店街の空気を一変させた。


「おい、ぼーっとしてないで速く逃げやがれ。」


 親切なおっさんの一言で止まっていた思考が回り始める。


 現実逃避をしたいがそんな暇はないだろう。恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこに人はいなかった。いや、この言い方は誤解を生む。


 巨大な人狼が天を仰ぎ咆哮を上げていた。

 身長は3m弱。毛並みは灰色で、腕がかなり発達していた。服の飛散り具合から推測するに一気にデカくなったのだろう。飛び散った服から推測するに人狼は俺とぶつかった男なのだろう。

 取り敢えず、事実として自分の2倍近い大きさの化け物がそこに立っており、あまりにも急な出来事に俺は呆然とそこに突っ立ってしまっていた。

 人狼は明らかに正気を失っており、今この瞬間にも暴れ出しそうだ。


「暴走だ!」


 誰かの叫ぶ声が聞こえた。暴走と言ったか。なるほど、これが噂に聞く暴走現象か。


 暴走現象。

 何だったか。そうだ、人間の姿が急変し獣などの怪物に変質することだったか。見るのは初めてだ。大戦期やその直後は頻発したと聞いていたが最近は減少傾向にあるという。

 完全に狼になっていないことから考えると、元となったあの男も抗っているのだろうか。しかし、先程までの状態を考えると男が抗っているようにも思えない。それとも抗っていた故にあんな放心状態だったのだろうか。

 とすると、中の獣、つまり男の中の狼が狂っているのだろうか。男が空になったのでそれを乗っ取りに狼が出てきたが、当の獣自身が狂っていて乗っ取りも不完全という感じか。


 まあ、暴走現象についてはよく知らないのでこれも全部憶測だが。


「ウォォァァァァァァ!!!!!」


 人狼はその長い腕を振り回し、周囲の物体の破壊を始める。当然俺はその射程範囲内だ。どうして、すぐに逃げ出してないのかだって? 恐怖で足が動かないからに決まっているだろう。俺は小心者なのだ。

 なので勿論、俺も破壊対象の例外ではない。


「は、ハロ~。」


 ん~。俺はとち狂ったようだ。当然だが、人狼が挨拶を返してくることはない。もし、返してくれる知能があるなら話し合いに応じて欲しい。

 人狼の拳がコンクリートの地面を粉々にする。控えめに言ってオーバーキル。逆にここまで強いと簡単に逝けるから親切かも。

 動きはとても単調で、避けるのは意外と簡単だ。しかし、誤解しないで欲しい。これは元々は逃げる隙もなく一瞬で叩き殺されると想定していたが故だ。普通に大変な作業である。

 何より、人狼が俺を認識しておらず、適当に暴れてるからという前提であることもお忘れなく。何より、人狼の攻撃を見ながらということは俺は現在バックステップ中なのだ。ボールでも転がってたら即デット。

 死の淵に立っているせいか、変に冷静に対処できている。普段なら決してここまで思考が回らないのだが、死の淵に立って内なる力が覚醒でもしたのだろうか。

 いや、そんなことはないだろう。人生はそれほどうまく行くように設定されていない。


「あっ、」


 突然、夕暮れの空が視界に広がった。

 俺は地面に転がっていた野球ボールを踏んずけたようだ。誰だこんなところで野球をしていた馬鹿者は。いや、そういやここら辺にスポーツ用品店があったか。小学生の時、ここにグローブを買いに来たっけ。

 走馬灯というのだろうか。景色がとてもゆっくりと流れていく。

 今思ったのだが、転んだ結果地面に頭をぶつけて死亡したとかだったらダサくて笑えねえな。せめて、人狼に腹でも貫かれて死にたいものだ。


 ゴンッ! と強い衝撃が後頭部に走る。

 グチャッ! と腹辺りがとても気持ち悪くなり、心なしかとても熱い。

 視界に黒い虫が走り、目に血が足りていないことを嫌でも教えてくる。そして、そのまま、―――











 



  ――ここで死ぬ気か?――


 誰かの声がする。内なる俺だろうか。

 いや、それはないだろう。ただの幻聴だ。

 正直な話、イェッサー!と言って大手を振ってあの世に逝っても良いのだが、仕方なく瞼を開けるとしよう。そうして、瞼を上げるとそこは火の海であった。

 服はお腹辺りが破けてべっとりと血の付いた跡があったが、体自体には傷はなかった。

 不思議なこともあるものだ。


 それにしても、警備隊の到着は遅れているのだろうか。それとも、


「悲しいな。」


 その場に転がっていた血が滲んだ銃が目に入った。

 離れた所から銃の音が聞こえた。


「ウォォァァァァァァ!!!!!」


 人狼の声も聞こえた。そして、その数秒の後、銃声が止まる。

 ズシリ、ズシリと巨大生物がこちらに歩み寄って来る。

 人狼は5mを越えており、腕は四腕に増えている。入っていたのは狼ではなく魔狼の類であったのだろうか。

 まあ、関係ないな。頭を貫けば大抵の生物は死ぬ。少なくとも俺はそう思っている。死ななかったときは、まあ諦めましょう。


 転がっていた銃を拾う。使ったことはないが、引き金を引いたら大丈夫だろう。残弾が残っているかどうかは賭けではある。残っていないなら、まあ、その時点で敗北だ。ならば、それについて考えるのは意味がない。

 同様に銃弾が皮膚すらも貫けないという仮定も考える必要がない。

 人狼はこちらを認識しているのだろうか。それによっては取れる選択肢が変わって来る。

 敵と認識していた場合、死亡は必至。良くて相討ち。ではこちらも考える必要はない。俺はただ人狼が俺を路傍の石であると考えていることを願いつつ、突撃するだけだ。


「ふぅー。」


 意識的に体のリミッターを外す。超パワーが出せるようになるわけではないが、ないよりはマシだろう。

 

 それにしても不思議な感覚だ。頭がとても冷静で恐怖心も込み上げてこない。視界に入らない物の状態も手に取るようにわかる。ゲームで言うところの第三者視点みたいな感じだ。まあ、FPS? とかやらないから良く分からないが。俺はターン制のコマンドバトルで十分だ。おっと、話題がそれてきている。

 冷静になって考えてみるとなんで俺はあれと戦おうとしているのだろうか。普通に考えれば勝率は一割どころか、一分もないだろう。それでもなんだか挑戦したい気持ちが沸き上がって来る。ゲーマーではないのだがな。

 あれだろうか。高校生にもなって、まだヒーローに憧れているのだろうか。それなら俺は想像以上に馬鹿者であったということだ。一応、小さい頃は戦前の特撮をちょくちょく見たものだ。ベルトを付けて変身とか憧れたっけ。そう言えば、さっきぶつかった少女はしっかり逃げられただろうか。まあ、生きててくれたらなんかうれしいな。


「男なら、人生に一度はやってみたいことがある。」


 今からやることは人殺し。しかし、物語において異形に身を堕としたものとの戦いをこう呼ぶことは少なくない。


「怪物退治。この赤月白摩がなさしてもらう!」


 俺の声に反応して、人狼がこちらを認識した。様子を見るに敵ではなく、道端の石として。

 人狼は軽く地面を蹴ってこちらに向かってくる。人狼からすれば、少し歩くぐらいの感覚だろうが、俺達からすれば、凄まじい速度で迫って来る怪物であった。

 なので、俺も人狼との距離を縮める。

 理由は単純だ。道端に蹴りやすそうな石があったとする。もしそれを蹴ろうとして近づいたとして、急に風にあおられて石が近づいてきたら、多分だが、うまく石は蹴れないだろう。


 狙い通り、迫りくる腕は俺を正確に捉えられておらず、俺の速度でも避ける余地があった。


「はぁっ!」


 体を思いっきり捻り、迫る腕を避け、人狼の足元まで接近する。

 痛いな。ちょっと掠っただけで腕の皮がずり向けた。

 急接近されて人狼は驚いたのか、大きく跳躍し、後方に下がる。

 こちらを警戒すべき対象と見たようだ。蹴られた地面はバキバキで足跡もくっきりと見える。


 ここで、顎の下から撃ちたかったのだが、その計画はおじゃんのようだ。悲しいな。


 地面を蹴り、スポーツカー顔負けの加速力で人狼は俺を引き裂きにかかる。

 俺はただただ、止まって銃を構えるだけ。結局相討ち狙いになってしまった。


「俺の生涯。悔いばっかだな。」


 引き金を引くと共にダンプカーにでも轢かれたかのような衝撃が襲う。視界は激動し、何がどうなったのかも把握できない。


  ――少し力を貸してやる。――


 最後にまた誰かの声が聞こえた。

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