第9話 デート(1)

週末の前日。僕は稜の言葉を思い出しながら明日の準備をしていた。

「変に気負わず、自然体に、相手優先にして流れに乗る・・・」

呪文のように唱える。暗記には声に出すことが効果的だというが、慣れそうに無い。

「はあー」ため息をつき座る。簡単なことなのにいざ実践しようとするとなかなかに難しい。でもやるしかない。稜のアドバイス通りにやれば大丈夫だ。

スマホが振動する。開くと彼女からだ。明日行くショッピングモールの写真と集合時刻が送られてきた。僕は適当に返事をし眠りについた。


そして翌日。待ち合わせ場所は学校の最寄り駅前だった。休日ということもあり人通りも多い。軽くよろめきそうになりながら僕は待ち合わせの場所につく。彼女はまだ来ていなかった。待ち合わせの時間まで後数十分ある。僕はイヤホンを耳につけ雑音を遮断する。

時間を忘れて夢中になっていたら肩を叩かれた。振り向くと今回のイベントの主催者がいた。

「ごめんなさい!遅れちゃった!」彼女は僕を見るなり謝った。時計を見れば待ち合わせの時間まであと数分。全然遅れていない。何故彼女は謝っているのだろうか。

「遅れてないから大丈夫。少し休もうか」

「そうだね」

近くのベンチに座り休息をとる。すぐにでも出発したかったが、お昼時のショッピングモールというのは結構混雑する。暑い中待ち合わせをしてさらに疲れるのは嫌だという彼女の提案で休憩をしようということになったのだ。

「あー涼しいー」

「そうだな」水筒の中身を飲む。体に水分が行き渡り生き返るような気がした。

「いーなー、飲み物持ってくればよかったよー」

「持ってきてなかったの?」

「いや持ってきてたんだけどさー行く途中に全部飲み干しちゃって…」

「ああ」彼女の家がどこか知らないが、相当遠いということが容易に想像できた。長距離を歩いていたらさすがに尽きるだろう。

「何か飲み物買おうか?」

「いいよ!悪いし」

「僕のことは気にしなくていい。飲み物ないんでしょ?買わずに倒れたいの?」

「それは嫌だ!ポカリ買ってきてー」

「分かった」

小走りで自販機を目指しお金を入れ、彼女の飲み物と僕の飲み物を買う。僕は買うつもりはなかったが、気が変わり飲み物を買うことにした。

急いで彼女のところへ戻る。待たせるわけにはいかない。

「はい、どうぞ」

「ありがとー」彼女は飲み物を一息あおった。僕もつられてあおったが盛大にむせてしまい、あたり全体に水溜まりができた。

「大丈夫!?」

「大丈夫。ごめん」格好悪いところを見られてしまった。

「絶対大丈夫じゃないでしょ。顔赤いよ?綾瀬君」

「暑くてのぼせそうだからだよ」そう言い訳し何とか乗り切る。

「ほら行くよ。ショッピングモールに行こうか」

「わ!待って~」


ショッピングモ―ルに着いた。学校の最寄り駅から電車で一時間ほどかかる場所だ。

一日あっても足りないんじゃないかという店の量に僕は怯む。対して彼女は僕とは対照的に目を輝かせていた。

「ここね!最近できたばっかりのお店で、来てみたかったんだー」

「そうなんだ」

「じゃあ行こっか」

「ちょっと待ってくれ!引っ張るな!」

彼女は僕の手を引き店に入る。さっきまでの疲れはどこに行ったのかとか、完全に形勢逆転だなと思いながら彼女の背中を追いかける。

休日の午後の二時過ぎということもあって、店内は家族や子連れたちでにぎわっていた。

手始めに腹ごしらえをしようと僕たちはフードコートに入る。混雑を避けようと時間をずらしたのだが、それなりに賑わっていた。それでも席を探さないわけにはいかず、席を探し空いている席に座る。

フードコートには店が沢山あり、彼女は迷っているようだったが、僕は迷うことなく決めた。

たかが栄養を摂取するという行為一つに何を迷う必要があるのか、僕には全く理解ができない。食事なんて栄養を摂取してしまえば終わりなんだから、何を食べても一緒だろうと思った。それでも彼女は最後の晩餐を考えるような雰囲気でメニューを決めかねている。

「もう決めた?」あまりにも迷っていると時間が無くなってしまう。ただ遊びに来たのではなく、僕たちは取材のためにここに来ているのだからあまり時間を無駄にするような真似だけは避けたいと思った。

「うん。決めたよ」そう言って彼女は店に行った。僕は既に注文を済ませ料理を受け取ったので、彼女が来るまでぼんやりしていようと考えた。思っていたよりも時間はかからず、彼女はすぐに戻ってきた。

僕は和食の定食。彼女はスイーツやジュースやら明らかに昼食にはそぐわないものだった。「栄養バランス無視してない?」彼女の器にはパンケーキにアイスクリーム、そしていちごジャムがあった。飲み物はキャラメルラテという組み合わせ。正に甘党という感じだった。

「バランスなんて関係ないよ。好きなものをお腹一杯食べたいもん」

「少しはバランス気にしたほうがいいんじゃないの?」

「あと一年で死ぬから関係ないもん。」彼女はそう言うと頬を膨らませ、拗ねてしまった。

自分の死期を早める行動は慎んだほうがいいのではと思ったが、これ以上機嫌を損ねるのはまずい。せっかくの予定が台無しになってしまう。

「じゃあ、いただきます」二人で食事を味わう。人混みの少ない時間を選んだからか集中して味わうことができた。

食事を済ませ、僕たちは雑談もそこそこに席を立つ。長居するのはよくない。さっきから思っていたのだが、これはデートというやつなのではないだろうか。年頃の男女が休日を一緒に過ごす行為―それはデート以外の何物でもなかった。そんな僕に目もくれず彼女は取材場所に頭を悩ませているようだった。

「綾瀬君はどこへ行きたい?」

「どこでもいい」

「どこでもいいが一番困るの!」

彼女は怒ったような口調で返してきた。周囲の人がこれを見れば間違いなくデートだと思うだろう。これが噂の何でも言いを嫌がる女子なのか。

「じゃあそこの服屋」

僕は福屋の看板を指差し、彼女と一緒に向かった。

「いらっしゃいませー。当店30%オフセールをやっておりまーす。」

店前で女性特有の高い声の店員が接客をしている。スポーツ系の服を身に着けており、僕には縁が無いなと思う。この声はファッション業界特有のものなのだろうか。長時間いると耳鳴りやら体調不良を起こしてしまいそうだ。

「綾瀬君って、普段どんな服を着るの?」

「特にこれといったものはない。清潔感があるやつかな」

「じゃあYUとかUnitedとか?」

「そういうブランドはよくわかんないな…」

店の商品を観察する。スポーツに適したものから普段使い出来そうなアイテムまで様々な商品が揃っていた。いかにも学生向けという感じの店だ。

取材をする彼女はいくつものアイテムを手に取り、そして戻すという行動を繰り返していた。

「これお願いします」てっきり買うのかと思っていたが、レジではなくさっきの女性店員に声をかけていた。試着をするのだろうか。彼女の見た目にはそぐわないが、こういう格好が好きなのだろう。

「後ろの彼でお願いします!」

一瞬耳を疑った。僕がこの服を着るということなのか。僕はこんな見世物になるためにここに来たのではない。身の危険を感じ、逃げようとした。しかし、店員に捕まってしまい見世物になることが決定した。僕は店員に半場強制連行され、彼女が選んだ服を着ることになった。

「お客様すごくお似合いです」

社交辞令なのか。もしくはこの店員が褒め上手なのかは知らないが、意外にも褒められた。僕はどうなのかというと、さっきから落ち着かない。青いパーカーに黒いズボン、そしてネイビーの帽子。普段は着ないような格好だ。だからこそ落ち着かない。自分に本当に似合っているのかどうなのか分からない。ファッション業界は人を褒めるのが趣味なのだろうか。

当の試着を勧めた本人は満足そうに笑みを浮かべていた。僕は気恥ずかしかったが、まあ喜んでもらえるならもうどうだっていいやと思えた。その後店員が僕の服装を丁寧に説明して、僕は元の服装に着替える。

どうやらさっきの服を買うみたいだ。一体値段はどのくらいなのだろう。後ろから覗くと、高校生にしては高めの値段が表示されていた。僕も払ったほうがいいのかと思い財布を取り出したころには事が済んでいた。

「お金大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。親から貰ってきたし、それに普段付き合ってくれるお礼だよ」

いくらお礼といってもこんな高価なものは遠慮したいところだが、彼女の好意を無駄にするわけにはいかない。ありがたく受け取らせてもらおう。

「次はどこ行く?」もう今日は彼女に振り回される運命なのかもしれない。そう思うと不思議と心が軽くなった。もう流れに身を任せてしまおう。

「うーん。じゃあ、あの服屋さん行きたい」

「じゃあ行こうか。」


彼女の指定した店は何というか…不思議な世界観だった。いかにも童話のようなそんな世界だった。価格設定は結構高めだ。こんなこともあろうかと一応お金は多めに持ってきてはいたのだが、二人分のお金では足りないかもしれない。一般の高校生とは大きくずれている金銭感覚を持つ彼女に恐怖を覚えていた。

「これどう?」彼女は僕に問いかける。いかにもウサギを追いかけて穴に落ちそうな少女の見た目だ。いつの間に試着をしたのだろう。このまま着ていくのかという疑問が湧いたがそれは置いておこう。

「いいんじゃない。遥奈によく似合ってる。」

彼女は僕の言葉に驚いたのか、それとも店の照明のせいか頬を赤らめた。

一瞬何が起きたのか分からなかった。時が止まりこの空間から僕と彼女だけが切り取られたかのように見えた。一瞬にも似た永遠のような時間は彼女の言葉によって終わりを告げた。

「いま私のこと、遥奈って…」

「ごめん。嫌だった?」

「嫌じゃないの。その、もう一度…呼んでくれない…?」

「遥奈」彼女は頬をさらに赤らめ、俯いてしまった。さっきまでの元気はどこへ行ったのだろうか。

「そのままだと置いてくよ。さあ、早く服着替えて」

「えー!?湊君の意地悪!」

「流石に金使いすぎだ。それにこの服は目立つ」彼女のしている服装は人によってはあまりいい印象を受けないだろう。そうなったら傷つくのは彼女だ。傷つかないためにも一般的な格好でいるほうがいい。それに金銭感覚を直さないとこの先苦労することになるだろう。

「あのね。私来年には死ぬの。天国にはお金とか持っていけないでしょ?だから好き放題することにしたの」

「まあそれはわかるけど、もし病気が治ったら好き放題使ったお金は戻らない。その時にお金がなかったら困るんじゃない?」

「確かに…」彼女は納得してくれたようだが、どこか浮かない様子だ。病気のことを話に出したのが不味かったのだろうか。

「こんな時に病気の話をしてごめん」次からは発言には細心の注意を払わなければ。僕はそう心に誓った。

「まあ確かに金銭感覚は歪んでいるって自覚はあったし、大丈夫だよ。」

「そっか。」

「もうこの話はやめにしよ?ほら、あそこの本屋いこっか」


先週彼女が家に来た時知ったが、彼女も読書が趣味らしい。この年頃の女子が興味を持つことなんてSNSやファッション雑誌くらいだと思っていたから驚いた。人は見かけによらないのだなとつくづく思う。

「ああ、あったあった。」

「どうしたの?」

「昔読んだ小説があったの。近くの本屋さんには売ってなくてもうないのかなって半分諦めてたから見つかって良かった」

「よかったね。僕も同じの買うよ」

「無駄遣いはダメなんじゃなかったの?」

「本当に欲しいものに使うのが僕のやり方なんだ」

「そっか。じゃあそれが湊君の欲しいものなんだね」

「うん」

僕はさっきの本をかごに入れ、目的の本の場所まで歩く。今日は僕の好きな小説家の新刊の発売日なのだ。絶対に逃したくない。

「あった…」もう残り1冊だった。これを逃せば数か月は入荷待ちになってしまう。急いでレジに向かい、会計を済ませる。

「2点合計で2300円になります。あとこの春野先生の初回限定盤のグッズ引換券です。あちらのレジで交換お願いします」

「わかりました」僕は引換券と商品を受け取り、指定された場所に向かいそれと引き換えにグッズを受け取る。

ゆっくりと頬が緩む。公共の場でこんな表情をしては周囲の人に不気味がられるのは分かっていたが、どうしても抑えられなかった。

「綾瀬君良かったね。グッズが手に入って」遥奈の呼びかけに僕は驚く。今の表情を見られてなかっただろうか。

「うん」

「綾瀬君って本当に好きなんだね。心の底から好きだっていうのが伝わるよ」

「何が?」

「その本。私もその本好きなんだよね。デビューした時から読んでるよ」

まさか彼女も好きだなんて驚いた。更に古参だということも。僕は最近この作家を追いかけて始めていたから同時に悔しさも湧いてきた。

「その本、ネットで予約したんだけどお店に行って買えばよかったかも。ネットで買うと、自分のものになった気がしないし」

自分と同じだ。ネットだと検索すればすぐに見つかるが、店頭だと売り切れている場合や入荷待ちになる場合もある。そういった苦労を重ねて出会った喜びは何にも代えられないものであるだろう。身近に理解者がいると思わなかった。

「僕も今度はネットで注文してみようかな。売り切れや入荷待ちを気にしなくても予約すれば後は届くのを待つだけだし」

「うん」

「私の家に春野先生の作品あるんだけど来ない?全作品読み終わったから貸すよ」

「ありがとう。丁度他の書店も回って春野先生の作品を買う予定だったから助かるよ」

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