第7話 彼女との再会
「朝か…」
僕は身を起こす。時間を見ると朝の八時を回っていた。今日が休日で良かった。今は何もする気力がない。学校に行くなんて無理だ。彼女に会わせる顔が無い。
今までは誰かの言葉で感情が動くことなんて無かった。しかし今は違う。彼女の言葉一つで一喜一憂してしまうのだ。僕は彼女との日常が恋しいと思っていたのか。それとも僕は彼女に心惹かれていたのだろうか。虚無感をすごく感じる。数か月しか彼女とは過ごさなかったが、僕にとってはすごく充実した時間で、彼女と過ごすことがいつしか当たり前のものになっていた。それがこんな形で終わってしまうなんて。僕には信じられなかった。
僕はベットの上に横になりながら携帯のメッセージアプリを開き、彼女からの連絡を確認する。昨日送ったメッセージには既読はついていたが返信は無かった。
「やっぱりなぁ…」僕は乾いた笑いをこぼす。それと同時に頬を伝う雫がシーツを濡らした。
腹が減ったのでコンビニに食事を買いに行く。何もする気力が起きなかったが、せめて食事だけはとらなくては。
重い腰を上げ歩く。憎たらしいほど眩しい太陽の光に目を細める。どうして僕の心は重いのに天候はこんなに良好なのだろうか。どうせ晴れるなら僕の心も晴らして欲しい。
ため息とともにコンビニに入る。適当に商品をかごに詰めレジに向かう。
その時だった。僕の目の前に見知った後ろ姿がある。稜かと思ったが女性の後ろ姿だ。女性の声に僕は耳を塞ぎたくなった。今一番会いたいようで会いたくない彼女だったからだ。彼女を追おうとしたが体が動かない。それでも僕は無理やり走った。このまま日々を過ごしたくないという思いが僕を突き動かしたのだ。
「白波瀬さん…!」彼女は振り向き驚いた表情で僕を見た。
「綾瀬君!?どうしてここに?」
「僕はこの近くに住んでるんだよ。白名瀬さんはどうしてここに?」
「私は…稜君がこのあたりに綾瀬君が住んでるって聞いたから、この辺を散歩してたの」
「そうか」
「あの!綾瀬君、この前は本当にごめんなさい。」
今度は僕が驚く番だった。彼女は何も悪くない。
「いや大丈夫。」噓をついた。本当は全然大丈夫なんかではない。それでもこれ以上彼女に気を遣わせたくなかった。
「で、これからどうするの」
「どうするって?」
「僕の取材だよ。君が提案したのに勝手にうやむやにしたんだからね。きちんと責任は取ってもらうよ」
「責任って?」
「僕の気持ちを乱した責任。この数か月間僕は君の取材に付き合ってそれが当たり前だと思っていた。それをこんな形で放り出すなんて僕は許さない」
我ながら自分勝手な言い分だと思ったが、不器用な僕にはこれしか方法が思いつかなかった。彼女とずっと一緒にいる手段はたくさんあったが、それよりも僕は彼女との日々を失いたくない気持ちのほうが強かった。
「えっと…」彼女は一瞬困ったような表情を浮かべる。だが僕の心は決まっていた。このことを言う機会は今しかないんだ。
僕はゆっくり息を吐き、彼女の目をまっすぐに見て伝える。
「白波瀬さん。僕の人生を取材してください」
永遠にも似た一瞬の沈黙の中、彼女は頷いた。
「もちろん。私のわがままを聞いてくれてありがとう。じゃあ取材もう一回始めよっか」
僕は彼女を家に招き、一緒に食事をとった。誰かと一緒に食卓で食事をとるなんていつぶりだろう。何の変哲もない出来事なのに、僕にとってはそれがかけがえのないものに思えてきた。
僕は彼女と自室に入り、本来の目的を始める。といってもインタビューなどではなく他愛のない会話。一見取材とは程遠いように見えるが、これが彼女なりの取材なのだろう。そう思うと自然に笑みがこぼれてくる。さっきまで涙に暮れていたのに不思議だ。
彼女は本棚から一冊の本を取り出す。それは僕のお気に入りの小説だった。骨髄の移植が必要な少女と写真部の少年の二か月間の物語。書店に入り偶然見かけた本で買うつもりはなかったのだが、引き寄せられてつい買ってしまったのだ。一体彼女は何故泣きながらも笑えるのだろうか。そう思うと自然と体が動いていた。
「綾瀬君ってこういうの好きなの?」
「好きというより表紙に惹かれて買ったって感じかな」
「へえー。『一瞬を生きる君を僕は永遠に忘れない』かー。素敵だなぁ」
彼女は小説のタイトルを読み上げるとそう呟きを漏らす。一瞬彼女と小説の少女が重なって見えた。そういえば君も余命宣告されていたな。君はあの小説の少女より長く生きられるが、死んでしまうことに変わりが無い。それでも君は最後まで笑顔を絶やさずに生きるのだろう。小説の中の彼女と同じように。
「ねえ、私達の関係ってこの小説に似てない?」
「そうだな」確かに僕と彼女の関係はこの小説と似ている。違うのは少女の性格ぐらい。小説は強引で活発で繊細な彼女と、不愛想な少年という組み合わせだが、現実では不愛想な少年と大人しく芯の強い少女という組み合わせだ。きっとこれも何かの縁だ。
「私もこの本読んだよ。何かこう…自分と重なっちゃって泣いちゃった。それで冬野先生の小説全部買ったの!」
彼女は楽しそうに話す。本当に好きなのだな。僕は彼女のことをもっと知りたいと思った。
「白波瀬さんっていつも楽しそうだけど、どうしてそんなに笑顔なの?」
僕は聞いてみた。何故か知りたくなってしまったのだ。彼女がいつも笑顔である理由を。
「んー。特に理由なんてないかな。でも大人になるまで生きられないって分かった時に最期まで後悔無いように生きようって決めたら自然と笑ってた!ただそれだけだよ」なるほど。分かるような。分からないような。何とも言えない感情が湧いた。でも当の本人は笑っている。それを見ると何もかもがどうでもよくなってしまう。
「私、綾瀬君といると楽しいな。だっていつも笑わないのに、私といるときは笑ってるんだもん」
驚いた。今までそういわれたことがなかったからだ。僕とかかわる人間は遠巻きに僕を見るか、一回僕と話してつまらなそうな顔をしてその後僕と距離を置く人間の二択しかいなかった。楽しいといわれたことは今まで一度もなかった。
「僕も白波瀬さんといると楽しいよ」気づくと僕はそう言っていた。反射的に返したわけでなく、心からそう思ったのだ。
「ねえ、今週末空いてる?一緒に出掛けよう。こないだのお礼もしたいし」
「そんな、私は何もしてないよ。稜君に連絡とったくらいだし」
「それでも僕は君に助けられた。だからどうしてもお礼がしたい」
「じゃあ、お言葉に甘えて…ショッピングモールに行きたいな」
「そうしようか」
待ち合わせ場所や詳細などを話しているうちに日が暮れ、僕は彼女を見送った。
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