第6話 愛の縺れと別れ

次の日から僕は彼女と行動を共にするようになった。とはいっても毎日挨拶を交わして、時々一緒に下校するくらいだったが、お互いそれに対して不満は無かった。僕達は記者とインタビュアーの関係だ。次の年の春が来れば彼女はいない。そうなれば僕はまたいつもの日常に戻る。

平和で孤独で、味気無い日常を生きていくのだ。そう考えるとこの距離感がちょうどいいと思った。彼女も同じ考えのようで、登下校以外で僕に接触してくる様子は無かった。


しかしクラスメイトからは好奇な視線を向けられるようなことが増えた。それも当然だ。普段人と関わらない僕が、クラスーいや学校一の美少女である彼女と接する機会が増えているのだから。噂好きな年代である彼らが不思議がるのも無理は無い。

「あいつって白波瀬さんと仲良かったっけ?」

「いやーどうなんだろ。分かんないけど、学級新聞の記事の取材を頼んだって聞いたことがあるぞ」

「白波瀬さんがあいつに⁉」

まただ。彼女と行動を共にするようになってから数週間が経過するが、未だに噂は消えない。それどころかどんどん噂の内容は酷くなっているように感じる。確か彼女のことを崇拝しているグループがあるとか無いとか聞いたことがある。その人達の所にまで噂が回ってしまえば終わりだ。僕の学校生活は一瞬で地獄に変わってしまう。

うるさい勝手に話しておけ。僕が何をしようと勝手だろ。喉まで出かかった怒りの言葉を抑える。

翌日の放課後、僕は校舎裏に呼び出された。嫌な予感しかしなかったが、呼び出しをすっぽかすわけにもいかず僕は目的の場所へ向かう。

そこには僕よりも背丈の高い男数人の集団がいた。その集団の一人は僕の姿を認識するといきなり僕を壁に押しやり罵声を浴びせた。

「おいお前、俺らのアイドルの遥奈に何しやがったんだよ!」

神格化の極みか、馬鹿の権化なのか。アイドルと一般人の恋愛は極めて困難だ。その道を選んだのは自分の方なのに何故この男は初対面の僕に暴言を浴びせるのだろうか。

「挨拶も無しにいきなり何ですか?初対面の人に対してその態度は失礼ですよ」

「お前が遥奈ちゃんと付き合っているのを聞いたんだよ!」

ああ、恐れていたことが本当に起きてしまった。

僕の平穏な生活は終わってしまったのだ。今この瞬間、僕の世界から平穏は消えたのだ。

僕は一体どこで間違えてしまったのだろうか。誰か教えて欲しい。

「僕は彼女とは付き合っていません」これが今僕にできる精一杯の抵抗だった。彼らのペースに飲み込まれてしまえば必然的に暴力沙汰になる。一人の異性を巡っての愛憎劇ほど醜くて愚かな行為は無い。攻撃されたらまず防御の姿勢をとることが第一優先だ。相手を落ち着かせ冷静に事を運ぶ。それが今僕ができる最善の策だ。

「噓をつくな!お前遥奈ちゃんとずっと一緒にいるだろ!」

男は僕に携帯の写真を突きつける。血の気が引いた。写真には確かに僕と彼女が写っていた。いつの間にこんな写真を手に入れていたのだろうか。これは盗撮という立派な犯罪だ。そのことを主張すれば僕は清廉潔白の身になる。だが盗撮を立証するだけの根拠は今のところどこにもなかった。僕は身動き取れず彼らの言葉を右から左に受け流すしかできなかった。

「何とか言ったらどうだ!ああ!?」

男が僕の胸倉を掴み壁に叩きつける。拳が僕の目の前に来る。殴られると思い僕はとっさに受け身の体制をとろうとしたが間に合わなかった。だが痛みは感じなかった。

目を開けるとそこには見知った後ろ姿があった。稜だ。僕を庇ってくれたのだ。

どうして僕の居場所が分かったのだろうか。他にも気になることは山ほどあったが、今はそんなことを考えている場合ではない。この醜い争いを終えなくては。

「暴力で解決なんて愚かですね。彼女を慕っているなら僕を攻撃するのではなく彼女に思いの一つでも伝えたら如何ですか?」僕は嫌味たっぷりに言いたいことを全部吐き出した。

「てめぇ・・・」男は歯を食いしばり必死に感情を抑えようとしている。だがその姿は笑ってしまうほど滑稽だった。

「よし、逃げるぞ」

稜に手を引かれ僕はその場を後にする。


「危なかったな」

「ああ。ありがとう、稜が来てくれなかったら今頃どうなっていたか」

「その割にはずいぶん冷静だったな」

「僕は暴動には理論で対抗すると決めてるんだ」

これは僕の叔父からの教えだ。暴論で攻撃する人間は野獣と同じだから、決して動じずに最後まで理論で戦えー 僕はその教えを受けてから今までそれを貫き通していた。ただそれだけのことだ。

「でもどうして僕の居場所が分かったんだ?」

「お前が教室を出てから全然教室に戻ってこないって言って、白波瀬さんが俺に連絡してくれたんだよ。お前が校舎裏に呼び出されたらしいって噂が流れていたからな。」

つまり僕は彼女によって助かったということか。

「ちゃんと白波瀬さんにお礼しなきゃだめだぞ」

「分かっている」

まずは彼女に連絡して、お礼を言おう。


待ち合わせ場所である校舎へ急いで向かう。約束の放課後からだいぶ時間が経過していたのにも関わらず、彼女はそこで待っていた。

「綾瀬君!大丈夫だった!?」

てっきり約束の時間に遅れたことについて言われてしまうのかと思い謝罪をしようとしたが、憚られてしまった。

「ああ。何も無かったし、どこも怪我は無い」

「良かった」彼女は安心した表情を浮かべ、胸を撫で下ろす。

「ありがとう」

「え?」

「白波瀬さんが稜に連絡してくれなかったら、僕は無事じゃなかった。僕が無事だったのは君のおかげだ」

「綾瀬君・・・」

僕は彼女に遅れた理由と経緯を話す。

「そんなことがあったんだ・・・」

「うん。僕も驚いた。こんなに身近に恋愛感情の拗れがあるなんて思いもしなかった」

「ねえ、綾瀬君。もうこの関係終わりにしない?」

「どうして。」

「綾瀬君に迷惑かけちゃったから。最近綾瀬君に対しての噂とか陰口とかがいっぱい聞こえてくるって稜君が言ってたの」

「それは…」

「私はもうこれ以上綾瀬君には迷惑はかけたくないの。だから…今までありがとう。」

そう言って彼女は去っていった。

僕は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

その後どうやって家に帰ったのかは覚えてない。気がついたら自室のベットに横たわっていた。

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