第5話 衝撃の報告

取材から二週間が経ち、学生が楽しみにしている連休に入った。僕は連休に入ってからもいつもの夢を見た。その少女の面影はどんどん正確になっていった。風の噂によると夢に人が出てきて、その人の姿を正確に見れるようになるとその人の死期が近いと聞いたことがある。もしかしたら夢に出てくるのは彼女なのだろうか。

彼女と同じ空間にいるようになってから一月経とうとするが、彼女とはクラスメイトという関係だ。それに記者とインタビュアーという項目が加わっているというのが今の状況だ。そんな自分が一月過ごしただけの人間を気にするようになるなんて思わなかった。

自分の変化に戸惑い、心を落ち着かせるために深呼吸をする。新鮮な空気を肺に入れ、気持ちを落ち着かせるために行ったのだが、まだ落ち着かない。一体僕はどうしてしまったのかー僕は彼女の依頼を受けてから彼女のことを気にかけるようになった。そんな自分に戸惑う。

「前までは人のことなんてどうでもよかったのに一体どうして。」その呟きに応えるように自室の机に置いた携帯がメッセージの受信を告げる。通知を開くと送り元は彼女からで、連休明けの月曜日の放課後に屋上に来て欲しいという要件が書かれていた。

胸騒ぎがする。元来僕は人との接触を避けてきた。長い人生の中のたった数年しか関わらない人間と何故親密にしなければならないのだろうという思いを抱えながら僕は今まで生きてきた。それ故にこういうことには慣れていない。

「あの噂が本当ではありませんように」

僕はそう呟くと、思考を放棄し布団を被った。


そして週明けの月曜日。彼女は学校に来なかった。

僕は一日中落ち着かない面立ちで授業を終え、生徒を解放する鐘の音色を聞くと同時に屋上へと足を走らせた。

屋上へと続く扉を開けると、そこには彼女が待っていた。彼女は挨拶もなしにいきなりこう言った。

「綾瀬君、話があります」

「かしこまってどうした」

「私心臓病なんです。余命宣告されてます」

頭をアスファルトに叩きつけられたような衝撃が走る。そんな小説でしか聞かないような出来事。それを一介の女子高生が抱えているという事実に衝撃を受けた。

そんな僕を置いてけぼりにして、彼女は喋る。

話をまとめると、生まれつき心臓病を患い、大人になるまで生きられないこと。この間の連休に主治医から、もうじき入院が必要なことを言われたということ。余命があるから最期の日までやりたいことをやると決めたのに両親は病弱な自分に過保護だということ。最後の両親の件はどうでもよかったが、それだけ彼女が僕に心を許してくれているということなのだろう。

「余命はどのくらいなの」気づけば僕は彼女に聞いていた。

彼女は一瞬目を伏せ、そして僕の問いに答える。

「一年かな」

「…!?」僕は衝撃のあまり言葉にならない声が出た。

「どうしたの」

僕は彼女にありのままを伝えることにした。

「毎晩見る夢に出てくる少女がいるんだ。そしてその子も心臓病で余命一年だった」

「じゃあ、その子もしかしたら私なのかもね」

僕は息をのんだ。そんなことあるはずがないという風に思いたいと思ったが、彼女の話は現実なのだ。

「綾瀬君の夢の中に入っては無いからよく分からないけれど、多分その子私だと思う。確証はないと思うけどね。噂は所詮噂でしかないんだし、できることなら噓であってほしいんだけど」

「綾瀬君?」

「ごめん、少し信じられなくて」

「まあそうだよね。いきなりごめんね」

「いや大丈夫。それで僕にどうしろと?」

「え?」

「ぼくにそれを言ったってことは、僕に何かしてほしいってことでしょ」

「うん」

「それで僕にどうしろと」

「君の人生を取材させてください」

一瞬彼女の言葉の意味が分からなかった。人生を取材するとはどういうことなのだろうか。

「それはいったいどういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。私は君の人生を取材したいの」

僕はため息をつく。大体、人生を取材って何をするのだろう?取材をするなら取材をするなら個人となった人物の資料を取り寄せ、その人物について調べたほうがいいのではないかと思ってしまう。それに僕は平均寿命からしてあと六十年以上この世に存在することになる。それに対して彼女はあと一年ほどしかこの世に存在しないのだ。彼女の言う取材とはどういう意味なのだろうか。一緒に過ごすなら思い出作りという意味合いが強い。

「人生の取材となると相当の時間がかかりますよ。最低でも六十年以上はかかります。

貴女が僕を取材し終える前に貴女の命は尽きてしまうと思いますよ?それでも僕がいいんですか?」

僕は早口で捲し立てる。どうしたものか。今まで人に感情をぶつけるといったことは無かった。でも彼女は僕の感情を受け止めても嫌な表情を浮かべてはいなかった。むしろ喜んでいた。彼女の顔にはいつも通りの笑みが広がっていた。

「それは、短時間や短期間の取材だったら何度もやっていたから。今度は長い時間かけて取材したいと思ったんです。」

僕は呆れるしか無かった。本当に彼女は変わっている。物好きという言葉が似合う人だ。

このまま言葉を交わしていても埒が明かない。彼女の口調は丁寧で穏やかだが、言葉の節々に強さを感じるのだ。何故かは分からないが、彼女の軸を感じ取ったのだ。一体彼女は何故それほどまでに僕の人生という長い道のりに関心を抱いたのだろうか。その答えは彼女と関わっているうちに分かるのではないかと思うと、不思議と僕は彼女の摩訶不思議な依頼を受け入れるしかないと思った。

「分かった。その依頼に僕は付き合う。だが一つ条件がある。僕と記者とインタビュアーの関係以上になることは望まないでくれ。それが条件だ。」

今思えば我ながら最低な言い草だと思ったが、こうでもしないと僕は彼女が本当の意味で傷ついてしまうのではないかと思ったからだ。

「うん。分かった」

幸いにも彼女は物分かりの良い人なようで、僕は安堵する。

「それで、僕は何をすればいい?」

「私の命が尽きるまで、一緒に過ごして欲しいの」

「分かった」

こうして、僕と彼女の期間限定の関係は始まった。最初は上手くいかないと思っていた。けれど実際は違った。彼女は僕に、人の温かさを教えてくれた。それ以外にも彼女は僕にたくさんのことを教えてくれた。


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