第4話 始まりのとき

放課後を告げるチャイムが鳴り、生徒たちはそれぞれ教室を出て各々の場所へ向かう。

僕の席に彼女が来る。僕は彼女と教室を出て彼女の部室へ向かう。


彼女の部室は校舎の最奥にあった。彼女は僕に部屋に入るように促すと、自分の鞄を漁ってメモ用紙とペンを取り出す。僕は彼女の用意した椅子に座って適当に携帯を構う。

インタビューが始まる。

「最初の質問なんだけど、このクラスの最初の印象はどんな感じでしたか?」

このクラスの印象…分からないというのが僕の正直な本音だ。大体何週間かいない場所の印象など知るわけがない。だが、そんなことでは依頼に応えられない。

数分の沈黙の末、定番な回答を絞り出す。

「和気藹々としていて楽しそうだと感じました。」

 彼女はそんな僕に興味を無くしたのか、依頼を早く済ませたいのか、淡々とインタビューを進める。


「ちょっと休憩しないか」僕は彼女に提案する。別にインタビューに飽きたとかではないが、あまりにも質問が多すぎて疲れてきた。

「あ、ごめん長々と質問しちゃって。怒ってる?」

「別に怒ってるわけじゃない。ただ僕について質問をするのであれば、君は僕の質問にも答える義務があるんじゃないのか?」

正直彼女に対して興味は無かったが、今朝彼女と会ってから僕の頭は疑問に支配されていたのだ。何故僕に関心を抱いたのか。僕を散々質問したのだから、僕にも彼女を質問責めする権利くらいはあるだろう。

「あ、そういえばそうだね。じゃあなんでも聞いていいよ」

「じゃあ最初の質問。君は今朝、僕にどこかで見たことがあると言った。教室以外にどこで僕を見たのか?」

「うーん。入学式の時かな」

入学式。ちょうど一年前か。

その日のことは僕はあまり覚えていない。ただ高校生としての生活が始まるんだという感情が芽生えたというぐらいで、僕は女子生徒の姿など記憶していなかった。

「あの日寝坊しちゃって、クラス発表には間に合ったんだけど友達と合流できなくてついてないなって思ったんだけど、その時…」

「桜の木の下に一人の男の子がいて、すごくきれいな顔立ちをしていたの。そしてその子は切なそうに桜の木を見つめていて、私思わずその瞳に引き寄せられたの」

一瞬で意識がその日に還る。そういえば僕はあの日桜の木を見上げていた。別に何の感情も無く、ただ季節の始まりを告げる花を見ていただけなのに。

彼女はその日から僕に思いを寄せていたのだろうか。だとしたら僕の答えは既に決まっている。彼女を勘違いさせないように僕ははっきりと思いを口に出す。

「僕は貴女の気持ちには応じられないです」

一瞬罪の意識が頭をよぎったが、断るのは当然のことだと思った。彼女のことを何も知らないのに交際することはできない。

彼女は俯き黙った。少し言い過ぎてしまったか。このままではまずい。僕は必死にさっきの発言を撤回しようと言葉を探した。だが、かけるべき言葉が見つからなかった。

「そういうことじゃなくて、ただ君のことが気になったってだけ」

どうやら勘違いしていたのは僕の方らしい。なんて滑稽な返しをしてしまったのだろう。僕は頭を抱えたくなり俯いた。

「じゃあこれからも綾瀬君の取材をしていいかな?」

僕は目を見張った。僕のことを知りたいというのか。物好きにも限度があるだろう。それに僕のことを知って彼女に何の得があるというのだろう。しかし実のところ全く嫌な気持ちにはならなかった。

「別に構わない。好きなだけ僕を取材するといい」

「やったあ」彼女は両手を上にあげて全力で喜びを表現している。それに対して僕は自暴自棄になっていた。

「じゃあ次の質問!もしこのクラスのみんなで一晩過ごすならどこがいいですか?」

「僕は場所についてこだわりがないので何とも言えませんが、強いて言うなら自然が豊かで静かなところですかね」

その後も特に滞りなく取材は進み、最終下校になり僕らは帰り支度をし、家路に足を進める。

初めて一緒に帰ることもあり緊張しているせいなのか特に話は弾むこともなく、メッセージアプリのIDを交換し別れた。

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