第112話 辺境伯の街の事件顛末

side ある辺境伯の騎士団の騎士


 今夜も特に問題はなくてすみそうだ。夜明けが近づいて、もうじき交代の時間になる。今夜最後の巡回の時だった。


 門の外の空間が、周囲の闇より暗かったのでつい気になって立ち止まってしまった。辺りにだんだんと朝の気配が増していく中、その暗がりはどんどん薄くなっていく。


 すると目立たなかったソレが現れた。ギョッとして、尻もちをつきそうなほど動揺したが職務をすんでで思い出し立て直す。


 警戒しながら少しだけ近づき、報告のためにも大きさや状態を確認しながら閃光弾の魔法を打ち上げる。あと緊急連絡用の魔法通信を発動する。


 すぐに何人かの騎士たちが駆けつけてくれてホッとする。やっぱり1人より心強いなぁと思ってしまった。


 さらに騎士団長も来てくれた。門のすぐ近くということで、領主館からも様子見の人も来たようだが、やはりギョッと驚くとすぐさま飛んで戻って行った。

 

 その後すぐに館から執事の方が騎士団長のところに話を聞きにきた。何人かの騎士、その中でも魔力が強く魔法の得意な者にも確認させたことを共有したようだ。


 おそらくご領主さまを呼びに行ったのだろう、執事の方は素早く帰って行った。


 現れるところから見ていたが、たぶん危険はないと思う。わざわざ親切に説明されている点があやしい?のかもしれないが、ソレの中を見る限り嘘ではないと思う。


 ご領主さまもいらしていよいよ近くから検分する。その後さらに応援に駆けつけた騎士たちと共に、証拠の品を安全な場所に移動させたりした。


 そしていよいよ人が入れられている結界を解くことになった。結界をとくとすぐ拘束が消えることも考えて捕縛用の網や縄も用意する。


 結界はすんなり解けた。特に術者に悪影響も出ていない。拘束に使われているのはダークバインドという魔法らしいが、強度もしっかりしているようでそのまま護送する。


 騎士たちが確保に動いた時、皆あれっという顔をした。自分もその1人だ。なにが引っかかったのだろう。


 その時ひとりがつぶやいた。


 「臭くない…?」


 そうだ、こいつらきれいなのだ。身なりはひどいし、髭も髪の毛もぼうぼうでそういった奴らはたいてい臭いし汚い。本当なら触りたくない。


 任務だから仕方ないが、こういった様子の奴らはたいてい失禁や吐瀉物にまみれていることも多い。風呂に入ることもないので近寄ればすぐに分かるくらい臭うものだ。


 庶民でも魔法が使える者たちはクリーンで清潔を保ったり、そうでない場合は身体を拭いたりしているそうだ。


 しかしこの手の奴らはそんな気は使わない。それなのに臭くない。皆無意識に臭いことを覚悟していたからこそ違和感を感じてしまったのだろう。


 「どうした?何かあったのか!」


 自分たちの反応を見た騎士団長から声がかかる。思わず皆視線を彷徨わせてしまった。ひとりの騎士が恐る恐る違和感について告げる。


 ご領主さまと騎士団長が顔を見合わせながらこちらに来た。なんと、ご領主さまは止める間もなくひとりの小汚い人攫いに顔を近づけるや臭いを嗅ぐ。


 執事の方がギョッとして「おやめください、危のうございます。万が一をどうかお考えください。」と苦言を呈していたが、そんなことまったく意に介した風もなく「本当だな、臭くないぞ。ハッハッハッ面白いなあ。」と笑っている。


 なんと思い切りのいい方なのだ。これは周りは大変だなと失礼ながら周囲に同情してしまった。


 皆ご領主さまの意外に大胆な行動に呆気にとられていたが、騎士団長から制服が汚れなくて良かったな、さあさっさと連れていけ。と指示がとぶ。


 人攫いどもを牢屋にぶちこむと、今度は被害者への対応だ。被害者たちの入っている結界にも書き込みがされており、人攫いどもの捕獲に協力した報奨が少しでも出るならば彼らへの見舞金にしてほしいとある。


 その文字を考えの読めない表情で見つめるご領主さまが印象に残った。


 なぜこんなことを思ったのか分からないが、ふと今年は討伐の依頼が少ないなと感じた。いつもなら冒険者ギルドからなにかしらの応援要請が入っているように思う。


 もうじき魔獣の討伐に追われるようになるはずだ。この間、冒険者ギルドで近頃評判になっている効き目の高いポーションを購入した。いざという時のために、回復手段は入念に準備しておかなければいけない。


 毎年ポーションはギルドで買っているが、今年は質の良い物がかなりたくさん用意されているようで同じ予算でも余裕があるほどだ。あとは効果が前評判通りだといいのだが。


 例年だとちらほら怪我人を見かけるようになるのに、今年はそれほど目立たない。この後何かのきっかけで、見習いたちが練習を兼ねて治癒魔法を使っているというよく分からない話を聞くのだが一体何のことなのかさっぱりだ。


 何はともあれ備えは大事だ。騎士たるもの、何事にも動じず立派な態度を貫いてこそ。大陸最強と謳われる辺境騎士団の一員としての誇りをかけて戦うのみだ。

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