第20話 島での暮らし

side 主人公


 なんだか変な声が聞こえた気がする。


 焦っていたのが少し落ち着いた。大丈夫よ、なにも今日明日で戦争になるとは思えない。調べる時間くらいあるはずよ。


 帝国とその他周辺国という図式で、この大陸は成り立っている。帝国の版図は広く、もともと軍事国家で領土拡大、大陸統一の気風が強くてどうにも平和な時期が長続きしない困った国だ。


 教会の問題もあり対処するつもりだったけれども、さてどうするか?帝国と教会は意外にも結びつきが強いらしい。帝国の在り方を教会は認め、帝国は教会を擁護しているようで協力関係にあるらしいのだ。


 現状ではわたしのしたいことをすると、教会が出てくる確率が高く、帝国まで出てきて両者にいいように主張されると煩しい。軍事と宗教、どちらにとってもわたしの魔法は魅力的だろう。回復にしても転移にしても、放っておいてもらえない。


 おそらく教会からは聖女とか言われて取り込もうとしてくる。もちろん打算以外の善良な聖人もいるらしいし、わたしには見分けられるけれど、同じくわたしがやりたいことをやると今度は聖女とは真逆の扱いをされそうだ。


 例えば、魔女とか悪魔とか?そうして追われて弾劾されて処刑しようとしてくるかも?まぁそんなことしようとする奴らはまず真っ当じゃないと思うから全部返り討ちにしてやってもいいが、やったらやったで今度は魔王扱いになりそうだ。


 とにかく教会は困ると思っていたのだが、どのみち教会も浄化しなきゃならないので一気に片付けてもいいや!と思えてきた。なんで聖なるもののはずなのに黒くてモヤモヤなの!あれじゃぁ、おちおちお祈りもできないよ。汚染されそうなんだもの。


 いくつかの国の王都にも、やはり黒いモヤモヤが巣食っている。とにかく教会の力が強いとモヤモヤも濃い。そして人口の多い都もまた黒い。困ったもんだ。


 帝国の方角なんてわたしには黒くて薄暗くてよく見えないほどだ。正直気乗りしない。でも戦争なんてされては迷惑なのだ。


 それに黒いモヤモヤは浄化すると決めている。まぁね、これ以上モヤモヤは放置しない方がいいのだと思う。もしかしたら、もう辺境のクランのリーダーには戻れないかも。


 いや、そんな弱気でどうする。わたしが自由に生きられない世界が真っ当なはずがない。間違っている帝国と教会をとりあえず正し、まともな人たちが生きやすい世界にするんだ!


 あっ、行き倒れの人放置していた。この帝国の若者は一度島に連れて行こう。身体の回復が先だろうし、褐色の肌は目立つだろう。なにか考えるとしてしばらく島で匿おう。


side 帝国の若者???


 戦争と聞いて呆然としていた子供が話しかけてきた。良かった。こんな話を聞かせて申し訳なく思うが、備えるなら早い方がいい。できるなら、この街の人々にも戦争の影響を受けず静かに過ごしてほしいが。


 それにしても、魔女?とか魔王とか?なんのことだろう?


 わたしも匿って貰えることになった。一緒に部屋から出るとそこはもう、スラムではなかった。唖然としているとここが隠れ家だという。


 そこはどこかの島らしいが、まだ夜なので朝案内すると言われた。近くに建物があり中に入るとスラムから来た人たちがいた。顔役は側近の1人を残すと、子供に戻ることを告げて扉を通っていった。


 そう、そこには扉があった。扉だけが!


 これが転移陣?


 子供はみなからリーダーと呼ばれているのだが、扉にはなぜかノッカーがついていて、しかも3つ、それぞれの説明をするとリーダーは、朝また来ると言って帰って行った。


 スラムから来た者たちは、土で出来た建物のなかで休むようでわたしにも毛布を渡してくれた。しかし動揺しているのかまったく眠くならない。なので、外の転移陣?扉を見に行く。


 こんなもの、見たことない。これが転移陣?前から見ても後に回っても扉だ。見たことがないだけではない、存在すら聞いたことがない。なんだこれは?


 それにノッカー?叩くと連絡がとれるのか?そんな機能聞いたことがない。ノッカーにはそれぞれ、顔役、ギルド、リーダーと書かれている。


 先程の注意事項では、基本連絡はリーダーを通すこと。顔役に頻繁に連絡するのはリスクが高く、顔役を危険に晒すことになるので気をつけろと言われていた。


 わたしは魔法も嗜んでいる。魔力も多く逃げきれたのも剣だけでなく魔法も使えたからだ。知り合いには魔術師や魔法剣士もいたし、古い文献を調べるのは楽しいので趣味で古代の魔法の研究もしていた。


 しかしこんなおかしな機能のついた転移陣、あっていいのか?


 転移陣のことはひとまず置いて、わたしも休むことにする。ここは暖かいな。帝国に近い気候なのかもしれない。国のことも友人たちのことも気になるが、今はしっかり身体を休めよう。


 翌朝、思いの外ぐっすり寝込んでいたらしく周りの起き出す気配でやっと目が覚めた。もうリーダーが来ているらしく声が聞こえる。


 全員、建物の外に揃うとパンが配られコップを渡される。この場に残った顔役の側近も一緒だ。


 食べ終わると集落を案内され、設備の使用方法などの説明を受ける。


 集落は1人用、複数人用で土の小屋を割り当てられた。わたしは1人用で気が楽だ。他の者たちの希望もある程度叶うようだ。


 リーダー以外にも若い男女が2人いて、スラムから来た人のなかには顔見知りらしく挨拶していた。その2人は冒険者らしかった。


 後で知ったが、この2人はギルドの依頼でわたしたちの護衛と教育係を兼ねた案内人らしい。案内と言ってもここの案内ではなく、採取や狩について教えてくれるそうだ。


 なにしろ今日から早速自給自足が始まっている。実践の中で覚えていかなければいけないのだ。

 

 各自何枚かの絵を渡され、この周囲で採取するように指示された。


 わたしには見慣れた草花だったが、他の者たちにとっては馴染みがないようで苦戦していた。でしゃばってはいけないと思いつつ、探す場所などを教えて手伝う。


 わたしたちの採ってきた物をリーダーが食べられるか確認してくれた。


 リーダーと顔役の側近と冒険者が話し合っていたと思ったら、わたしのところへやってきて手伝うように言われた。どうやらこの辺りのことに詳しいと思われたようだ。


 午後も食べられる草や木の実、果物の採取が中心でまずは皆が食べ物を自分で見つけられるようにするつもりのようだ。その合間に、トイレや水、ゴミ処理についても教えられた。


 環境を汚さないようにと注意を受けた。つぎの日は、昨日とは違うものを採りに行かされた。同じものばかり採ってしまい、結果取り尽くさないためだ。


 2、3日で慣れてきたのか、渡される絵のこと以外にも皆から質問されるようになった。皆、とても真剣で意欲的だ。そうやって、林の中を日中は歩き周り規則正しく食事を摂ることでわたしも含め皆、見違えるように元気になってきた。


 1週間もすると、武器を選んで簡単な扱いを教えられた後何人かのグループで狩を行った。上手くいくグループといかないグループがあり、組み合わせを変えて様子を見ているようだ。


 なかには狩に性格的に向かない者もいるのだが、皆平等に機会を与えられている。どんなことでも知らないよりは知っている方がいいものだ。狩った獲物を捌き調理する。島には基本的な調理器具もあり、知らない者には使い方も教えてくれる。わたしも料理は経験がないので、ありがたく教わった。


 ある時はリーダーから、紙を束ねて綴じておく物を渡された。皆が毎日採取の都度一生懸命見て覚えたあの紙を綴じておく物のようだった。


 つぎのときは、えんぴつというインクのいらないペンを貰った。習ったことを書きつけておけるようになった。といっても、わたし以外の者は読み書きできないのだが。


 しかし、これが意外に皆使っていた。どうやら字は書けなくても絵などを描いて覚え書きにしているようなのだ。リーダーは各自の様子を見てある時は、ある若者に紙を渡して絵を描かせていた。これがかなり見事な絵で才能を感じる。リーダーは、冒険者の2人に指示を出したようで、この日から夕食後に文字の勉強が追加された。


 教えてくれるのは冒険者の2人。側近の人も含め皆驚いていたので、きっと以前は文字を書けなかったのだと思う。2人もとても恥ずかしそうに、でもとても誇らしそうにクランで教わったと話していた。


 貧しい者たちに学習の機会を与えるクラン。それは素晴らしい取り組みだが、なかなか普通は実現しないだろう。それだけの余裕がないことの方が現実は多い。


 学びたくても学べなかった彼らは、機会を得てどんどん成長している。

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