6月。サークル。パスタを作る。
最初は朝寝坊で朝食を食べ損ねた日も多かった。慌ただしい日々が過ぎ、1人暮らしと大学生活にも慣れてきた。夏の日差しが目に染みる、日曜日の昼下がり。近くのコンビニに向かう途中、
「こんにちは。今日も暑いですねぇ」
隣に住む農家のおばちゃんとすれ違い、挨拶する。
「ああ、そこに越して来た……何さんだったかい?」
「
「ああ、そうかい。変わった名前だと思ってたんだよ。どこかお出掛けかい?」
「咽が乾いたので、アイスか飲み物でも買いに行こうかと」
「ああ、それならトマト持ってくかい?」
「トマト、ですか?」
「うちで作ってるんだよ。少し分けてあげるから持ってきんさい」
「宜しいんですか?」
「ああ、ああ。引っ越し蕎麦のお礼だよ。少し待っといで」
そう言い残して、ビニールハウスの中へと消えて行く。立っているだけでじんわりと汗ばむ。ポケットからハンカチを出し、額の辺りを拭いながら数分。戻って来たおばちゃんは、紙袋いっぱいの真っ赤なトマトを、
「完熟だから早う食べんさい」
と胸に押し付ける。
「有難うございます。頂きますね」
お礼を述べてから、コンビニ行きを中止し踵を返す。
「さて、どうしたものか」
テーブルの上に並べたトマトは全部で14個。おばちゃんの言う通り、どれも熟し切って真っ赤。早く食べた方が良いだろう。1日1個ずつ消費しても2週間、それでは傷んでしまう。ひとまず1個、水道水で洗って丸齧りすると、程よい酸味と甘みがあって瑞々しく、乾いた体に染み渡る。冷えていたらもっと美味しいだろうと考え、3個を冷蔵庫に入れ、残りは紙袋に戻す。
「先輩!
「一門君、何?」
「あの、実はですね……」
大学のサークル活動は、入るも入らないも自由意志に任されている。掛け持ちも可能だ。4月5月は新入生の勧誘が、大学内のあちこちで行われていた。校門付近でチラシを配る者もいれば、ポスターを貼り出して希望者が現れるのを待つ場合もある。大学のホームページで紹介するだけでも、人気の音楽やスポーツ関係は自然と人が集まる。そんな数多あるサークルの中から、生活の役に立つだろうと選んだのが、料理研究同好会『
「それならパスタがお勧めね」
「パスタ、ですか」
「簡単だし、トマトを使ったレシピもいっぱいあるの」
「難しくないよ」
軽く笑ってから、
「じゃあシンプルに、ナスとトマトのパスタはどう?」
とレシピを教えてくれた。
「辛みの強いアラビアータ風よ」
「これなら……どこのスーパーでも手に入りそうですね」
「うふ、そうね。是非作ってみて」
「有難うございます」
買い揃えた食材を並べる。ナスとベーコンは、少なめのものをスーパーで選んだ。赤唐辛子とニンニクは、
「便利だからいつも買っているの」
と言う家松先輩推薦のお店で、薄く切って天日干しした下処理済みのを買って来た。パスタは引っ越しの時の残りである。
「まずはパスタを茹でるんだな」
寸胴でお湯を沸かす。塩を水の量に合わせ、小匙3杯。お湯が沸く間に、野菜とベーコンを切る。ベーコンは薄くスライスしてあるのを1センチ幅に。ナスはよく洗ってからヘタを取り除いて輪切りに。トマトも洗ってヘタを取った後、乱切りにする。沸騰したお湯の中に乾燥パスタを入れて、キッチンタイマーをセット。外袋に茹で時間8分と書いてあるので、マイナス2分して6分。これも家松先輩に聞いた通りだ。
「アルデンテって分かる?」
「聞いた事ありますね」
「パスタの茹で加減で、少し芯を残した状態なの」
「芯を? 何故?」
「あのね、パスタって調理方法によって、後から火を通す場合があるのよ。今回のレシピも茹でた麺を少し炒めるから、時間通りだと伸びちゃうの」
「なるほど。だからマイナス2分」
「そう! 逆に言うと、パスタを茹でた後、サッと具材と混ぜ合わせて炒める時間が2分から3分ね」
ここからは時間との勝負だ。乾燥ニンニクと赤唐辛子を、油を引いたフライパンへ。辛い匂いがしてくるまで、とレシピに書いてある。パチパチと油が跳ね、白い煙が立ち上る。フライパンの真上に顔を寄せるまでもなく、むせ返るような辛い香気が襲う。
「ゲホッ。ん、もう充ぶ……ゲホゲホッ!」
赤唐辛子を入れ過ぎたか。目が痛い! これはヤバい! 換気扇を回し、小窓を空けると、幾分マシになる。それから刻んだベーコン、トマトの順に投入し、塩コショウして炒める。更にナスを投入し中火に落としたところで、タイマーがピピッ、ピピピピッ、と呼ぶ。寸胴からパスタを取り出し、赤いソースの中へ。重くなったフライパンを揺らしながらソースと絡めていく。トマトとナスのパスタ、アラビアータ風、完成! いざ実食!
匂いは強かったが、食べてみるとそこまでの辛さは感じない。トマトがまろやかに包み込んで、本当に自分で作ったのかと驚くほど。70点!
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